se noyer

酒は人の判断能力を鈍らせる。今まで何度も思ってきたことだが、これほどまでに痛感したのは初めてだ。セブンスヘブンのカウンター、向かって右から俺、名前、ティファと並んで座り、先程から女二人で恋愛の話をして盛り上がっている。酒など入っていなければ名前は恥ずかしがって俺が横にいるのにこんな話はしないだろう。恋人の俺が隣にいることなんて忘れたかのようだ。…聞いていられないな。不思議と頭がムズムズする。こうされたら嬉しいだの、こうされたら嫌だの、それぞれの意見を述べては共感し否定し、をひたすら繰り返している。よく飽きないな。と言いつつも名前が何を言っているか気にしてしまっている俺がいる。まぁ店の中には俺達三人しかいない。嫌でも耳に入ってくるんだが。

「名前の前の彼氏はさ、本当にろくでもなかったよね」

…遂に過去の男の話題にまでなるか。二人には俺が見えていないのかと思うほどマシンガンかの如く話し出す。名前の前の男は同い年のくせにヒモのような奴で最後浮気したかと思えば最後には音信不通。その後の男は何に対しても否定的な態度で毎日のように喧嘩、あげくの果てには昔の女が忘れられないと名前に別れを告げたそうだ。最後に、その後の彼氏は割と大人びてはいたが突然仕事が忙しいから大切にできないと言い逃げ。同じ男として恥ずかしいような奴ばかりだ。どうして名前はそんな奴と?そう疑問に思っていると、ティファがそれを名前に問いかけた。俺が聞ける訳のないことを聞いてくれたティファに心の中で感謝する。

「好きじゃ、なかったのかもしれない」

名前の言っていることが、良く分からない。好きじゃなかったのかもしれない?じゃあなんで恋人同士になった?少し頭に血が上る。名前が手当たり次第、男に手を出すような女ではないとは分かっているが、理解に苦しむ。そして、考えたくもないことを考えてしまう。俺に見せた幸せそうなあの顔を他の男にも見せたのか?他の男の前で泣いたのか?好き、という二文字を俺以外に伝えたのか?

「好きって言われたら嬉しくて、好きになろうとしたっていうか、恋に恋してたんだと思うの。でも、今は違う」

名前の一言に、俺はいつのまにか俯ききっていた顔を少し上げた。そしてティファは、そうだね、とだけ返して、飲み過ぎたので頭を冷やす、と店の外に出て行った。二人だけの空間。何も言わない俺達。グラスの中の氷が立てる音だけが、やけに響いた。

「…ごめんね、こんな話して。飲みすぎちゃったかも」
「別に」
「でも、私は最後の男が大事だと思ってるんだよね」
「それって」
「クラウドは、大丈夫。私が初めて好き、って伝えた人だもん。他の人とは全然違うよ」

そう言うと名前は照れ臭そうに笑って、またグラスに口をつけた。苛立ちが、すうっと音を立てて消えていく。そうだ。俺は名前を信じている。過去なんて塗り替えられる。全ての思い出を俺との物にしていけばいい。

「女の恋愛は上書き保存だよ」
「…何だそれは」
「私にはクラウドだけってこと。んっ」

堪らず腕を掴んで唇を重ねた。啄むようなキスを何度も降らせる。もっともっと俺でいっぱいになればいい。そう願いながら。いつだって俺の頭の中は名前のことばかりだ。同じぐらいに思ってくれていたら、どんなに幸せか。

「ね、ティファ帰ってきちゃう、ってば」
「これぐらい、見られたっていいだろ」
「よ、くない。もう」
「俺が最後の男、なのか?」
「嫌なの?」
「…嬉しいよ」

最後に少し長めにキスをすると、恥ずかしそうな顔の名前。かわいい、と素直に思った。そして、名前を守るためなら、何にだってなれるような気がした。溺れてしまってるんだ。俺が息ができないくらいに苦しくなっても、そこから救い出してくれる存在。きっと、逆も然りだ。いないと生きていけない、酸素のようなもの。そして、互いに互いだけのものだ。醜い独占欲に、格好がつかないなと自分でも思う。けれど、名前より大事な物がある訳ない。扉が開く音が聞こえる。少し距離をとって、ティファに見えないようにカウンターの下で手を握った。酔っているのか、いつもより名前の手は暖かかった。いや、俺も酔っているのかもしれないが。
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