染まるよ


「銀ちゃんはお子ちゃま口だからさ、一生美味しいと思わないと思うよ」
「馬鹿にすんじゃねぇ。銀さんだって、こんぐらいなぁ」

俺は立ち上がり換気扇の下で一服する名前に近付いて緩い煙を生み出しているそれを奪い取り、思い切り息を吸い込む。あれ、この後どうしたらいいんだ?なんて一瞬迷っていたら勝手に煙が肺へと侵入し、何とも言えない感覚に思わず咳き込んだ。名前は、そんな俺を見てケラケラと楽しそうに笑っている。

「ほぉら言ったじゃん」

よっぽどツボに入ったのか、あー可笑しい、と暫く笑っていた。何にも面白くないんですけど。恋人が目の前で苦しんでんのに鬼なの?俺の彼女、人間の皮を被った鬼なの?今巷で流行りの鬼なの?

「別に無理に、とは言わねーけどよ…お前、辞める気ねーの、それ」

実際名前が煙草を吸う姿は嫌いではなかった。白くて細長い指が、細い煙草と絡まっている光景や、その指で取り出す所作も何故か色気を感じるからだ。紫煙を吐き出す時に軽く開く口元も、その、ふぅ、という声でさえも。

「美味しくて吸ってるわけじゃないんだけどね。生活の一部だから。銀ちゃんでいう、糖分みたいな」

あーそりゃ辞めらんねーわ。と、それはそれは納得した。名前も、それを言えば俺が納得するのが分かっていたのか、また細い煙草を口元に寄せた。…エロいな。何かムラムラしてきちゃったんですけど。

「ま、子ども、できたら辞めるよ」
「え、何それ名前チャン。銀さんのこと誘ってんの?今から子作りしちゃう?」
「私に似てサラサラストレートの子だったらいいなぁ」
「え、無視されてる?されてない?紛らわしいんですけど?名前チャン?」

俺の姿を見て、名前は、また笑った。さっきとは違って、目を細めて微笑んで。まだ長さが残っているそれをアルミの灰皿に押し付け、じぃ、と俺を見上げる。はいはい、と俺は呟いてキスをする。何度も角度を変えて啄んでから、舌で名前の唇を、べろりと舐め上げると特有の匂いが鼻を掠める。最初は嫌だったこの匂いも今となっては俺を心を落ち着かせる一つの理由になっていた。でもそれは名前だからで、あのクソマヨネーズ野郎とは全く違う。断じて違う。

「欲情すんだよなぁ、名前の煙草の匂いは」
「そんなこと言うの銀ちゃんくらいだよ」
「他の男、連想させるような話、今すんなよ」

俺の目の色が変わったのが分かったのか、吐き捨てて深く口付けた俺に名前は何も言わず従った。俺が嫉妬深いことなんて知ってるよな?部屋には換気扇が回る音とお互いを求めあう厭らしい水音しか聞こえない。離した口元と口元、繋がれた糸は、ぷつりと切れた。

「なぁ」
「ここじゃ、やだよ」
「…何が?」
「言わせないでよ」

もう一度触れるだけのキスを落とした。

**

飲みすぎた。気持ちわりぃ。酒は嫌なことを忘れさせてくれるとは言うが、ここまで酔ってしまえば、もうそれどころではなかった。いつもの帰り道とは違う夜道を歩く。理由は一つだ。名前のことを思い出したくなかったから。って、こんなこと思ってる時点で、常に考えてんじゃねーか、と回らない頭で自分に悪態をつく。千鳥足で家へと辿り着き、神楽を起こさないように静かに、でも雑にブーツを脱ぎ捨てる。もう名前と別れてから数週間が経つ。それなのに机の上には名前が忘れていった一つの箱がそのままになっていた。本数が減り空いた四角の隙間にライターが押し込まれている。…捨てられなかった。新八も神楽も気付いてるはずだが何も言ってこない。あんなガキ共に気ぃ使わせるなんて格好悪いったら、ありゃしねぇな。最初は数本残っていたそれも、残すは後、一本だ。匂いは一番その人を、思い出させるという。火を付けると名前がいるような気がしてあの日から眠れない夜に火をつけては、掴まれたように痛む心臓に気付かないフリをして、ゆっくりと浮かぶ煙を眺めていた。俺は箱を手に取り、よろよろと窓際まで辿り付く。窓を開けると少し酔いが覚めた体に、痛くなるほど冷たい風が吹きつける。最後の一本を口に咥えて、ライターのレバーを親指で強く押せばカチ、と音を立てた後に小さい火が顔を出す。煙草に近付けて、軽く息を吸い込むとジジ、と葉が燃える音がした。いまいち吸い方が分からない俺は口の中の煙を肺に入れることなく吐き出す。ふかし煙草。どこまでもだせぇ。こんなことをしても心は満たされないばかりか、空いた穴に燃えきらない灰が降り積もるばかりだ。名前は俺のことを手放せても、これを手放すことはできないんだろう。煙草以下か、俺。

「…苦ぇ」

長くなった灰は、そのまま落ちた。正しい落とし方も分からない。何度も、そうする姿を見ていたはずなのに。そういうとこが駄目だったのかも、な。分かることも、満たすこともできなかった。いつの間にか短くなったそれは終わりの時を告げようとしていた。この火が消えてしまえば本当に全てが終わってしまうような気がする。でも、どうしようもできない。目の端に感じる水分は煙が目に入ったから、という言い訳で誤魔化してしまおう。俺の気持ちも知らないでプカプカと浮く紫煙を見つめて、横に誰もいないのに、そんなことを考えていた。解けかけの魔法が音を立てて消えていくような気さえする。





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