(※激しく捏造注意)





















佐隈が事務所に顔を出さなくなってから、もうどれくらいになるだろうか。既に半年近く……いや、それ以上に長い気がする。正確な不在期間が解らなくなるほどに、佐隈の姿を見ていない。
セクハラ相手がいないおかげで、アザゼルは暇を持て余していた。

初めのうちは、いつものテスト期間だとか、そんなしょうもない理由だろうと思っていた。しかし、一ヶ月、二ヶ月と経っても佐隈はまだ現れない。
不審に思って芥辺を問い詰めてみても、「そのうち戻って来る」と軽くあしらわれるだけ。そんな返答には納得行かずにしつこく食い下がってみたものの、容赦無く暴力を振る舞わただけに終わり、結局理由は解らないまま。
だが、「もう来ない」とは言わないのだから、バイトを辞めた訳では無いのだろう。
すぐに体が再生するとはいえども、無駄な行為で無駄に痛い目に遭うようなドM趣味は生憎持ち合わせてはいない。アザゼルは追求を諦め、気長に気楽に佐隈の帰りを待つことにした。

そういえばベルゼブブのことも最近見かけていない気がしていたのだが、そんなことは気にも留めずに、もにゅもにゅと豚足をしゃぶっていた。


*****


芥辺とアザゼル二人きりの静かな昼過ぎの探偵事務所。聞こえるのは、芥辺がページを捲る音と、アザゼルが豚足をしゃぶる音だけ。
そんな空気を変えるかのように、ギィィ、と入口の扉が開く音が響いた。
客でも来たのだろうか、とソファの背からひょいっと顔を出して玄関を覗き込んだアザゼルの目に映ったのは、久方振りに見る契約主の姿だった。

「さっ、さくちゃぁぁぁんっ!」

待ちに待った佐隈のご帰還。長いこと溜まりに溜まったセクハラ欲求を全力で解消すべく、アザゼルは佐隈の豊満な胸に狙いを定めて即座に飛び込んで行こうとする。

――が、ロックオンしたその先に見える『妙なモノ』に、アザゼルの思考と動きは空中で一時停止する。

「……さくちゃん、何やの?ソレ」
「何って、見れば分かりませんか?」

彼女の胸元に抱き抱えられたソレは、生後数ヶ月ほどの小さな小さな赤子。肌は白く、細く柔らかそうな金色の髪が蛍光灯の光で煌めいている。
しかし、いくらアザゼルといえどもそれが赤ん坊だってことぐらい分かっている。いくらなんでも馬鹿にしすぎではないかと軽く不満気な素振りを見せる。

「いやいやそういう意味やのうてな、何でそないな赤ん坊なんて連れて来とんの、っちゅう話よ」
「あぁ、そういえばアザゼルさんには言ってませんでしたっけ」
「何や?友達に子守でも頼まれとるんか?」
「いえ、私の子です」
「……はぁ?」

さらり、と。涼しい顔で放たれた衝撃発言。
何を寝ぼけたこと言うとんのやと顔をしかめるアザゼルの様子など気にも留めずに、佐隈は尚も冷静に淡淡と説明を続けようとする。

「ですから、私の娘です。無事産まれたので今日は芥辺さんに報告と挨拶に」
「いやいやいや!何言うとんのさくちゃん!髪の色とか全然ちゃうやんか!?」
「あぁ、それは――」
「っちゅうかほんなら父親どこのどいつやの!ワシのさくの処女を奪った奴は――」
「誰のナニが君のだっていうんですか。痛々しい妄想は止めたほうがいいですよアザゼル君」

ヒートアップしていくアザゼルのセクハラ発言を遮ったのは、いつの間にか佐隈の背後にいたベルゼブブだった。
正確には、佐隈と一緒に事務所に来て、ずっと一緒にその場にいたのだが、佐隈へのセクハラしか眼中に無かったアザゼルが気付いていなかっただけである。
危険物を引きはがすような扱いで、アザゼルの首根っこをひょいっと掴み上げて佐隈と赤ん坊から遠ざけた。

「ちょっとべーやん何してくれとんの!部外者さんは邪魔せんといてー!」
「……部外者、ねぇ。この状況を見てもまだ解らないのかね君は」

この状況、とはどんな状況だろうかと、アザゼルは頭上に疑問符を浮かべる。突如雪崩れ込んできた大量の新着情報に、正直少々混乱していたのだった。
一度落ち着いて順を追って整理してみることにした。

まず、佐隈が長期休みを取っていた。その後金髪の赤ん坊を連れて来た。で、自分の娘だとか主張している。そしてそこに同行している人間姿のベルゼブブ。そういえばこの赤ん坊、どこと無くベルゼブブに雰囲気が似ている気が――

「……まさか」
「そのまさか、ですよ」
「私とベルゼブブさんの娘ですよ」

「はぁぁぁっ!?」

本日二度目の衝撃発言に、思わず絶叫する。

「い、いつの間にそないな関係になっとったん!?」
「いつの間にって言われても…」
「いつからでしたかねぇ?何分かなり前の事ですし」
「何やのソレ!ワシにもアクタベはんにも隠してコソコソ付き合うて終いにはデキ婚かいな!」
「そんな人聞きの悪い…」
「アザゼル君が阿呆だから気付かなかっただけなんじゃないですかね」
「少なくともアクタベさんにはちゃんと報告してありますよ」

そうですよね、と佐隈はこの騒ぎの中ひとり黙々と読書を続けていた芥辺に同意を求める。
芥辺が「あぁ、確かに聞いたな」と短く返した肯定の返事は、アザゼルのちっぽけな自尊心をいたく傷付けたようだ。

「ほんならワシだけハブられとったっちゅーわけやの!?酷い、見損なったわこの冷血カップルが!」
「……だってアザゼルさんなんかに話したら、面倒なことになるの間違い無しじゃないですか」
「何やとこのクソビッチがぁぁっ!」

ベルゼブブ夫妻による数々の蔑ろ発言の積み重ねによって、アザゼルは完全に頭に血が上ってしまっていた。ベルゼブブに摘み上げられたまま、怒りに任せて暴言を吐きながらじたばたと藻掻いている。
一向に収まる気配の見えない煩さに、二人は心底面倒臭そうに顔を見合わせる。無言で何やら目配せをし合うと、佐隈はなおも続く暴言を適当に受け流しつつ、ごそごそと鞄の中身を探り始めた。

「えぇいこーなったらさくの処女奪えんかった代わりにその子の処女は絶対にワシが――」
「……全く、絶対そういうことを言い出すと思ったから君に教えるのは嫌だったんですよ」

ベルゼブブは呆れ混じりの溜息を吐きつつ、我が子に襲い掛かろうと宙吊り状態のまま暴れているケダモノを捕らえている手の力を更に強める。

「はいはい、教育に悪いのでそろそろ黙って下さいねー」

アザゼルが全て言い終えるより先に、佐隈は鞄からグリモアを取り出し、至極冷静に、暴言を吐きまくるその口に宛行う。
瞬間、断末魔の悲鳴を上げる隙も無いままに、アザゼルの身は大気中に霧散することとなった。

アザゼルが意識を手放すその間際、最期に目に映ったのは、柔らかく幸せそうな安堵の表情を浮かべた親子三人の姿だった。

*****

みつさんのリクエストを元に書かせて頂きました。
目玉ポーン、というかただただアザゼルさんが憐れなお話ですね…!
『文句言いつつ我が子にデレデレなべーやん』要素は力不足で織り込めませんでした…すみません。
また機会があればそちらも書いてみたいです。

リクエストありがとうございました!


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