2012/03/07 03:01

俺の初恋はお前に捧げてやる




今日はシルバーがジムに遊びに来るという約束を珍しくとりつけてきたので、グリーンは部屋を掃除していた。
いつもこうやって連絡してくれれば準備を万端にできるというのに。
まあ愚痴っても仕方ないと思い、部屋を掃除していく、前準備する猶予があるならとことん綺麗にして彼氏というやつを迎えてやりたい。
とりあえず、部屋全体の埃をなくしてやろうと意気込んで掃除していたが、ベッドの下に箒を突っ込んだときに箒のすべり心地が一箇所だけ違うことに気づいた。
屈んで覗いたら薄っぺらい紙のようなものが一枚見つかる。何だと思い手を伸ばせば案外簡単に取れたものに目を見開いた。
それは写真だった。
写真で、しかも思い人のものだった。
しかし、おかしい点がいくつかある。まず一つ目は、シルバーの容姿だ。今アイツは11歳のはずだが、どう考えてもコレはその年齢に達していない容姿だ。幼稚園とまではいかないが、小学校低学年か、高学年にはいったばかりのような。
二つ目は写真の背景だ。ふるい記憶の中に微かにある、見覚えのある風景。それはココの風景だ。しかし、今の様相とは何から何まで違う。
前トキワジムの風景。
そして極め付けである異様な場所、それは一緒に写っている人物だ。
かつてロケット団の首領として世界を恐怖に陥れた人物、サカキ。そうして脇を固める男女二名。
なぜ、シルバーがサカキと写っている?しかも幼少時に。そして脇の二人はいったい誰なんだ。

わからない、

自問自答ではその言葉しか浮かばなかった。
とにかく、後でシルバーが来たときに問いただしてみようと思い、今は掃除と頭を切り替えてラストスパートに取り掛かる。
ただ、頭の中には写真の中の少し嬉しそうなシルバーの表情がこびりついて離れなかった。


なあ、なんでお前はそいつと写って嬉しそうなんだ。
俺との写真だって気難しい顔して全然笑わねーじゃん。

…俺じゃ、不満かよ?



シルバーが時間通りに来て、俺はやはり会えたのを嬉しく思う反面、写真のことが気がかりだった。
シルバーをソファに座らせ、ミルクティーを入れる。
「飲めよ」といって差し出したのを、シルバーは無言で受け取り静かに口付けた。
一息ついたときの安心しきった表情なんてやっぱり可愛いし癒されるが、やはり脳内の大半を占めるのは写真のこと。
なんでサカキと写ってるんだ。
なんであんなに気を許した表情なんだ。
机に頬杖をつき、シルバーの顔をぼんやりと眺めているとシルバーもさすがに気づいたらしい、少し首をかしげた。

「…俺の顔になんかついてんのかよ?」

「あ、いや。なんでもねーよ。」

当たり障りのない、上っ面だけになってしまった返事にもあまりシルバーは気にしなかったようで、不機嫌になられずに安心したのと、適当な返事で許される程度の人間なのかと新しい不安が誕生する。

「そうだ。」

不意にシルバーが思い出したかのような声を上げた。そして腰につけていた小さなバッグからなにやら取り出した。
それは細長い小包で、何だコレ?とみつめていると俺に突き出してきた。突き出されてもくれるって事しかわかんねーよ。
助け舟が欲しくてシルバーを見つめると頬をかき、言い訳をするように目をそらす。

「ホラ、お前、先月くれたろ。お返しだ。ちょっと、早いが。お前スケジュール埋めやがった、からな…」

「へえ、ありがと…」

疑ってた中、不意のアプローチに思わずときめいてしまった。コイツ一応俺のこと思ってくれてたんだな。シルバーの存分に赤くなった顔を見ていると胸のモヤモヤした気持ちが静かに潮をひかせていった。

「うわコレ、ブランドものじゃん。高いんじゃねーの?」
「とっ当然だろ!?い、一応恋人だからその…悪いか!!!」

途中で口ごもったと思ったら逆切れしてきたシルバーに思わず笑ってしまうと不満そうに睨まれる。後輩のそんな表情みても怖くもなんともねーんだけどな、第一若干目潤んでるし。

「チョコ、俺以外にあげた?」
「渡すわけ無いだろ!?悪いか!」

「いや、すっげー嬉しい。」

気持ちをそのままに笑顔で返してやれば、当然のことを聞くなという風に起こっていたシルバーも少し目を開き驚いた表情をしたあとすぐに眼をそらして黙った。
目をそらすのは想像していたが、正直何に驚いてんのかサッパリわからない。

「なんだよ?」

「いや、お前ずっと難しそうな顔してたから…」


驚いた、まさか気にしていたとは。
表情に全く出てないぞコノヤロー。なんだよあの安心した顔はダミーか。
なんでこういう時に限って目をそらさないんだよと心の中で文句を言いつつ、俺がシルバーいわくの難しい顔をしていた理由を待っているということに応えないわけには行かない。
仕方なしに、チェストの上においていた写真を取りに行く。まあ、訊こうとは思っていたし、ちょうどいい。タイミングを計る必要がなくなった。

「コレ、ベッドの下から出てきたんだ。」

「………。」

一瞬にしてシルバーの眉間にシワがよる。
まあ、眉間にシワが寄ると言う事は思い当たる節があるわけで、写真にうつっといて覚えが無いわけもねーけど。
無言で写真を手に取ったシルバーの横に腰掛ける。

「………。」

無言で写真をみつめるシルバーに次第に不安の波が押し寄せてきた。
あ、駄目だ。後輩のコイツに頼ってしまいそう、そう思ったがほぼ同時にコイツは彼氏なんだという思いもよぎって揺れる。
視界までも揺れて、シルバーは写真から目をそらさないのに手で視界を覆った。

「お前、俺との写真だってあんま良い顔しねーじゃん。」
「なのに、この写真のお前嫌そうじゃねーし、」
「頭ではお前が俺を好きでいてくれてんの解ってるつもりなんだけどよ…」

ああ、言ってしまった。さも自分が第三者かのような視点で思っていることにも、彼氏だが後輩でもあるシルバーにこんなに弱みを晒してることにも自嘲する。
しかも、たちの悪いことに最初の言葉を言ってしまってからは更に感情は揺さぶりをかけてるのか不安が大きくなっていく。嫌なことにその不安に後押しされて次から次へと俺の口からは弱音ばかりがこぼれていく。
だけど、コレが俺の本心だってのも頭は理解しているんだ。だからこそたちが悪い。

「俺、嫌われてんのかなって」

最後の言葉が出たときに自己嫌悪の波も押し寄せてくる。
こんなこと言ったら嫌われるに決まってんじゃねーか、そう思ってもあまり感情を表に出さないこいつの心なんて本人にしかわからない、俺がはかりしれるわけではないのだ。

「ごめんな、お前好きでいてくれてんのわかってるんだけど、
 …解ってるんだけどさあ、」

駄目だ、手まで震えてきた。目頭が熱い。指先が濡れる。
俺だってそうだけどコイツのほうが餓鬼だから俺がしっかりしなきゃなのに、
嗚咽だけでもと必死に抑えて肩を揺らしていると、少し温度が離れ、ゆっくりと優しく、普段の彼からは想像できないような丁寧さで腕の中に包まれる。

「なんで謝るんだ。」

なんで、そう聴かれても嗚咽を抑えようとしてる状態ではまともに応えれる状態ではなく、鼻をすする事しかできない。しばらくして俺が応えそうに無いことに気づいたのかシルバーのほうがポツポツとしゃべりすぎた。

「…あまり驚くなよ。俺の本名はサカキ・シルバー。ソイツは、俺の…父親だ。」

「ソイツがいる時点で察しはついてると思うが、横の男はアポロ、女はアテナ。どっちもロケット団幹部だ。」

言いづらかったのか、途切れ途切れ、詰まりながらの言葉。それでも言い聞かせるような言葉に俺は必死に耳を傾けた。驚かないわけが無い。ただ、あまり多く自分のことを語らないシルバーの打ち明け話に必死に耳を傾けた。

「だからアテナもアポロも俺を育てた親のような存在なんだ。だから、大きな仕事に出るという話を前にしばらく逢えないからと撮った写真だ。」

「お前との、写真は、そのっ、恥ずかしいんだよ…。」
「悪かった、な。不安にさせて。」

こっちこそ何でお前があやまんだよといってやりたい、俺が女子みたいに勝手に不安になって勝手に泣いてるってだけなのに、俺が甘えてるのに、だってソレつまりは家族写真なんだろ?それなのに俺が、

「愛してる、グリーン。」





一瞬にして思考が停まった。
言った後にぎゅっと力を込められる。
普段からあまりこういった睦言も、名前を呼ぶこともしてくれないシルバーが名前を呼び、愛してるとまで言ってくれた。
ああ、本当俺って単純。あんなに大きな波だったのにその言葉だけで不安どころか涙も嗚咽も全部ひっこんじまった。
俺の頬にあたってる耳がじんわりと熱を持っていくのが解る。多分、シルバーも勇気をだしてくれたんだ。
いつの間にか強張っていた力も抜けて、むしろ力が入らないけれど、

俺もコイツの背中に腕を回して抱きしめる。


「ははっ、ありがとな…俺も、」




愛してるよ、シルバー。

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