傷口をぐちぐちと喰らうあいつらがいる。

菌を吐き出そうと体が抵抗する。

これが、生きているということか。
レッドは独り、息を吐き出した。

やはり、慣れないことはするもんじゃない。イレギュラーが絶対に起こる。久々に山を降りてみようとしたらこれだ。
春先の、雪解け水で緩んだ土に足をとられた。
そのまま勢いよく崖を転がり、気が付けば足が複雑骨折していた。しかも困ったことにリュックは紐が千切れたのだろう。離れた所に転がっている。ボールホルダーもリュックの近くだ。うん、靴もかたっぽどっかいった。
なんで生きてるのかって位、ボロボロだ。

複雑骨折していた足はなるべく見ないようにしている。自分の体だが、グロい。見たくない。傷口は膿み、最近は蛆が食らっている。
もうちょい山の上で事故ってたらまだ蛆も沸かなかったのに、残念ながらここは暖かい。だから蛆が沸いたのだ。けれど普通健常者であれば蛆はわかない。そんな戦後じゃないんだから。
それだけ自分が「ヤバい状態」って事なんだろう。果たしてどれほど危ないのかは解らないが。
落下したせいかピカともはぐれてしまったから話し相手も得られず、完全に暇をもて余しながら衰弱の一途を辿っている。
ここまで悪条件は重なる事ってあるのか、状況を打破できる手立てがこんなにも失われるとは思っていなかった。

「あぁ、暇だ。」

空を見ながら呟く。暖かいから凍死なんてない。いっそのこと眠ってしまおうか。…なんて思考に至ってから気づいたが、生憎睡魔は来ない。絶対に。
なんで確信してるのかって、もうこのカードは使い尽くしたから。
寝ようにも眠くないのだ。

「お腹空いたなぁ………」

呟いた声に尚更虚しさを実感する。返事がないから、独りなんだと思い知らされた。
しかも、お腹が空いても食えるものが近くに有るわけではない。体力がなくなるか、餓死か。どちらにせよこのまま行けば死だ。そしてそれを気付かれないまま迎えるのだ。とっても悲しい事なんだろう。けれど実感が沸かない。
死とは恐怖に値するもの、忌むべきものと覚えていたが、どうやら違うらしい。…それもそうか、死とは生命の循環。自然の摂理ってやつらしいから人間が勝手に怯えているだけだ。

「うーん、暇だ…。」

考えをぐるぐる廻らした所で結局の所暇なのだ。暇だから考え事をしていたというのに早々に終結してしまった。
出来ることなら、もう一度グリーンと遊びたかったなぁ…。
悔やまれることはこのくらいか。ああ、あと母さんにも顔見せてから死んだ方がよかったか。あの世で怒られそうだ。あれっ、でも親不孝者の地獄があった気がする。じゃあ会えないのかな。っていうか地獄いかないとかな。痛いのやだなぁ。
これは困ったぞ。と腕を組んで悩んでいると突如何かが突風を引き連れ下から視界を通過した。

崖から頭をたれさげて寝そべっていたものだから、暫く使ってなかった腹筋を使い起き上がった。うわ、足見えた!グロい!
慌てて目をそらしつ先ほどの正体を探すが姿が見えない。伝説かと期待したのに、起き上がり損だった。
その時、上空から空気を圧しつける音がした。同時に視界が陰る。

「見付けたぜ、死に損ない。」

信じられなかった。美しい毛並みの褐色に跨がっているのは先程馳せていた人物だった。
唖然としていると身を乗り出したグリーンに胸ぐらを掴まれた。そのまま勢いよく引っ張られた。

「いったい!!!!」

足が引き摺られ痛みに思わず叫ぶ。
見て解るほどに痛々しいのに何て事してくれんだコイツは!

「お前絶対ピジョットにその足ぶつけんなよ。ぶっけたら落とすからな。」

そのままピジョットの背中に引き摺り乗せられ、鳥は大きく旋回した。

「ちょちょちょ、俺の仲間!!!!」

町へ向かい緩慢に降下し出した友人を急いで止める。
慌てる俺とは激しい温度差で冷めきった視線を頂き、胸に何か押し付けられた。
俺の、ホルダーとリュックだ。

「靴は新しいの買え。」

「あり、がと……。」

大切な、仲間だ。恐らく、最初に上昇したときに取ってくれたのだろう。普段は素直に言えないお礼も自然と出た。
元から近かった街が大きくみえだす。ポケモンセンターの前で担架が構えられている。救急車もだ。
ジョーイさんとおぼしき人物がこちらに気付き大きく手を降る。

「流石に二人乗せてトキワ病院まではいけねーからあそこで降ろすぞ。」

「うん。」

「っとに、バカだよな。しょうもない理由で死にかけやがって。」

「うん。ゴメン。」

「もうこんなことすんなよ。」

「うん。」

淡々とグリーンの放つ言葉に、ああ本気で怒っているんだなと思った。彼は、俺の生死でここまで感情を動かしてくれた。萎縮しながらも、密かな喜びもある。

「グリーン、」

「…なんだよ。」

「ありがとう。」

グリーンからの返事はない。それでも構わない。

「グリーンともっと居たかったって思ってたんだ。迎えに来てくれてありがとう。嬉しい。」

降り立つ間際に言い放つ。抱えられている状態のため、グリーンの表情は窺えなかったが、ピクリと動いたので聞こえなかったわけでもないらしい。

「バカが。」

ボソリと呟かれた罵倒の言葉に笑って「そうだね。」と返しておいた。


降り立ってからは、慌ただしかった。それはそれは、当人が置いていかれるレベルで。とにかく、ボールの安全装置が正常かとか中のみんなが無事かとか確認するために、俺は治療するためにポケセンと病院とに引き剥がされた。
グリーンは自業自得だと言いながらも俺の騒ぎように見兼ねて検査が終わったら病院に持ってきてくれるらしい。仕方なく引き下がる。
ただ、本当にグリーンは俺に対して甘かった。ついてきて欲しいと言えば、マサラに直接報告しに行くから無理と断られたが、救急車の扉が閉まる直前、

「代わりにコイツが居るから。知らせてくれたのコイツだから、後でお礼言っとけよ。」

と耳打ちしてきたが、当のコイツさんが見えなかったので困ったまま搬送されていると、突如お腹に重みが飛び乗ってきた。

「ピカチュウ!」

「ピッ!」

周りの医療関係者が突如担架下から現れた相棒にあわてふためき追い出そうとしたが、ピカチュウの威嚇と俺の説得のコンボでみんな折れてくれた。
まあ、流石に手術室には入れられないようだが。

麻酔をかけられ、気付いたときには手術は終わっていた。といっても、なかなか酷く、軽い栄養失調も起こしていたようだから暫く入院は免れなかった。
それにより、グリーンから報告を受けた母さんにひどく怒られるわけだが、その後にグリーンとお見舞いに来てくれたナナミ姉ちゃんにより、グリーンが俺が見つかったことをナナミ姉ちゃんに抱きつきながら大号泣して喜んでいたと聞けたので、全て良しとなる。


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