ストレスがやばい。体がだるい。何故かというと仕事が繁忙期だから。目の前の仕事を終わらせる前にまた次の仕事がやってくる。机は散らかるばかりだし、休憩をするタイミングすら見つからない。ふと時計を見ればもう夕方。そんな毎日だった。今日が金曜日ということだけが今の救い。暑い夏も終わって過ごしやすい季節になったっていうのに、なんだかそれを感じる暇もない。ストレス発散したい、そうだ、こんな時は、

「カラオケに行きたい」

缶のお酒を片手に、ぽつりと呟いた。ご飯を食べた後だらだらと飲んでしまったから、もう中身はぬるくなっている。でも美味しい。疲れている時のお酒は格別。染みる。私のそんな体たらくな姿を見ながら机に肘をついて、ぼうっとしていたクラウドは、私の言葉が耳に入らなかったのか、え?と聞き返す。

「カラオケに!行きたい!」
「個室で歌を歌う場所か…?行くのはいいが、俺は歌わないぞ」

ノリ悪いなぁ。でも、一緒に行こうとも言っていないのに、もうそのつもりで返事をしてくるクラウドが可愛くて、ついニヤけちゃう。じゃあ行こう、明日行こう、とノリノリで返した言葉には何も言ってくれなかったけど。

**

部屋に置かれた端末でひたすらに聞きたい曲を入れて、大声で歌う。やっぱりストレス発散と言えばカラオケだよね。安いし。流行りの歌、懐メロ、様々なジャンルの曲を歌って早一時間。少し疲れた私は一旦手を止める。クラウドはと言うと、私が歌っている曲のプロモーションビデオや歌詞が流れているテレビ画面をじっと見つめているだけだった。つまらなくないかな。なんか申し訳なくなってきた。

「ごめんね、私ばっかり楽しんじゃって」
「いや…歌が上手くてびっくりした」
「え、本当に!?やった!でも知らない曲ばっかりだったでしょ」
「テレビで何度か聞いている曲もあった」

なるほど。確かに家に籠りっきりのクラウドの娯楽って、ほぼテレビだけだもんね。…なら、クラウドも歌える曲あるんじゃないの?曲の宣伝やアーティストのコメントが流れる部屋の中、私は閃いたように食べ物や飲み物を注文するもう一つの端末を手に取り、何度かタッチペンで画面を操作した後、転送ボタンを押した。

「何か食べるのか?」
「いや、飲む。クラウドも」
「また酒か?…俺は別にいい」
「付き合ってもらったから!名前ちゃんからのお礼です!私二杯も飲めないし」
「…はぁ、分かった」

これが私の閃きである。あまりお酒に慣れていないであろうクラウドなら酔った勢いで歌ってくれるかもしれない。すぐに部屋に運ばれてきたレモンチューハイふたつ。なかなか大きいジョッキ、なみなみ入っている。これなら酔うでしょ。多分。

「はい、乾杯!」
「…あぁ」

カン、と響き渡る安っぽいジョッキの音。私は喉を鳴らしてゴクゴクと一気に半分を飲み干した。昼に飲むお酒って何でこんなに美味しいの。罪深い。ジョッキをゴトンとテーブルに戻すと、クラウドのジョッキは少ししか減ってなかった。

「え、全然進んでないじゃん」
「名前が一気に飲みすぎなだけだ」
「え〜?もしかしてお酒あんまり得意じゃないの〜?」

少し煽っただけなのに、ムッとした表情のクラウド。扱いやすすぎて面白い。元ソルジャーの本気を見せてやる、とジョッキを力強く掴んだ。何それ。そして体に流れ込んでいくアルコール。あ、全部なくなった。一気だ。すごい。

「どうだ、見たか」
「じゃ、歌ってみよっか」
「…何でそうなる」
「え〜?もしかして元ソルジャーなのに歌えないとか〜?」

またもや、さっきと同じ表情。駄目だ。おもしろすぎて笑いを堪えるのに必死。クラウドは私がさっきまで使っていたマイクを手にとって立ち上がり、さぁ早くしろ、と言わんばかりに私を見下ろしている。

「俺が知ってそうな曲を流してくれ」
「じゃ、個人的に聞きたいからこれ」

曲のタイトルを見たクラウドは、あぁ、と気が付いたように呟いた。これなら分かるということなのかな。前奏もあまりないこの曲。まちがいさがしの間違いの方に、と歌い始めるクラウドの歌声に驚く。いや、上手い。クラウドってできないことないんじゃないかと思ってしまう。普通に聞き入ってしまいつつ、この曲の歌詞をあまりちゃんと見たことがないなぁと流れるテロップをじっと見つめた。間違いか正解かなんてどうでもよかった。君じゃなきゃいけないとただ、強く思うだけ。なんだか、刺さる。私達がこうして一緒にいることは、正解なのか、間違いなのか、なんて考えたりして。曲が終わっても、しばらくぼうっと考え事をしてしまっていた。感情移入しすぎるのは、私の悪い癖だ。

「どうだった」

クラウドの声が聞こえて、ふと我に返る。咄嗟に、すごい、上手だった!と答えた。いや、でも本当に良かった。もう一回聞かせて、とお願いしたけど、また機会があればな、何て言うクラウド。またの機会はないかもしれないよ?その後は私が何曲か歌って、流石に疲れたのでカラオケ店を後にした。

**

のせられた。完全にやられた。酒のせいだ。あれだけ歌う気はないと言っていたが、酒を飲まされ煽られ一曲披露してしまった。名前は、すごい、と喜んでくれたが、思い出すだけで血管が破裂しそうだった。でも、収穫が一つあった。名前の歌声はとても綺麗だった。いつもの話し声とは、また違った透き通るような歌声。実際、俺は聞き入ってしまった。カラオケ店を出ると、既に顔を出している夕陽。明日も休みだし、せっかくのお出かけだし、と悩んでいる様子の名前は映画を見に行こうと提案してきた。話題になっている作品で見たいと思っていたらしい。断る理由もなく、名前が興味があるというなら見てみたい気もするので映画館へと歩みを進める。着くと、そこは人が溢れていて、見終わった映画の感想を述べる人、今から映画を見るのだろうか、楽しみ、と話す人の声が耳に入った。こっちだよ、という名前に連れられ、シアター内に入り、座席に腰かける。

「静かにしなきゃ駄目だからね」
「そのぐらいの空気は読める」

人差し指をわざとらしく唇へと持ってくる名前。幼いその仕草に、つい笑みを浮かべてそう返すと、そっかぁ、と楽しそうに笑う。やがて照明が消えて、目の前が真っ暗になった。この映画は恋愛ストーリーで、幾多の困難を乗り越えて結ばれた恋人同士の話だった。そう言えば、名前が言っていた。ありきたりなストーリーだけど結局そういうのが流行るし泣けるんだよね、と。スクリーンの中では、順調だった二人の間に段々と暗雲が立ち込めている。男が女に冷たく別れの言葉を告げるシーンになると、周りからは鼻を啜る音が聞こえ始めた。しかし、男は女がまだ好きで、なのに別れを告げている。それが俺にはいまいち理解できなかった。互いを求めているのにわざわざ離れる意味なんてあるのか?やがて、ついに離れ離れになる二人。男も、女も、泣いていた。名前はどういう表情で見ているのか、気になって視線をやると、音を立てずに、静かに泣いていた。雫が頬を伝って、ぽとりと落ちる。何かが溢れて、触れたくなって、肩をトン、と叩く。名前は驚いたのか肩をビクリと少し揺らしてから俺の方を向いた。その名前の唇に、唇で、触れた。何でそんなこと、と聞かれても、そうしたかったからとした答えられない。俺はまた、スクリーンに視線を戻す。結局最後は、幸せな結末だった。名前はこの映画を見て、何を思って泣いていたのか、俺の自意識過剰な予想が合っていれば、正直に嬉しかった。俺を重ねて涙を流しているなら。離れてたりしないから心配するな、と自信を持って言えたら良かったんだろうな。でも、その言葉は映画が終わっても、家に帰っても、次の日になっても口にすることは出来なかった。

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