昨日、私達は玄関先で一つになった。汗ばんだままの体も、せっかく着付けした浴衣もセットした髪も全てを無視して。クラウドは優しいから、本気で拒めばきっとやめてくれた。でもしなかった。欲しかったの、嘘でもいいから、ただの情欲でもいいから、誰かの熱が。とんだ、あばずれ女だ、私。高橋さんのことを想って辛くなっているのに、他の男、しかもクラウドに抱かれるなんて最低だ。疲れきって気を失うように寝てしまった私。目を覚ますと筋肉質な腕の中にすっぽりと収まっていた。だらしなくはだけている浴衣の前を閉めて、クラウドの方をできるだけ見ずに、同じように整えた。窓は出掛ける時に閉めたままだったので、部屋に熱気と湿気がこもっている。それが行為を思い出させて、熱を帯びる体。中出し、されちゃったけど安全日だし問題ない、はず。でも一応アフターピル、飲んどこう。怒る資格は私にはない。だって、ほぼほぼ合意の上だ。クラウドがあんなことをした理由は分からないけど。帰ろうとか言いだした自分勝手な私に怒ったから?いや、そんな理由でここまでしないでしょ。はぁ、一人で考えてても埒があかない。取り敢えず立ち上がろうと起き上がってシーツに触れて気付く、あ、湿ってる。本当に、どうしようもないな。今日、お休みで良かった。

「…名前?」
「…あ」

どういう顔で、態度で、接すればいいのか分からない。どうしよう、どうしよう。昨日は急に帰るとか言ってごめんね?いや昨日あった一番大きな出来事はそれではなくて、いやでも、そこについて言及するのは恥ずかしすぎるし、もう、どうしたら。

「昨日は、すまない」

気まずい雰囲気の中、口を開いたのはクラウドの方だった。ううん、とだけ首を振ると、嫌だったか?と聞かれる。嫌だったら抵抗してたよ。綺麗な顔を歪めて私を求めるクラウドに興奮しなかったって言ったら嘘になる。そんなこと、絶対言えないけどね。

「嫌じゃ、なかった…」
「…そうか」
「ね、またお祭りリベンジしようね」
「そうだな」
「…お風呂、入ってくるね」

逃げるように、部屋を後にしてお風呂場に向かう。浴衣、ぐちゃぐちゃだ。帯を外して、浴衣から袖を抜いて鏡を見ると、首、鎖骨に残る赤い痕。髪の毛も顔もボロボロだった。早く、シャワーを浴びて、流さなきゃ。ぜんぶ。

**

嘘のように、私達は元の二人へと戻った。仕事から帰るとご飯を食べながら今日あったことを話して、別々の布団で寝る。休みの日には家で一緒に映画を見たり、買い物に連れて行って荷物持ちになってもらったり。もう、クラウドがいる毎日が当たり前になってしまった。何時だって煩い私を時には笑ったり、呆れたり、そんな反応を見てはいちいち一喜一憂してしまう。朝目が覚めたら、いなくなってるかもしれないのに。私達、はたから見たら恋人同士に見えると思うよ。でも、そうじゃない。互いに触れて愛を確かめ合ったりしない。あの時はさ、何かの線が切れてしまっただけ。結局、夏祭りのリベンジはできなかった。思い出してしまうから無理だっただけ、かな。ふと、目を覚ました深夜。床で敷かれた布団でクラウドはぐっすりと眠っている。おもむろに冷蔵庫へと向かい、缶チューハイを取り出す。中に流れる冷たい空気に顔を突っ込みたい。クラウドと暮らす前は一人で飲むのも趣味だったな。起こさないように静かにプルタブを押し上げる。プシュッと聞きなれた音が部屋に響き渡った。アルコールを流し込んで、一息。私はこれからどうするんだろう。クラウドとずっと過ごしていくんだろうか。そんなこと、ありえないし、願ったとしても叶いっこないけど。あぁ、一口でぐいっと飲みすぎたなぁ。質の悪い9%のアルコールのせいか少し頭がぼうっとする。分からない未来のことなんて、考えても仕方がないのに。今だけを大切にしていれば、いいんだ。私はそうやって生きてきた。

「ティ、ファ」

思わず、持っている缶を落っことしそうになる。ティファって、誰?いつか言ってた、小さい頃から認めて欲しかった、人?そういえばそんな話したよね。あんまり詳しく話してくれなかったけど。私は知らないけどさ、クラウドにはクラウドの世界があって、大切にしたいと思える人だっているんだよね。それをクラウドには私しかいないから、なんて、天狗になってたのかな。クラウドの恋は私みたいに世間から非難されるような関係では、きっとない。物心つく前から深く関わってきた女性なんだ。そんな人と思い合えるなんていいね、って祝福されるような。私なんかよりもずっとクラウドの色んな顔を知っていて、顔だってめちゃくちゃかわいいんだ。これだけ毎日私と一緒にいるのにその人の名前を呼ぶんだもんね。彼の夢の中にきっと、私はいない。缶に残ったお酒を一気に飲み干して、ベッドに潜り込んだ。私は一体誰の夢を見るんだろうか。

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