夕暮れに映して

「でも、もう行かなくちゃ」
「でも、もう行かなくちゃな」

何も考えずに、ただ名前のことを好きだという気持ちだけで生きられたらどんなに良かっただろう。それが出来るなら最初から、こんなことになっていなかったのかもしれないが。夕暮れに映った名前の顔を横目で見る。綺麗だ、そう思った。もちろん言葉にすることは、できない。

「私が、もっと心の大きな人だったら良かったんだけど、ごめんね」
「…名前が謝ることじゃない、俺が…」

言葉が続かなかった。何を言えば正解なんだろうか。どう伝えれば名前を傷つけずにいられるだろうか。いや、もう手後れか。もう充分名前は傷ついた。俺のせいだ。名前が一番大事だと分かっている。それでも俺は過去を捨てることが、できなかった。自分の罪を許すことができなかった。名前は分かってくれていた。優しい人間だ。限界を迎えさせたのは間違いなく俺なんだ。

「好きだよ、クラウド」

柔い灯りのようなオレンジの背景に似合う優しい笑顔で名前は笑った。つい俺も同じような表情を向けてしまう。過去形にしなかったのは名前の優しさなのか、それとも最後のチャンスだったのか定かではなかったが、気付かないふりをしながら最後に触れるだけのキスをした。名前と別れた後の俺は、それはもう何もなくて笑えるほどで。それでも、名前が横にいなくても、どれだけ滑稽な日々だとしても、自分でいる事は恥じないでいようと思えた。自己満足だとしても、それが俺を愛してくれた名前に対しての恩返し、になるような気がして。名前、俺は、今でも、

**

「…クラウド、クラウド、もう行かなきゃ」
「あぁ、悪い」

真っ白なドレスを着た名前は、なに?マリッジブルー?なんて冗談を言い笑っている。綺麗だ、と俺の口から言葉が漏れる。淡く頬を染めて少し俯く彼女が愛おしい。

「あの頃のことを思い出していた」
「色々、あったもんねぇ。でも、良かった。言葉にするの難しいけど、すごく幸せだよ、私」

そう言って微笑んだ名前の後ろに、あの日と同じ夕暮れが移ったような気がして、驚き軽く目をこする。一度だけ最後を迎えた、あの色。でも今は違う、ここからがまた二人の始まりなのだから。

「…名前、愛してる」
「知ってる。…私も、愛してるよ」

転んだ思い出だらけでもいい。愚かで、どうしようもない恋でもいい。名前がくれた幸せは傷なんかでは癒えなかった。太陽が、どの位置にあっても思い出せるほど沢山の幸せを、これから二人で見つけていけばいい。いつだって、その瞳の中に俺を映して。

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