まるで神様からの贈り物のように、クラウドが私の前に現れてから、もうそろそろ一年になろうとしていた。出会う前より季節が変わっていくのがすごく早いような気がする。いや、気がするんじゃなくて、きっとそうなんだ。充実しているからだろうなぁ、と、安直だけれどそう思う。私は段々と未来を信じることを覚えてきたし、先を見据えたような発言もするようになって。今度は、とか来年は、とかそんな些細なものなんだけど。でも、私がそんなことを口にするとクラウドはいつも少し悲しそうな、でもとても嬉しそうな表情をしてくれる。それでも、何度も、クラウドが自信を持って、そうだな、って言ってくれるまで私は我慢できる、と思ってた。いつからだろう、今以上を求めるようになったのは。笑えちゃうよね。最初に遠ざけてたのは私の方なのに。事の始まりは深夜に目が覚めてしまった私がつい口にした何気ない一言だった。深夜って何故か人を不安にさせる力があって。きっと、それも作用したんだ。でも、あんなこと言わなきゃよかった、って、学生時代に聞いたありきたりなラブソングみたいな後悔を私は後々することになる。

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「元の世界に戻れる時、もしできるなら、私も連れて行ってくれる?」

目が覚めて、むくりと起き上がった私。ぴたりと密着して寝ていたクラウドも起こしてしまったみたいで、どうしたんだ、と暗い部屋の中で私の顔を覗き込んだ。暗闇の中で光る綺麗なクラウドの瞳を見て、どんな私でも受け止めてくれるなんて思ってしまった私が突拍子もなくクラウドに問いかけた言葉がそれだった。私の言葉にクラウドは何も言わず、多分だけど、考えて考えて、消え入りそうな声を絞り出した。

「それは…約束できない」

時間をかけたクラウドに相反して私はすぐに返した、何で、と。嘘でも、そうだな、って言ってくれると思ってたから。だって私も一緒に行けるなんてことあるはずない。そんなこと起こる訳がないから。だから、嘘ついたってバレないじゃん。何で嘘ついてくれないの?

「俺の世界はこんな平和なところじゃない。名前が傷つくぐらいなら俺は」
「守ってよ、元ソルジャーって強いんでしょ?」
「でも」

クラウドにとって私って何なんだろう。ただの同居人?ご飯も食べさせてくれて寝床も与えてくれて性欲も発散させてくれるような都合のいい女?それなら連れて行きたくないのも頷ける。元に戻ったら必要ないもんね、面倒なだけだもんね、私じゃなくてもいいもんね、なら、もしかして、考えたくもないけど、自分でもそう思いたくないけれど、

「誰でもよかったんだ。もし違う女の人の家で倒れてても、こんな関係になってたんでしょ。私じゃなくても良かったんだ」

言ってしまった。自分でもそう思いたくないのに、口にしてしまった。必死で繕って隠していた不安が、じわりじわりと顔を出す。クラウドは私に触れていた手をゆっくりと離して、ずっと、そう思っていたのか、とだけ言った。否定、してくれないんだ。私は何も言えずにギュッとシーツを握り締める。彼の見えない位置で。何も言わない私を見てクラウドは肯定と捉えたのか、ベッドから離れて、テーブルをどかしカーペットの上で私に背を向けて寝転んだ。私、どうして余計な事は言えるのに肝心な事は言えないんだろう。声に出そうとしても言葉にならなくて、諦める、それの繰り返し。でも、今は何を言っても振り向いてくれないような気がして、私も背を向けて枕に頭を預けた。あの後に続く言葉言えてたら少しは違ってたかな。私は沢山いる人の中からクラウドを選んだのに、って。それから数日は、必要最低限の会話しかない日々が続いた。前も喧嘩みたいになったことあったっけ。でも、あの時とは違う雰囲気が私達の間に流れていた。冷たくて、時間が解決してくれるような、ある日突然どうでも良くなったりするようなものではないことがなんとなく分かった。でも、何日考えても、正解が分からなくて、また呆れられてしまったら、を恐れては言えなかった。何も。

**

俺の気持ちは全く名前には伝わっていなかったみたいだ。これまで一緒に過ごしてきた一年は何だったんだ?誤解しても、理解して、何回もそうしてきたつもりだった。なのに名前は女なら誰でも良かったんだろう、なんてとんでもないことを口にしたのだ。違う。俺は名前だから、したことが、かけた言葉が沢山あった。だから、冗談でも、いつもみたいに感情に任せた言葉でも、あの言葉だけは受け入れることができなかった。言い返す気力も失ってしまうほどに。俺じゃない誰かでもこんな関係になってたんじゃないか、それを一切考えたことがなかったと言えば嘘になる。でも絶対に口にしたりはしない。名前に言うなんて言語道断だ。こんな想いをするのなら、あの夜の前の日にでも跡形もなく消えてしまいたかった。幸せだと思えるうちに、お互いが離れても愛おしく思えるぐらいに、いっそ。

「いってきます」

どんな時でも、いってきます、と、ただいま。を欠かさない所はやはり名前だな、と思う。そういうところも名前の良いところの一つだ。俺も返事は必ず返していたし、おかえりを言わなかった日もない。名前に出会う前の俺には考えられないことだ。変えたくれたんだ、俺を、名前が。あの日から出会った当初のように別々に寝るようになった俺達。今日は、いつもより目覚めが悪い。体もなんだかだるい気がする。伸びをして、顔を洗おうと洗面台へと向かった。朝日がここまで差し込んでいるのか、自分が透けて見えた。今日は随分天気がいいんだな。冷水で顔を洗い、瞬時に目覚めた頭が思考を巡らせる。勢いよく顔を上げてもう一度鏡を見た。こんなところまで陽の光が差し込む訳がない。馬鹿か俺は。ただ、俺の体が透けていたのは事実だった。顔を拭こうとタオルに触れると、ふわふわとした手触りを感じる。無駄に都合のいい体。一つも笑える要素なんてないが、俺はつい笑ってしまった。

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