(※捏造注意@小山内家の家族構成)


















つい先程までほのぼのムードだったはずの食卓に漂う気まずい沈黙。カレーを掬うスプーンと皿がカチャカチャと触れる音だけが静かな部屋の中で嫌に響く。

全てはあのどうしようもない39歳児の所為。
いい年の大人が、折角人様が用意してくれた食事を蔑ろにするとは、一体どういう神経をしているのだろうか。しかも「人参嫌い」などという子供染みた理由で。

「小山内くん、ごめんね。私のせいで……」

沈黙を破ったのはさくまさんの謝罪の言葉だった。この状況下で彼女が謝る必要が一体何処にあるというのだろうか。

「さくまさんのせいじゃありません」
「でも、私がカレーにしなければ」
「僕は、さくまさんのカレーが食べられて嬉しいです」
「え?」
「家ではこんな機会は滅多に無いので」

怪訝そうな顔でさくまさんが首を傾げるので、気にしないでください、と返して気を逸らす。

母は、料理をしない人だった。いつも食事はお手伝いさんが綺麗で豪華なものを用意してくれている。
こうやって漫画を描いていることにも理解を示してくれないであろう厳格で真面目すぎる両親。そんな彼等と三人での食事はいつだって非常に静かで堅苦しいものだった。
だから、こうやって大勢で賑やかに食卓を囲む機会なんて殆ど無かった。
喧しく会話飛び交う中での、さくまさんの出来立ての食事は、とても新鮮で、とても楽しくて、いつもより何倍も美味しく感じられた。
毎日がこんな暖かい食卓ならば、どんなに楽しいのだろうか。そんな思いは、気付いたら口に出てしまっていた。

「さくまさんのような人が家族なら、きっと毎日楽しいんでしょうね」
「そ、そうかな?」
「はい。こんな姉が欲しかったです」
「本当!?」

彼女は勢いよく立ち上がり、机に手を着いた前のめりの姿勢で僕を熱い眼差しで見つめてきた。

「私なんかでいいんなら、いくらでもお姉さんだと思ってくれていいんだよ小山内くん!」

僕の手を両手で握り締め、爛々とした瞳で喜びをあらわにしてそう熱弁する。
『だから、お姉さんの為にがっぽり稼いでね!』
キラキラと輝く瞳の奥から、そんながめつい心の声が聴こえてくるように感じるのは、恐らく気のせいでは無いだろう。何と素直で解りやすい人なのだろうか。
しかし、此処まで露骨な態度ならばいっそ清々しいとさえ思える。
本来裏に隠すべき本音を隠せない、そんな性格も彼女の美徳なのだろうと好感を持っていた。

依然として輝く瞳で僕(もしくは僕の中にある大金の可能性かもしれないが)を見ている彼女に、軽く笑みを浮かべて、ありがとうございます、とお礼の言葉を告げる。
いつの間にか、食卓に漂っていた気まずい空気も随分と和らいでいた。

……ように、思われたのだが。

「……ケッ。色気づいてんじゃねぇよクソガキがっ」

突然、それまで黙々とカレーを掻き込んでいたベルゼブブが会話を遮り悪態と茶色い唾を飛ばしてきた。先程までとは違った具合にではあるが、また空気が張り詰める。

「何突然不機嫌になってるんですかベルゼブブさん」
「アナタには関係無いでしょう」
「関係無いって何ですか。もう、よく解らない八つ当たりしないでくださいよね。小山内くん原稿で疲れてるんですから」
「ふん、知ったこっちゃないですよ」
「知っといてくださいよ、アシスタントに来てるんですから!」
「五月蝿いですね。ほら、そこの余ってるカレー、食べるんでさっさとあっためてきてください」

ぎゃあぎゃあと暫く喚き合った後に、口論に敗れたさくまさんは、渋々と、手付かずのままだった大鳥山のカレー皿を持って台所に去って行った。
露骨に不機嫌なベルゼブブとふたりきり、食卓に残される。
尤も、彼の不機嫌の理由なんて、僕には解りきっているのだが。

「ベルゼブブさん」
「……何です」
「僕はさくまさんのことは、下心なく、純粋に姉のような存在に思っているだけです」
「……ふぅん?それが何か――」
「アナタと違ってね」

ピギャッ、という小さな鳴き声に合わせて、向かいに座るペンギンの小さな肩が震える。
少し間を置いて「何を言っているのですかな」と返してきた声は、先程までの無愛想な調子とは打って変わってぎこちなく、ちっとも動揺を隠せていなかった。

「何なら、『お義兄さん』とでもお呼びしましょうか?」
「ピ、ピギィーッ!?な、生意気に、変な気の回し方してんじゃねぇよこのクソガキがぁぁっ!!」

薄笑いを浮かべて軽く挑発してやると、皿がひっくり返りそうな程の勢いでテーブルをばんばん叩いて怒鳴り返してきた。
この人も、本当に解りやすい人だ。

「ちょっと、今度は何騒いでるんですかベルゼブブさん」

タイミング良く、カレーを温め終えたさくまさんが戻ってきた。ほわほわと湯気の立つカレー皿をベルゼブブの前に置いて、席に着く。

「もう、小山内くんに八つ当たりしないでって言ったじゃないですか」
「るっせぇよこのビチグソ女ぁ!全部テメェの所為だろうがっ!」
「なっ!?さっきは『関係ない』とか言ったじゃないですか!?何なんですかもう!」

折角温め直したばかりの熱々のカレーを放置して、口論第二ラウンド、開幕。
始まってしまったからにはどうしようもない。僕には止めることも出来ないし、止める必要もなさそうだ。
残っていた自分のカレーを頬張りつつ、大人しく傍観の立ち位置を取ることにする。


「随分楽しそうだね、小山内クン」

無意識に表情が緩んでいたのだろうか。隣に座っていたオセに、こっそりと、且つ楽しそうに囁かれた。

「あぁ、そうだな、オセ」

楽しくない訳が無いさ。
傍から見ている僕達には彼等の気持ちなんてバレバレの筒抜けだっていうのに。
当の本人達だけが、僕達に筒抜けだってことにも、お互いの気持ちにも、微塵も気づいていないだなんて。


「どうやら、漫画なんか描くよりも、この二人を眺めている方が断然面白そうだよ」



*****

沙乃さんのリクエストを元に書かせて頂きました。
小山内ファミリーが捏造ですみません!
普通よりお金持ちでお坊ちゃまなイメージがあったものでこうなってしまいました…。
ベルゼブブと小山内のやり取りが、書いててすごく楽しかったです。

リクエストありがとうございました!


back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -