「ねぇ、昨日何の夢見てたの?」

目が覚めた俺に開口一番告げた名前の言葉がそれだった。夢?そういえば、ニブルヘイムにいた頃の夢を見たような気もするが、あまり記憶がない。そもそも名前は俺が夢を見たという前提で質問をしている。何か、寝言で口走ってしまったのか。不覚だ。色々と考えを巡らせた後、覚えていない、と名前に返す。嘘は言っていない。ふぅん、と俺の目も見ずに言った後、いってきますとも言わずに仕事に行ってしまった。…なんなんだ一体。

**

記憶がないんじゃなくて言いたくなかっただけなんじゃないの。答えるまでに時間かかったし。言いたくなかっただけだったりして!私のことについては怒ったり、言いたくないことまで突っ込んでくるくせに。なんなの。大人気ない態度とっちゃったけど。でも何かむしゃくしゃする。そんなことを考えるin会社の休憩室。私の真上で時計の針は定時の15分後を指していた。もう今日やらないといけないことは終わらせたし帰れるんだけど、何か帰りたくない。私のとった態度のせいだけど気まずいかもしれないし。はぁ。缶コーヒーを両手で持ちながら思わず溜息が出た。

「溜息でかっ」

聞かれた。恥ずかしい。顔がカーッと熱くなる。振り返ると高橋さんが笑ってた。もうやだほんとに無理。穴があったら入りたい。テーブルを挟んで向かいの席に座った高橋さんは、何かあった?と少し眉を下げて笑った。

「いや、あの、すみません。仕事の事じゃなくて…。持ち込んじゃダメですよね」
「もう定時過ぎてるんだし気にしない。何、彼氏と喧嘩でもした?」
「い、いません!彼氏なんて!」

思わず大声を張り上げて立ち上がってしまった私を見て声を上げて高橋さんは笑った。いやだから何してんの私ほんと無理。消えたい。ひとまず椅子に座り直して、小声で謝罪ををした。他に誰もいなくて良かった。本当に。一番見られたくない人は目の前にいるけど。

「あー、じゃあ好きな人か」
「何で全部恋愛関連になるんですか!」
「だって何か苗字さんムキになってるし」

私の好きな人は貴方なんです。その左手の薬指に光る指輪があるから言えないですけどね。でも単純に人生の先輩として、上司として、高橋さんに話を聞いてほしかった。濁したり、ちょっと話を変えたりしたらなんとかなるか。軽く頭の中で話を組み立てて、私は余計なことを口走らないようにゆっくりと話し始めた。男友達が私と一緒にいる時に知らない女の人の名前を呼んだ。誰かと聞いても教えてくれない。だからイライラする、と。寝言で言ったなんて正直に言えば確実に誤解されるので、そこは伏せた。話終わると、目をまんまると見開いた高橋さんの顔が。

「いや、苗字さん、それ十人中十人がヤキモチって言うよ」
「ヤ…ヤキモチ!?ないないないです!ただの男友達ですから!」
「…想像以上に鈍いというか、何というか…意外だけどね…。じゃあさ、その男友達にいきなり抱き締められたらどう思う?」

クラウド、に?夏祭りの夜、私を包みこんで眠っていた、あの筋肉質な腕を思い出す。色々すっ飛ばして致してしまったけれど、クラウドに抱き締められたのは、あの一回だけだった。単に目が覚めたことで真夏の暑さを感じたのか、少し体温が上がったことを思い出す。あんな状況じゃなくて、二人とも目が覚めた状態で、正面から抱き締められたら、

「苗字さん、顔、赤い」
「へっ!?」

両手を勢いよく頬へと添える。確かに、熱を持っていた。何で、赤くなってるの、私。だて、私が、私が好きなのは、

「じゃあ逆に俺にそんなことされたらって思ってみ?」
「ななな何言ってるんですか!」
「赤くなったりしないでしょ?」

そんなの、赤くなるに決まってる。好きな人に抱き締められる、なんて。高橋さんの腕が私の背中に回って、そして、えーっと…

「ほら、何にも思わない」
「…」
「それが答えだよ。今日は休んでまた明日仕事頑張れ、じゃ」

高橋さんの背中が見えなくなった。ゆっくりとまた手を頬にぴたりと添える。体温は、平熱へと戻っていた。

**

名前がようやく帰って来た。が、何やらまた様子がおかしい。朝のように機嫌が悪いというわけではなく、上の空だ。俺が、どうしたんだ、と声を掛けても生返事ばかり。ついには俺の顔を見て溜息をつき出したので、流石にイライラしてくる。

「何なんだ朝から。言いたいことがあるなら言え」
「…どうせ聞いても教えてくれないじゃん」
「まず何のことを言ってるのか分からない」
「あー!もう!うるさい!ティファって子のことが好きなんでしょ!寝言で呟いちゃうくらい!」

名前の口から出た、ティファ、の言葉に驚く。そして、思い出した。元気でやっているだろうか、と。また辛い思いをしていないか、とも。確かに俺にとって大切な存在だ。でも、この世界に来てからというもの毎日が名前で、ティファのことはあまり頭になかった。俺が寝言でティファの名前を呼んでいた?あぁ、ニブルヘイムにいた頃の夢を見たのは正しい記憶だったんだな。それにしても、そんなに怒ることか?まさか嫉妬か?まぁ、ありえないだろうけどな。お前はどうせアイツが好きなんだから。なら俺が誰の名前を呼ぼうと関係ないだろう。少しだけ、棘のある言葉を名前に投げかける。

「自分はアイツのことが好きで辛くて泣くくせに俺は寝言で名前を呼ぶのも駄目なのか?えらく自分のことを棚に上げるんだな」
「…もう好きじゃない」
「…は?」
「だから!もう好きじゃないの!高橋さんのこと!分かったの自分で!好きが憧れに戻ったの!何か文句ある!?」

名前がアイツのことをもう好きじゃない?本当か?あんなに心を掻き乱していやつのことを?いや、でも確かにそう言った。カッとなっていた心が何故だか落ち着いていく。そうか。そうなのか。なら良かった。もう、あんな悲しそうな顔は見たくなかったからな。

「ティファは…別に好きなわけじゃない。大切な幼馴染だ。名前にも大事な人くらいいるだろ?」
「え?あ、あぁ…うん」
「だからそんなに怒るな」

突然冷静になった俺の様子に怒りの行き場を失ったのか、名前は少し挙動不審な態度を見せた後、怒ってない!!!と叫んだ。その姿が可笑しくて鼻で笑うと、馬鹿にしてんの!?、とまたもや食い下がってきた。やっぱり見ていて飽きないな。こんなに毎日一緒にいるのに。いつまでも文句を言ってくる名前とは相反して、俺は眠りにつくまで口元の緩みが止まらなかった。

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