悪魔のような所長が取り仕切るこの探偵事務所においては、土曜も日曜も季節の行事も、そんなもの一切関係ない。一段と寒さの厳しい年末の週末、今日も朝早くから「掃除手伝って下さい」とか何とか言われてベルゼブブは佐隈に喚び出された。

昼時までがっつりと働かされた後、二人で昼食を取り終えて。ピカピカに磨かれた窓の外を眺めながら、寒いですねとか雪でも降りそうですねとか他愛もない世間話をしていた、そんな最中の出来事だった。

「そうだ。ベルゼブブさん、何か欲しいものありませんか?」
「……欲しいもの?」

突然思い出したように、何の脈絡も無く、佐隈はそんなことを尋ねてきた。

「何ですさくまさん、一体どんな風の吹き回しですか?」
「ほら、今日クリスマスイヴじゃないですか」
「あぁ。そういえばそんなものもありましたねぇ……」

クリスマス。悪魔にとってはあまり馴染みの無いイベントの為、そんなものがあるとはすっかり忘れていた。
恐らくは「雪が降りそうだ」という会話の流れで思い出したのだろう、脈絡のない素っ頓狂な言動かと思いきや、そんなことは無かったようだ。先程の非礼に対し、ベルゼブブは心の中でそっと詫びを入れた。

「で、いつもお世話になっていますし、クリスマスプレゼントでも!と思ってですね」
「ほう……」

プレゼントなど、中々無い機会だ。何か面白いものはあるだろうかとベルゼブブがにやつきながら考え込んでいると、佐隈ははっとした様子で「あまり高価なものや、排泄物系とかちょっと…その」などと言って大慌てで釘を刺してきた。後者については端から無理な注文だとは分かってはいたものの、そう断言されてしまうと少々物足りない気分だった。
気を取り直してそれ以外の何かを考えてみるが、突然プレゼントと言われてもどうにもピンと来ない。

「ふぅむ……参考までに、アザゼル君達には何を?」
「え、あげませんよ?」
「へ?」
「アザゼルさんはどうせ聞いても下品な要求しかしてこないでしょうから聞いてません。サラマンダーさんは喚んでも唾吐かれるし……そもそもアザゼルさんには今年散々酷い目に遭わされましたし…」

過去のアザゼルの悪行の数々を思い返すと共に、当時の苛立ちも蘇っているようだ。むしろこっちが要求したいくらいですよ、と佐隈は眉間に皺を寄せてぶつくさと怨み辛みを吐き出し始める。
普段ならこの悪態の数々に対して同意や窘めの言葉を掛けてやる所なのだが、生憎、今のベルゼブブにはそれどころではなかった。

つまり、それは。彼女からプレゼントを与えられるのは、自分だけ、ということ。

律儀な彼女の性格からして、当然何かしら全員に渡すつもりなのだろうと思っていた。そう思い込んでいただけに、衝撃の事態だ。同じ立場である悪魔達の中で、自身だけが特別な扱いであるという確たる事実に、ベルゼブブの胸中は落ち着き無く舞い上がる。

「――で、何がいいですかベルゼブブさん?」
「ピギャッ!?」

積もり積もった怨みを吐き出しきった佐隈が、憑き物が落ちたような顔でいつの間にかこちらに向き直っていた。すっかり油断していた為に思わず奇声を発してしまい、怪訝そうな顔をされてしまった。

「そ、そうですね、それでは――」
「可能な範囲で、ですからね?」

清々しい笑顔を浮かべながらも、きっちりと二度目の釘を刺すのは忘れていない。さすがにしっかりした女である。

「……そう、ですね。では」
「はい」
「カレーまんを頂けますか?」

そう告げるや否や、彼女の表情はぽかんと間抜けな顔に早変わりした。恐らくどんな要求が飛んで来るかと思い多少身構えていたのだろう、あまりに安すぎる要求に思わず拍子抜けしたようだ。

「……えっ、そんなのでいいんですか?」
「可能な範囲で、と言ったのはアナタでしょうが」
「そうですけど、でも、それじゃいつも通りじゃないですか?」
「構いませんよ、充分です」

既に一番嬉しいサプライズプレゼントは頂けたようなものですからね、と心中で付け加える。

「うーん、まぁベルゼブブさんがそれでいいならいいんですけど」
「えぇ。今は満腹ですから、夜にでもコンビニに連れていってください」

特別扱いに加え、短時間といえども聖夜の夜に二人きりでの外出。突如降って湧いた予定外のプレゼントとしては、十分過ぎるほどだと思えた。
シンプルな要求に隠されたそんなベルゼブブのささやかな思惑など知る由もないままに、佐隈は微笑みを浮かべてあっさりとそれを承諾する。
そうして話にひと区切りついたところで、佐隈はすっくと立ち上がり、「それじゃあ、夜までまたお掃除の続きお願いしますね」と言い残して昼食の後片付けに移っていった。

佐隈が上機嫌に台所に消えていくのを見届けてから、ベルゼブブはそれを遥かに上回る上機嫌ぶりで、鼻歌まじりにバケツを抱えて掃除の続きに取り掛かるのだった。




2011.12/24

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