お酒の失敗により道に迷って早三日。

そこいらの普通の女の子なんかよりは比べものにならない程に逞しい性格の佐隈だが、流石にこの状況には心が折れかけていた。

ただの見知らぬ土地ならばこんな諦めムードになんかなりやしない。歩き回るなり人を頼るなり、どうにでも手を尽くして帰り着いてやろうとする根性は持ち合わせている。
しかし、悲しいことに、ここは普通の「見知らぬ土地」では無かった。
見慣れない道だとか、見慣れない建物だとか、そういう次元ではない。目に入る建物も、植物も、生物も、空気も、何もかもが、自分がこれまで生きてきた世界とは違っていた。きっとここが魔界というところなんだろう、とぼんやりとした頭で考える。

来た道も分からない、頼ることの出来そうな人間も存在しない。辺りを歩く悪魔と思しき生物も、彼女が普段接しているちんまりとした小動物達とは違う、恐怖を感じるような異形の存在だった。
そんな状況の中、呑まず食わずで体力も消耗してきている。挫けてしまうには十分すぎる条件だ。
物陰に隠れて、蔓延る悪魔達からは何とか逃れてはいるものの、このままでは此処で朽ち果てるのも時間の問題か、と諦めかけていた。

後方から、ガサガサと茂みを掻き分ける物音がする。遂に見付けられてしまったか、私の人生も此処までか、と佐隈は覚悟を決めた。

「……っ、さくまさん……!?」
「何やてべーやん!?……さくっ!!」

背後から聞こえた聞き覚えのある声に振り返れば、見慣れない姿の見知った悪魔が佐隈を見下ろしていた。

「……ベルゼブブさん…に、アザゼルさん……?」
「何や連絡取れへんと思っとったらこんなとこにおったんかい!」
「お二人がその姿ってことは……やっぱりここって」
「お察しの通り、魔界ですよ」

やはりここは魔界なのか。そうだと思えば目の前の人型に近い見慣れないはずの姿の二人にもあまり違和感を感じない。

「ったく、何こんなトコに迷い込んどんのやボケさくが」
「アナタのことですから、どーせ、酒に呑まれてフラフラで道に迷ったとか、そんな理由なんでしょう?」
「……そうです、けど……」
「全く。何度命にかかわるような失敗やらかしゃ気が済むんだクソバカ女が!」
「ホンマやで!オマエがおらんせいでワシらがアクタベの奴にどんな目に遭わされたと思っとるんや!」

怒り心頭の二人から降り注ぐお叱りの言葉の数々、佐隈は一つも言い返せずに甘んじて受け止ていた。しかし、その最中に聞こえた雇い主の名に思わずはっとして顔を上げる。

「アクタベさん……あの、勝手にバイト休んじゃって怒ってました…?」

いつぞやか佐隈がバイトを休みがちだった時期にはたいそうご立腹だったと聞いていた。無断欠勤なんてもはや二度と顔向け出来ないほどのお怒り具合なのては無いか。
不安を胸に顔を上げた先の二人の表情は、イエスかノーか読み取れない。何だか居心地が悪そうな、微妙な面持ちをしていた。

「……そうですねぇ。まぁアクタベ氏、さくまさんと連絡が取れないって相当気が立ってましたがね……」
「当ても無いのに探して来いだとか無茶言いよるわ、『お前らのせいじゃないのか』とか言うて八つ当たりまでされるわで……ホンマに堪ったもんやないわ!」
「全く、いつもながらアクタベ氏はさくまさんの事となると嫌に過保護で困ったものですな」
「アクタベはんも素直やないよーでえらい分かりやすいやっちゃな……」

やれやれといった様子でアザゼルは頭を抱えて溜息をつく。ベルゼブブも、全くです、と同調する。よく分からないが、話を聞く限りでは、佐隈に対しての怒りはそれ程強くなさそうに感じられて少し心が軽くなった。

「さ。こんな所に長居は無用。これ以上氏に八つ当たられないよう、とっとと帰りますよ」
「え、あっ、でも帰るって、どうしたら」
「そうですね、人間界との境界が見付かればそこから帰れるのですが……それより手っ取り早い方法として、ケータイでアクタベ氏と連絡は取れませんか?」
「ケータイ……あ、通じるんですっけ此処…」

普段魔界にいるベルゼブブ達とメールの遣り取りが出来ていたことを、すっかり忘れていた。慌てて鞄の奥底に埋もれた携帯を探し出す。が。

「あー…電池、切れちゃってます……」
「まー三日も経っとるからなぁ。そらそーやろなぁ…」
「ふむ……アクタベ氏に我々ごと召喚して頂くのが最もスムーズな案だと考えたのですが、無理なら致し方ありません」
「しゃーないしゃーない。きびきび歩こかー」
「幸い我々のグリモアは氏が所有している。喚び出されるのを期待しつつ境界を探すとしましょう」

では行きましょうかさくまさん、と。ベルゼブブは佐隈の右手を取って歩き出そうとする。突然手を繋がれてしまった佐隈が疑問の声を発するよりも先に、反応を示したのはアザゼルだった。

「ちょ…っ!?べーやん!?」
「五月蝿いですね、何ですかアザゼル君」
「何ですか、とちゃうわ!ドサクサ紛れに何手なんか繋いどんのやこのムッツリスケベが!」
「……君と一緒にしないでくれたまえ。先程の話を聞いていなかったのかね?」
「何のことやねん」
「こうしておけば、万一アクタベ氏に喚ばれた際に一緒に事務所に連れて帰れるだろう?」
「……!あぁ、なるほどね、そーゆー訳ね!」

そーゆーことやったら、と、アザゼルも空いていた佐隈の左手を取って、ずいずいと進んで行こうとする。
当事者であるはずの佐隈本人が口を挟む隙のないまま勝手に話を纏められてしまって、ちっとも二人の歩みに着いていけていない。

「あ、あの、ちょっとお二人とも…!?」

わざわざ手を繋がなくても他にもやりようはあるんじゃないのか、そう尋ねようとしたのだが。

「何やさく?そこいらうろついとる奴らが怖いとかそんなんか?」
「ご心配には及びませんよ。あの程度の下等悪魔共、この魔界のエリートであるベルゼブブが軽く叩き潰してやりますよ」
「……なぁにがエリートや。あんなんくらいワシやって余裕やっちゅうねん」
「おや、何ですかなアザゼル君。言いたいことはハッキリ言ったらどうです?」
「やかましーわ!調子こくなっちゅーとんのやこのスカトロお貴族様が!」
「な、何ですって!?撤回だ!撤回を要求する!!」

言いたい事を途中で遮られてしまった上に、両隣の悪魔はまた喧しく罵り合いを始めてしまった。
相変わらず人の話を聞かない人達だ、と辟易するも、非日常に晒されつづけていた今は、その相変わらずに少し安心する。
このまま引っ張られて守ってもらうのも、こんな状況なら、まぁいいかなと思った。

そんな風に三人で並んで歩いているうちに、ベルゼブブの読み通り芥辺により事務所の魔法陣に皆で仲良く引っ張り出されて、この忘れられそうにない一連の騒動は無事に終わりを迎えた。

……しかし、魔法陣から現れた佐隈を見た瞬間の、キョトンと目を丸くして固まっていた、見たこともない芥辺の表情はもっと忘れられそうにないなと、後に三人は語る。


* * * * *

藍さんより頂いたリクエストを基に書かせて頂きました。
心配要素が何だか解りづらくなってしまいました…。
芥辺さんの出番が少なくて申し訳ありません…!

リクエストありがとうございました!


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