グリーンは浅い呼吸を繰り返していた。
背もたれに寄りかからねば息も止まってしまいそうだった。
むしろ、今意識があるのが奇跡的なのかもしれない、ぼんやりと微かで、漠然と心も遠く思う。

頭がガンガンとする、だが妙にスッキリしていて、靄がかかっている割には冷静であった。
だが、喋ることはおろか呼吸するのも苦しい、そんな状況だ。

確か、レッドを呼ぶと言っていたような、

頭がガンガンと鳴り響く。



ライトグリーンの髪色をした男はランスと名乗った。見た目の印象と性格の印象が随分とかけ離れた男だった。
彼は、目を覚ました俺の前の椅子に悠然と座っていた。その様は随分と気品溢れ笑みの妖艶さがあった。足を組み直す動作で見とれるような、そんな男だった。見た目では。
ランスは牙を剥く俺に対して微笑し、こういったのだ。
“コレは私怨です。”
つまり、俺はコイツになんらかの形で恨まれ、晴らされているのかと言えばそうではない。
対象はレッドだ。
彼いわく、確かにシルフカンパニーで俺に負かされているがそこは大した事ではないらしい。そうは言いつつも奥歯を噛み締めた辺り、レッドとの所業と比べた場合の話であって屈辱的ではあったようだ。

「私のあるべき世界を奪ったアイツを許す理由がありません。アナタも私を呪いたくば呪えばいい。」

まあ、私はそんなオカルティックな物信じていませんが。
そういったあと靴をカツカツと軽快な音を立てながら男は近づいてくる。
手には先が注射のようになったチューブを持っていた。

「今回は私怨ですから、ロケット団は私の独断行動と見なし、あの男が私を殺しても残党すら動かないでしょう。」

「どう動くんでしょうね、あの男は。」

ニタリと卑しい笑みを浮かべ、強引に腕に持っていたチューブが挿される。
逃げようとしたが無駄だった。俺の四肢は椅子と同質の金属で拘束されていて身動きもろくにとれない。

とくっ

とくっ

鼓動にシンクロしながらチューブの細い管が赤く染まっていく。

「彼にはこう言いましょう。私の目の前で手持ちを一匹ずつ、全員殺したらアナタを解放すると。もちろんアナタの目の前でもありますよ。」

我ながら名案だ。
楽しそうにケラケラと笑うランスはやはり艶やかで、酷く幼稚だった。
そんな子供みたいな脅し、そう思うが子供みたいな脅しは純粋な悪意しかなく確かにレッドはツラい選択を迫られるわけだ。俺の事をレッドがどう思っているかではない、目の前で人間が死ぬのか、はたまた仲間を殺すのか。
「両方助けたい」とレッドは言うのだろう。だが今回はそれが叶わない。ランスからバイタルサインが感じられなくなったら椅子に高圧電流が流れるらしい。ランスの腕時計が椅子に情報を送信しているらしく時計が壊れても同様だといっていた。
端的に言えば、ランスが死ねば俺も死ぬ。一方的な運命共同体だ。俺が死んでもランスは死なない。

「アナタならどうしますか。」

俺なら、
人質を見殺しにした。
死にかけの人間だ。もし、仲間を殺したとしても解放されるか解らない敵の手中の奴だ。しかも解放されたとしても助かるかなんてわかりゃしない。
だが、もし、
もし人質がレッドなら、俺は自殺したかもしれない。第三の選択肢だ。今まで想いを告げたことは無いし、俺が今回なんらかの形で助かったとしても告げるつもりはない。
けれど、俺はレッドが好きだ。
レッドは、レッドはポケモンを愛している。解ってる。俺なんかより愛しているんだ、殺すなんて無理難題だ。
解ってるなら話は早い。レッドに要らぬ罪悪感を味わわせる必要はないじゃないか。レッドが来る前に終わらせてやる、こんな茶番。
一息に噛みきってやろうと舌をつき出した。それにランスは不愉快な表情をする。ざまあみろ。

皮膚を突き破り、骨に当たる音がした。口内に血の味が広がる。

「これ以上余計な真似をすればアナタの手持ちを殺します。」

今から見せしめに一匹アナタの目の前で殺しましょうか。
言いながらランスは俺の口から出血した手を抜いた。汚いものを触った様子で手をハンカチで拭く。
俺は、為す術がなくなった。
俺の命だけでなく俺のポケモンの命もコイツが握っているのだ。俺だけの命ならまだ安かったのに、

ランスは目の前でお茶をたしなみながら本を読んでいる。
俺は、項垂れていたが呼吸がしづらく、椅子に頭を預けた。幾分かしやすくなったが、苦しい。力が入らない。



ランスの話し声が聞こえてきた。しかし、何を言っているのか判然としない。

あ、そうか、レッド。
レッドがいるのか。

間もなく俺は死ぬ。
もはや視界もハッキリとしない、意識も遠退いていってるのが解るが、どうしようもなかった。
俺、死ぬんだな。
思いの外客観的に見ることが出来るらしい。俺の事だから感情的に死にたくないなどと思うかと我ながら考えていたのに。感情に回す体力がないのか、あの条件下で俺が死ぬことを選択したからか、

俺が死んだら、姉ちゃんとじいさん、どこにいるか生きてるかも解らねぇ両親は泣いてくれるかな、レッドのおばさんは、悲しんでくれるかな。ジムは大丈夫だろうな、アイツ等はしっかりしてるから、引き継ぎもなんとかしてくれるだろう。

レッド、

レッドは、
悲しんでくれるのだろうか、
駄目だ、解らない。なんて事だ。一番近しく、愛しく、近づきたいと思っていた奴の感情が解らないなんて、
あの眠そうな目から涙はこぼれるのか?安堵するのか?起こってくれるのか?

何も感じないのか、

足から感覚が無くなっていく。無くなった感覚に混乱する。呼吸してるのかも解らない。
嫌だ、
レッドに嫌われているならまだしも、
何も思われていないのは嫌だ、
そのまま忘れ去られてしまうのが怖い。
忘れ去られてしまうのを想像しただけで目が潤んだ。

レッド、

レッド、

どうか、嫌いでいいから、
どうか、

「俺を、忘れないでくれよ、」



レッド、好きだ、愛してるよ















次に目が覚めたのは。



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