眠たい、眠たい、眠たい。
月曜日の午後の仕事が一番眠たい、パソコンの前で意識が飛びそうになる。
眠気覚ましに淹れたコーヒーも慣れ切った私の体には効き目がなくて、独特の香りだけが鼻を刺激する。

「…」

営業の人に頼まれて見積もり書を作成してたんだけど、目の前にはいつの間にかゼロの数字が何個多いんだってくらい入力されていた。
キーボードを押しながら数秒間、別の世界に行っていたんだと思う、こんな金額じゃ売れないっての。

「眠そうだね」
「たっ高橋さん…!」

後ろから声をかけられて少し驚いて肩が上がる、半目になってたところ見られたりしてないよね?ね?大丈夫だよね?

「これ、あげるから頑張ってね」
「は、はい…!」

マウスを持つ私の右手の傍に置かれたガム、これで眠気を覚ましてね、ということだろうか。
颯爽と去って行った高橋さんの後姿を見て口元が緩む、もったいなくて食べられない…!
説明しよう、彼は上司であり、私の好きな人、そして、既婚者である。
どうにかなりたいとも思っていないので、ただ恋焦がれることぐらいは許してほしい、手を出そうなんて気持ちは微塵もないんだから。
優しくて、仕事ができて、上司からも部下からも慕われている、顔も爽やかイケメンで、非の打ちどころがない、完璧。

「…大丈夫かな」

脳内高橋さん一色ムードの中に金髪がひょいと横入りしてきた。
仕事がある日にクラウドを家に置いてきたのは初めてなので、どうも落ち着かない。
昼ご飯はカップラーメンを食べてということと、テレビで暇潰しててということぐらいしか伝えてない、家から出たり部屋を触るなと言うの忘れたけど、きっと分かってるはずだよね、大丈夫だよね。
一刻も早く帰りたかったのか、高橋さんと話せたのがやる気になったのかは分からないけど、その後の仕事は、やたらと捗った。

**

部屋には私の鼻を啜る音しか聞こえないけれど、横にクラウドも座っている。
何故鼻を啜っているのかというと、ドラマを見て泣いてるから。
恋愛ドラマに弱い、感情移入しては、そこで泣く?って言われそうなところでもついつい泣いてしまう私。
あの後、無事定時に帰れて、少しハラハラしながら急いで家に帰ってくるとクラウドは大人しくテレビを見ていた。
興味ないものばかりだって言われたけど!文句言うな。
エンディングが流れたところで、静かに画面を見つめていたクラウドの視線が私へと移される。

「何で泣くんだ?」
「なんか、主人公の気持ちになっちゃって…」
「俺には良く分からないな」
「何か感想ないの?」
「特にない」

冷酷人間め。
ここがこうだったとか、少しでもいいから何かないのかね。
私の頭の中に疑問が一つ浮かび上がる、よし、聞いちゃえ聞いちゃえ。

「クラウドには好きな人とかいないの?」
「…」
「え、いるの!?どんな人!?」
「何も言っていない」

黙るってことはいるってことでしょ。
若干焦っているクラウドを見てニヤニヤが止まらない。

「どうせ世界が違うんだから言ったってどうにもならないじゃん、教えてよ」
「…好きな人かは、分からない。でも小さい頃から、ずっと認めてほしいって思ってるんだ」
「何それ〜!初々しい!かわいい!いいなぁ〜!」
「一人で盛り上がるな」

だって小さい頃にそんなこと思ってたなんてかわいすぎる、ヒーローじゃんクラウド。
何かあれかな、世界が違うから恋愛観とかも違ったりするのかな。
私もそんな経験してみたかった、シンプルに羨ましい。

「もうそんなん恋じゃんか、恋だよ恋」
「そういうアンタはどうなんだ」

突然の返しに、え、と、つい声に出てしまう。
畳みかけるように、感情移入できるってことは自分にもそういう感情があるからなんじゃないかとか言われる、何この謎の鋭さ、怖い。

「私は…別に付き合いたいとかそういうのじゃないから」
「世界が違うんだから言ったってどうにもならない、だろ?」

少し意地悪な顔をしてトドメを刺された。
そうでしたね、超特大ブーメランでしたね。
観念した私は高橋さんについて話始める。
職場の上司であること、結婚していること、手を出す気はないこと、などなと。
そして私の話を一通り聞いたクラウドの感想は、こちら。

「アンタ、それでいいのか?」

そうなりますよね。
実際信頼できる友達に話した時にも同じようなことを言われた。
それが一般的意見なんだろうけど、私は実際今のままでいいんだもん。
もっと良い人が現れて好きになったらそれはそれでいいし、別に付き合えなくても好きだし、毎日が少しでも楽しければそれでいいもん。

「いいの、いいから好きなの」
「…辛くないのか」
「別に!そもそも叶っちゃいけないって思ってるから。まぁ好きになることすら駄目なのかもしれないけど、それは仕方ないから許してほしい」

案外優しい言葉をかけてくれるクラウドに、本音がぽろぽろと零れる。
馬鹿じゃないのか、ぐらい言われると思ってたけど、そうじゃなかった。
他の誰かに色々と言われてもどうしようもないものだから、きっと、今は。

「もし」
「え?」
「もし、吐き出したくなったら俺に言うといい、聞くぐらいなら、できる」

胸が、じんわり熱くなった。
否定も肯定もされない、それぐらいが今の私にはちょうどいい。
でも、そんなことを言ってくれたのは予想外だったので、少し瞬きの回数を多くしてクラウドを見ていると、世話になってる礼だ、借りを作るのは嫌だからな、と一言付け足される、めちゃくちゃ余計だな、あ、それともツンデレなのか!
こんなんで借りを返せると思われてたら困るけど、まぁ機会があれば頼ってみようかな。

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