「俺と溝口が良く行くお店があるんだけど、そこでいい?」
「あ、全然どこでも大丈夫なんで!」
「苗字に俺達の行きつけ教えるんですか〜高橋さ〜ん」

週末の仕事を頑張って定時で終わらせた。だって、高橋さんと飲みに行けるから。まぁ同期の溝口も一緒。いや、いてもらわないと逆に行けないだけどさ。ありがとう溝口。18時の時間を迎えても外はまだ明るい。何か昼から仕事着で飲みに行くなんて悪いことをしているみたいで、一層わくわくする。何故この三人で飲み会をすることになったのかというと、高橋さんが溝口を誘った時、私は溝口と談話室で話をしていたから。

「苗字さんも良かったら来る?」

なんていう、その場のノリ。よくあるやつ。その場に居てくれた同期に感謝しながらよくある大衆居酒屋の暖簾をくぐると、しゃーせー!と元気な店員さんの声が響き渡る。週末とはいえ、まだ18時過ぎの店内は空席が目立った。案内された席に腰掛けると私の目の前が高橋さん。斜めに溝口。う、食べる時緊張するなぁ。取り敢えず生ビールで乾杯。高橋さんが適当に食べ物を注文していくのを見て、私がやりますと声をかけたけど、美味しいの知ってるから任せてよ、と優しく断られた。あぁ、できる男だ、すき。溝口は上司に注文させといてビールをゴクゴク喉を鳴らしながら飲んでいる。ひどい。

「苗字さんは仕事順調?」
「あ、はい。営業の方とは違ってルーティン作業なので平々凡々とやっているだけなんですけど…」
「いや、でも俺達はそれに助けられてるから」
「こいつ仕事早いっすよね!」

はぁ〜優しい〜。高橋さんの言葉で後三ヵ月は仕事頑張れそうです!と心の中の私が叫んでいる。こいつと言い方にはちょっとイラッときたけど何か溝口も褒めてくれたし。その後の会話も、もちろん仕事に関することで。クライアントに行った時のおもしろい話なんて声を上げて笑ってしまった。やっぱり営業が出来る人は話が上手。そして出て来るご飯も皆、美味しい。お酒も進む。楽しい。

「高橋さんは奥さんと仲いいっすか?」
「なんだぁいきなり?普通だよ」

溝口が突然、私の地雷を盛大に踏んだ。ドーンと激しい爆発音まで聞こえたような気がする。こいつ、顔も赤いし多分酔ってる。そういえばさっきからペースが早かったような気がするな。話が楽しくてあまり気にしてなかったけど。まぁ、この話題になること、少し覚悟はしてたよ。でも、聞きたくないなぁ。というより、私は聞いていけないような気がする。めっちゃ美人さんらしいじゃないですか〜、と言う溝口の言葉を、高橋さんは、そうかもな、と大人の対応でさらりと交わしていく。取り敢えず私も、そうなんですね〜!幸せそうで羨ましいです!と多分嫌味のない言葉をかけておいた。すぐにこの話題は終わったけど、なんだかそれから上の空だった。

**

「まら飲みましょおよぉ〜!」

呂律の回っていない溝口。はぁ…いくら週末だからって飲みすぎでしょ。気分が悪そうではないけれど足元はおぼつかず、フラフラしている。取り敢えずこいつをタクシーに乗せ帰らせることにして今日はお開きが決まった。溝口の家は私ほどではないけど、ここから近かったはず。二件目ぐらいは行けると思ってたのになぁ…いや、欲張るな私。この恋は絶対に欲張ってはならない恋だ。

「苗字さんも一緒に乗る?家、そんなに遠くないよね?」
「えっ、あ、はい。最寄駅は近いです。駅からは歩いて結構かかりますけど…」
「それなら尚更安全なタクシーに乗らないとね。タクシー代は気にしなくていいから」
「そんな!飲み代もご馳走になってるのに…」
「先輩の特権だから。苗字さんが次は後輩にそうしてあげて。それでチャラだよ」

いつの間にか私達の横に止まっていたタクシーの運転手に、乗らないんですか?と声をかけられて更に焦る私。先輩の好意はありがたく受け取るのがマナーだといつか誰かに教えてもらったような気がする。お礼を言いながら大人しくタクシーに乗り込んだ。

**

疲れた。タクシーでの空間、緊張した。一緒にいるのが潰れた奴とタクシーの運ちゃんだったから二人きりも同然だよ。しかも、私のマンションについた時に一旦タクシーから降りてくれて、私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。ロックを開けて自動ドアを通り抜け、エレベーターに向かう前の廊下を曲がるところで振り向いた時に目が合って、手を振ってくれたの。わぁ、やばいなぁ。すきだ。自分の階へ到着したエレベーターからちょっと飛んで出てみる。浮かれてるなぁ。

「ただいまぁ〜」

あれ、いつもなんだかんだで迎えてくれる声が聞こえない。もしかしてもう寝てる?早いなぁ、と思いながらパンプスを脱ぐ。足がむくんでパンパンだ。あ、クラウドいたいた。

「なぁんだ、寝てるのかと思った。返事してよ」
「あれが高橋か?」
「え」

少し焦る。いや、別にクラウドに見られて困ることはないんだけど。私以外に話す人いないだろうし。でも何か恥ずかしいじゃん。てか何で見てたの、と聞くと、アンタの声が聞こえたからベランダに出たら見つけた、だとさ。え、嘘。私そんなにでかい声で喋ってた?まぁ、ここ三階だから顔ははっきりとは見えない、よね。てか見てたとしてもそんな帰宅早々単刀直入に聞く?

「二人で車に乗ってたのか」
「違うよ。酔っぱらった同期もいるし運転手もいたから」
「…降りて二人で話してただろ、誤解されるぞ」

うん、確かにね。そうかもしれない。高橋さんのことを知っている人が見たら誤解するかもしれない。でも、それは私が高橋さんのことを好きだっていう前提があるからな訳で、それを知らなければ後輩を家まで送り届けた優しい先輩でしょ?なんでそんなこと言われなきゃならないの。

「ただの先輩と後輩だって言ってるじゃん、前から」
「他の奴にはそうは見えないかもしれな…」
「何!?何が言いたいの!?」

大きな声でクラウドの言葉を遮る。本当、なんだっての。考えてることが、目的が一切分からない。元の世界に戻れないからって八つ当たり?誰が世話してあげてると思ってる訳?あんたがいるだけで私の行動も制限されるんだよ?自由に行きたい所にも行けない、友達だって家に呼べない。どれだけ我慢してると思ってるの。一つ不満が出てくると、いつもは気にしていないような事まで、責めたくなってしまう。

「…名前、落ち着いてくれ」

何でこんな時だけ名前を呼ぶんだろう。無意識なんだろうか。私の名前なんて忘れてると思ってた。いつも、アンタ、って呼ぶから。嫌に落ち着いたクラウドに声を張り上げてしまったことを恥じる。なんで年下に諭されてるんだろ、笑える。

「私がどうなろうがクラウドの知ったことじゃないじゃん。知ってる?この国ってね、不倫は犯罪なんだよ。結ばれたら私も高橋さんも犯罪者になっちゃうの。そんな馬鹿なことしないよ。もうほっといて、どうせ、いなくなるくせに」

言い捨てた私は、名前、とまた名前を呼ぶクラウドを無視し廊下に出て、部屋と廊下を繋ぐドアをパタリと静かに閉めた。本当は家を飛び出したいくらいだったけど、なんだかんだでクラウドをあまり一人にはできない。喧嘩したって仕方ない。私が一方的に怒ってるだけか。ちゃんと向き合わないといけないのに。一日の終わりも始まりも、どうせクラウドが隣にいるんだから。

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