さよならしてから、五月を迎えるのは三度目だった。過ごしやすくなる気温を感じると、いつも思い出してしまう。出会った日を。あの夢みたいな日々を。誰にも触れられたくない、触れさせたくない、私だけの、宝物。またあんな恋がしたい、できる、と思っていたけれど、そんなに簡単ではなくて。好きな人もできず、彼氏もできず、ただただ平凡な日々を送っていた。そして思い出してはたまに涙を流す。私ってこんな未練がましい女じゃなかったはずなんだけどな。ねぇ、もうアラサーなんだけど。こんなに好きにさせた責任とってよ。ねぇ、今どこにいるの?何してる?あの腕で、誰かを抱き締めたりしてるのかな。辛いなぁ。一発殴りたいなぁ。でも、そんなこと言える資格、ないよね。私、ちゃんと自分の気持ち、伝えられなかったんだから。

「あったま、いたい」

クラウドが消えてしまってからは、一人で深酒することが多くなった。酒は飲みすぎるな、って言われたのに。でも、アルコールで紛らわせないとやってられないよ。諦めてるつもりだけど、心の奥で、会いたい、会いたいって毎日叫んでる。クラウドのこと思い出す日、なんてないよ。忘れたことがないから、いつでも考えているから。今思えば、私は彼のことを、あまり知らなかったような気がする。たくさんの表情を見たつもりだったけど、元ソルジャー、危ない世界に住んでる、年齢…ぐらいしか知らないんじゃないの?はぁ、また溜息。そういえば私が話してばっかりだった。もっとクラウドの話を聞いてあげてたら、何か別の選択肢や、違った結末があったのかもしれない。後悔の連鎖は止まらない。駄目だ。辛い。きっと、クラウドには私なんかと違って沢山背負うものがあるから、忘れても問題ないはずなんだ、私のことなんて。でも、きっとクラウドは私の事を忘れない。自惚れてるって思われるかもしれないけど、なんとなく分かる。忘れたいのは私だけだ。一生忘れない、ってさ、思ってたはずなのに、もう限界。

「お水、飲もう」

静まり切った部屋に響く、いつもより低い私の声。もともと独り言は多い方だったけれど、クラウドが居なくなってから更に多くなったような気がする。何言ってるんだ、って、突然また現れてくれるのを期待しているのかもしれない。夢見がちな現実逃避女。これじゃもう一生独り身だ。普通に結婚して平凡な暮らしをするのが夢だった私はどこへ。ゆっくりとコップに冷たい水を入れて、じぃっと眺める。ここに飛び込んだら、会えたりしないかな、とか考えたりして…馬鹿みたい。勢いよく飲み干すと、冷たさが体を流れていく。

「…好きだよ、クラウド」

思いを言葉にして、目を閉じる。そういえば口に出して言ったの、初めてだ。私に笑いかけるクラウドを想像する。ゆっくり瞼を開けると、目の前は真っ白だった。あれ、これ、夢かなぁ。一色の中、視界の端に咲く花が、一輪。私の意識とは無関係に体が花へと向かっていって、手が、その花弁に触れる。植物なのに温かくて、感じたことのある体温。あれ、これって、

「わ、き、れい…」

懐かしさを感じたその温度。夢の中の私が瞬きを繰り返すと、一輪だけだったはずの花が辺り一面に広がっていた。足元に冷たさを感じて下を見ると、とても浅い水辺が広がっている。私は、裸足だった。よくできた夢だなぁ、なんて呑気に思っていると、後ろから聞こえてくる足音に振り返る。透明感のある金色の髪の毛と、見慣れた瞳が、私を真っ直ぐに見つめていた。

「名前」
「…う、そ」
「名前、だよな」
「え、これ、夢じゃ」
「夢じゃない」

ずっと会いたかった人が、私の目の前にいる。信じられなくて、頬をつねった。痛い。夢じゃない、の?いつまでもこの状況を飲み込めない私とは違って、クラウドはまるでこの状況が当たり前とでも言うように、一歩一歩近付きながら私の名前を呼んで、強く抱き締めた。あぁ、さっき花びらに触れた時に感じた体温、懐かしく感じたのはクラウドのそれと一緒だったからだ。

「この花…名前を思い出して、毎日ここに来てた。名前が着ていた浴衣の模様と同じ花だ。ここに来ればいつか会えるような気がして。そしたら、会えた。思った通りだった」
「ねぇ、良く覚えてるね…浴衣の柄なんて」
「言っただろ、一生忘れない、って」

泣かないように、ちょっとはぐらかしてみせたのに、クラウドの真っ直ぐな言葉に、ついにダムが決壊してしまった私は、あの時みたいに子どものように声を上げて涙を流した。でも、涙の理由は、さよならした時と一緒じゃない。ひとしきり泣いて落ち着いた私は、目一杯、息を吸い込んで酸素を体に取り込む。クラウドの匂いと、お花の甘い香りで私がいっぱいになる。

「ねぇ、忘れてないんだよね?」
「毎日、考えてた」
「あは、嬉しい。今更だけどずっと言いたかったことがあるの、聞いてくれる?」
「俺もだ」
「好きだよ」「好きだ」

贈り物は返すのが礼儀、でしょ?

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