年明けムードも収まった街中、イベントごとに変わっていく雰囲気。会社から出て繁華街を歩く私の目に入ってくるのは2月14日、バレンタインデーに関するものだった。製菓会社の戦略とはいっても単純にチョコレートが好きな私は毎年ワクワクする。ここ数年本命チョコなんてあげてないので自分へのご褒美にチョコレートを買っているだけだったけど、今年はどうしようか。クラウドにガチガチの本命チョコ渡すのって何か違うしね。…でも甘すぎない物なら食べられたはず。それなら自分で作った方が手っ取り早いか。今時手作りなんて、って少し戸惑ったけれど、ま、いいや。

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バレンタイン当日、レシピは数日前にネットで見つけていたので、スーパーで材料を買って帰宅。クラウドからはおかえりのキスが降ってきて、買い物袋を軽々と持ってくれる。半透明のビニールから見えたいつもとは違う買い物の内容に不思議に思ったのか少し首を傾げてる。

「…何を作るんだ?」
「晩御飯は昨日の残り物だけど、食後のデザートでバレンタインデーのガトーショコラを作ります」
「バレンタインデーか。テレビで見たが何だ?チョコレートを食べる日なのか?」
「まぁ簡単に言うとね」

女性が男性に対して好きを伝えるために渡すんだよ、ということは言わないでおいた。それも近年は会社内でお世話になってる人に渡すのがメインみたいになってきてるし。わざわざそれを伝える理由もないと思った私は、簡単に出来るものだから待ってて、とだけ告げて準備にとりかかる。ビターチョコレートを湯煎して溶かすと、甘くて良い匂いが鼻をくすぐる。早く食べたくなってきた。その香りに誘われたのかクラウドは私の横へとやってくる。甘そうだな、と呟きながら。

「割と甘さ控えめのチョコレートにしたからクラウドでも食べられると思うんだけどな。どれどれ」

少し温かいチョコレートを指で掬って、味を確かめようと自分の口元へ運ぼうとする。が、その手をクラウドに掴まれ、私のではなくクラウドの舌が指を這った。ちょっと、と抵抗して腕を引っ張ろうとしたのに、口の中に私の指を含んでチョコレートをねっとりと味わうから力が抜けてしまった。最後にちゅ、と音を立ててクラウドは私の指を解放すると、ぺろりと唇の端を舐めた。

「やだ、何して」
「味見だ。美味いな」
「私がしようとしたのに!」
「そうか、じゃあ」

変に納得した様子のクラウドは私がさっきしたと同じようにチョコレートを指で掬って自分で舐めとった。いや、私がするってば、と口を挟もうとして開いた口にクラウドの舌が捻じ込まれる。いつも以上に、味を移すようにゆっくりと私の舌を絡め取るキスに、思わず目の前の肩を掴むと、ぐ、と抱き寄せられる腰。甘いけど、ちょっと苦い。これじゃ私が溶けちゃいそう。

「っはぁ、もう、進まないじゃん」
「後でいい。…名前が欲しくなった」
「え」

また腰を抱き寄せられて、ぴたりと密着するとクラウドの下半身が熱を持っているのが分かった。…キスしただけなのに。若いってすごい。って違う。私はお腹が空いてるから一刻も早く食べたい。食べてからでいいじゃん、という私の言葉をクラウドは無視して、エプロンの紐をするりと解く。それが床に落ちた音を感じながら、ご飯いつ食べられるかな…と空腹で回らない頭の中で考えた。

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「やっっっと食べられる…。クラウドのせいで!お腹空いた!」
「悪かった」
「絶対あんまり思ってないでしょ」
「…」
「ちょっと!」

あれから1時間ほど経過、ようやくご飯にありつけた私達。諸事情でチョコがちょっと減ったけれど、無事オーブンの中に突っ込むことができた。…そして、疲れました。何でかは言いませんけど。取り敢えず昨日の残り物をレンジで温めて、食べた。洗い物をしているうちに焼き上がり、粗熱をとってから切り分けて、二人で食べる。ちょうどいい甘さで私好みのしっとりとしたガトーショコラ。簡単だったけど、すごく美味しい。…込められた私の気持ちは、私しか知らなくていい。

「どう?美味しい?」
「ああ、美味い」
「…ちゃんと受け取ってくれた?」
「ん?」
「ううん、こっちの話」

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3月14日、ホワイトデー。もちろんクラウドはバレンタインのお返しをする日、ということを知らないと思うので特に何も気にしていなかったけれど、私が帰宅してすぐにやたらと息巻いて、今日の夜は俺が作る、とクラウドは言った。またテレビに入れ知恵されたな。でも、その気持ちが嬉しい。私に何かしようと思ってくれる気持ちが。流石に任せっきりにすると何を作るか分からないので私が横から指示をしつつなので共同作業って感じだったけれど。まぁ当の本人は満足そうだった。

「美味しいよ、ありがとう」
「ちゃんとお返しできたか?」

へ、と気の抜けた返しをした私を見てクラウドは鼻で笑って、また何事もなかったかのように食べ進める。言いたいことは頭にすぐ浮かんだけれど、あまりに自意識過剰なような気がしたので、私も何事もなかったように夜ご飯を食べることに集中した。

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