(※交際中設定)















仕事場に着いたらまず真っ先にやらなくてはいけないこと。それは契約中の私の悪魔、もとい、私の恋人を喚び出すこと。
今日もあの可愛いペンギン姿をたっぷりと愛でようと、早くも心はうきうき気分。現れた彼が、いつもペタペタと駆け寄ってきて、小さな身体できゅうっと抱き着いてくる姿は愛らしくて堪らない。

そんな期待を胸に召喚をしてみれば。
そこに現れたのは想定外の状況だった。

「おはようございます、さくまさん」

目の前の美青年は爽やかな笑顔で私に語りかけてくる。
あれ、これ何?どうなってるの?なんでベルゼブブさんこんなにおっきいの?っていうかコレベルゼブブさんだよね?
予期せぬバグの発生に思考展開が追い付かない。何が起きているのかさっぱりだ。それはそこの彼も同様なのかと思いきや、「ふむ、アクタベ氏のソロモンリングの効力が云々」とか何とか呟くだけ呟いて、自分だけさっさと納得してしまったようだ。
呆気に取られる私を余所に、目の前の美形はすらりとした長い足で、つかつかと、あっという間に私との距離を詰めてきた。美しく整った顔が、比喩ではなく本当に目と鼻の先に。
そしてそのまま、いつものように私に抱き着いて――

「うわ、わ、わあぁぁっ!?」

――来ようとした身体を、つい、全力で、突き飛ばしてしまった。

「――っ、喚び出した早々随分なご挨拶してくれやがりますねぇぇこのクソ女ぁっ!」

あぁ、この乱暴な言葉遣い、やっぱりベルゼブブさんなのか。パニクった頭でも何と無く理解はしていたけれど、確証が持てるとほっとする。それと同時に、改めて現状に動揺する。

「だ、だって、いきなり抱き着いて来ようとするから……!」
「はぁ?何言ってるのです?いつもと同じことじゃないですか」
「いや、だって、違いますよ!いつもとは全然、状況がっ!!」

普段はあのデフォルメの効いた可愛らしい動物姿だからこそ、気兼ねなく膝に乗せたり寄り添ったり出来ていた訳で。
こんな、人型相手では。ましてや、こんな、王子様のような外見の人相手では。
自分は人への接し方を外見の違いで差をつけたりすることなんて普段殆どしない。けれども、このペンギンから人間への大変身っぷりは、さすがに話が違いすぎると思うのだ。いつも通りに接しろだなんて、到底無理な話だ。

「全く、何を今更気にしているのだか。姿形が多少違えども、中身は一緒なのですから」

だから細かいことを気にするんじゃないですよ、とベルゼブブさんは言う。どうみても、これは「多少」どころではないと思う……。そんなことをぶつくさ呟いていたら、いつの間にか、彼の顔には笑みが浮かんでいる。いかにも悪魔的な、厭な笑い方。これは、まずい、嫌な予感しかしない。

「……あぁ。もしや、私の余りの美しさに惚れ直しましたか?」
「なっ!?馬鹿言わないでくださいよ…っ!」
「おや、自意識過剰でしたかな?」

嫌な予感、大当り。ベルゼブブさんのドSスイッチが入ってしまった。

「その割りには…随分と、顔が赤いようですが?」
「ちっ違います!別にこれはベルゼブブさんが原因なんかじゃ……!」
「おや、そうでしたかな?それは失礼……では事務所に移動しましょうか?」
「そっそうですね行きましょうかー!」

そそくさと階段へと続くドアへ逃げようとするも、そうはさせまいと、彼は素早く行く手を遮る。

「さ、いつものように、手を繋いでね」

お手をどうぞ、お姫様とでも言わんばかりの優雅な立ち振る舞いで繰り広げられるドS攻撃。分かってはいたが、この男、つくづく性格が悪い。

「どうしました?まさか、『恥ずかしくて出来なぁい』だとか、そんなカマトトぶったこと仰いませんよねぇ?」
「――でっ出来ますよ!馬鹿にしないでください!」

にやにやと挑発され、反射的に喰ってかかってしまった。失敗した、と後悔しても既に手遅れ。すっと右手を掬い上げられる。何だかダンスパーティーにでも誘われたみたい、そんな阿呆な発想に至る程に、今の彼はこの空間には不似合いな程の気品を漂わせていた。
繋いだ指先が熱くなる。心臓も、ばくばくと足早に脈打つ。
そんな緊張を、彼に悟られたくない。隣に並んで歩いたりしたら、全部伝わってしまうような気がした。
無駄な足掻きだとは思いつつも、少しでも距離を取ろうと、彼の数歩後ろを歩く。
が。案の定、そんな考えは全部見透かされていたようで。ベルゼブブさんは階段の中程で足を止め、ひとつ深いため息を落とした。

「全く、こんな調子では先が思いやられますね」
「……うぅ、だってベルゼブブさんがそんな……」
「少しずつでもいいですから、此方の姿にも慣れてくださいよ」

慣れる日なんて、来るのだろうか。軽く手を繋いだだけで、こんなに心臓がばくばく脈打ってるのに。

「……いや。慣れて頂かなくても、これはこれで、からかい甲斐があって良いかもしれませんねぇ」

数段下から、真っ赤になった私の顔をわざとらしく覗き込んで、彼はまた綺麗な顔を歪めて意地悪く笑う。

やっぱり、慣れるなんて一生無理な気がする。外見の問題だけではなく、性格も、すべて引っくるめて。ずっとこうやってドギマギさせられ続けるんだろう。


きっと、いつまで経っても、私は貴方に踊らされっぱなし。



* * * * *

カナヤさんより頂いたリクエストを基に書かせて頂きました。
書き途中になんだか方向性を間違えたような気がしてきたのですが…
こんな仕上がりで大丈夫だったでしょうか…;;

リクエストありがとうございました!


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