植物




GREEN's DAY


グリーンが消息を絶ってから三日後、森の中でグリーンは発見された。しかし、すぐには再会を許されず、レッドは苛立っていた。

静かな待合室で待っているが、待合室に反して廊下は騒がしい。発見したと報告を受けた割に駆けつけてみれば皆飛び回っていてグリーンの容態も聞けやしない。グリーンと特別な関係にあるレッドがイライラするのも仕方ないことだった。

「レッド君、」

レッドが貧乏揺すりを始めた頃、ようやく医師に声をかけられた。そうして、やっと連れてこられた部屋に唖然とする。俺が通されたのは病院の一室だが植物園かと思ってしまうような光景。
グリーンがいるはずなのにベッドの大体が隠れていて見えない。代わりに見えるのはベッドから辺りへ伸びるツタ、ツタ、ツタ。
未だにベッドの周りは数人の医師がいて作業を続けているようだった。

「今は意識がないようだが、発見された時にレッド君だけを呼べといっていてね、」

俺が呼ばれた呼ばれた理由なんてどうでもよかった。それよりもグリーンになぜ草がまとわりついている?ココは病室じゃないのか。
思考を巡らせているとグリーンの呼吸が荒くなっていくのが聞こえた。

「レッド、レッドはッ……?」

意識が戻ったらしく、近くにいた医師の腕をグリーンが掴む。血相を変えて横にいた医師がグリーンへ駆け寄っていったが、グリーンは俺を探していた。駆け寄った医師すらも押し退けグリーンの手を握る。

「ココにいるよ、グリーン!」

無事でいてくれというような懇願にも近い声だった。
ここにいる、大丈夫だよ。そう呼び掛けたつもりが、俺が安心させようとしていたのはグリーンでなく俺自身ということに気がついた。
現にグリーンは焦点こそ定まってないものの意思はしっかりしているような迷っていない瞳だ。その瞳がこちらを見て捉えた。

そうだよ、グリーンはココにいるよ。

「先、生、ちょっと…出てって貰え、ませんか…?」

「この状態でっ」

「ピカチュウ。」

グリーンのお願いに無理が有るのは解っていたが、人を払わなければグリーンは多分本題に移れない。
一言でピカチュウは理解してくれたようでバチバチと背後から聞こえ、ついで離れていく足音。
一切俺はグリーンから目が離せなかった。グリーンの目はまだ朧気ではあったが、殺気のような、意思の強い瞳が俺の意思を丸呑みにしたからだ。
握っていた手とは反対側の手で胸ぐらを引き寄せ、一気に顔が近くなる。

「ロケット団が、お前を、殺そうとしてるッ…!!!!」

息を殺すように、しかしハッキリと告げられたセリフに俺は一瞬呼吸を忘れた。
確かに恨まれるようなことはした。
だから、狙われるのはおかしくない、そこには驚かなかった。けれど、なぜ、なぜ、

グリーンがその事を知っている?

グリーンにまとわりつく葉がふわりと風に揺れた。


「グリーン、もしかして…」


俺の胸ぐらから手を力無く放したらグリーンはベッドに沈み込み、目を合わせてくれない。
それが、答えだった。

「グリーン、」

「っふ、うぅ…!」

返事の代わりに呻き声を発する。それに呼応するかのように成長していくツル。じわりとベッドに血が滲んだ。頭から血を抜かれたように一気に冷静になった。
俺は、この症状に覚えがある。そしてこのツタにも。

宿り木だ。

宿り木がグリーンに寄生しているんだ。
対処としては初期段階で炎で燃やしてしまうのが最善だが、俺の手持ちでは人間が耐えられる火力は出せない。だから医師達は付きっきりだったのだ。
皮膚の下で根が延びていってるのがわかる。一部からは突き破ったツタが辺りへ葉をのばしている。
机にはエタノールがあった。

「逃げ、ろ……!!」

荒い息を整えることもせずに、グリーンが呟いた。ハッと我に還ると同時に我が耳を疑った。
この状況でお前を置いていけと言うのか。そんなの、無理に決まっている。
だって自分たちは性別の壁も乗り越えて気持ちを通じ合わせた仲なのに、そんなに簡単に切り捨てられるわけがない。

「わかんねぇのかっ、さっさと、行け…!」

「そんなのっ」
「レッド、俺は、」


俺はお前が嫌いだよ、



耳を切り落としてしまいたかった。
嘘だ、そんなの、ある訳、ない。
そうだよ、嘘に決まってる。
きっと表情は悲しみに歪んでいるんだ。
ぼやけていた輪郭にもう一度ピントを合わせると、薄ら笑いを浮かべた酷く冷めた目をしたグリーンがいた。

「だからさ、とっととシン、オウにでも、どっかにでも行けば?」




最後に酷く冷めた笑みを浮かべたグリーンを見て、そのあとの記憶はない。
気付けば俺は雪山にいた。

今だってグリーンは好きだ。
だけど、グリーンは俺が嫌いだ。
それが、悔しかった。
訳もわからないまま嫌われ、拒絶されたことが、悔しかった。
ちょっとした意趣返しのつもりか、俺はシンオウのように凍てついた雪山にいた。グリーンの言ったことを無視できなかった自分が馬鹿馬鹿しい。
イッシュにでも行ってやれば良かったのに、俺はグリーンのいる土地に縛られている。

何故かあの日の記憶を辿ると嗚咽を噛み殺すような音や、「根が深くまで延びている」という医師の声が付属される。
多分、俺の妄想だ。だって聞いた覚えはない。グリーンに悲しんで欲しかったのと、グリーンに対する不平からくる、妄想。
何が今だってグリーンが好きだよ、静かに自嘲する。
なぜこんなことを思い出したって、久々のバトルで薬とかが不足したから山を降りねばならないからだ。
麓にはトキワ病院がある。

俺がグリーンに振られた場所。


少し億劫になりつつも行かねばならないし、傷ついたポケモンに苦労はかけたくなかった。だから自分の足で降りている。

「?」

道の片隅に不自然に生える木があった。渦巻くような幹がやけに貫禄があるが、そんな歳の木が鋪装された道に生えているわけがない。
こんな木はあったかと思い返してると向かいから一頭のウインディが歩いてきた。綺麗な毛並みは遠目からでも解るほどで思わず見とれる。野生の分布ではないし、毛並みからしてトレーナーのポケモンだ。
ゆっくりとした足取りのソイツは俺が見ていた木の側にお座りをすると寄り添って幹をなめたりした。
すぐ側の、この木と絡み合っている木には目もくれず、ずっとはみ出た木だけに寄り添っていた。
この木に何かあるのか、
触ろうとした途端に穏やかだったウインディが急に唸り出した。

触って欲しくないのか、

気にはなったが仕方なくその場を後にする。
ウインディの睨んでいる視線が暫く離れてくれなくて後ろから襲われるんじゃないかと冷や冷やしながら歩いていった。






トキワにつくと何だか不穏な空気が流れていて落ち着かなかった。買い出しを終えたあとにポケセンへいきジョーイさんに尋ねた。

「貼り紙見てない?ココのジムリーダーが先日から行方不明なの。」

そういえばサカキの後も就いているんだな、妙に月日の流れに感動しながらありがとうございますとだけ返した。
ポケセンを出ると入る時は気づかなかったが確かに貼り紙があった。

トキワジムリーダー
オーキド・グリーン行方不明。
見掛けた方は警察まで。
トキワ病院の医師によるとグリーン氏は病を患っていて遠くには行けないものと見られる。


グリーン?
グリーンが、行方不明?
それより、病を患っていて?俺が知るグリーンは病気なんて持っていなかった。アレルギーもない健康体だったのに?
行方不明ってことは家にもいないんだろう。
どうしよう、なんで、探さないと、
どうやって?

母さん、母さんなら何か知っているかも。
急いでマサラに飛んでいく。
俺の母親で、グリーンの母親同然であった母なら何か知っているはず、グリーンが何の病かも解る筈だ。


勢いよく扉をあけると母さんは一瞬驚いたが、「おかえり、部屋に手紙を置いておいたわよ」とだけ言った。
生憎、今は手紙どころじゃない。だから口を挟もうとしたが、「今すぐ確認してきなさい。」としか答えてくれなかった。
さっさと確認して、話を聞いてもらおうと手紙を確認しに階段をかけあがった。しかし、階段を降りることは出来なかった。

レッドへ。

丁寧な字で封にかかれた文字には見覚えがあった。
このクセはグリーンだ。

グリーンからの、手紙だ。

息を呑んで、開けた。
今行方不明の人からの手紙を。






レッドへ。
三年前は、ひどいこと言ったな。悪かった。
あれ、うそだ。でもお前の事だから何言われたか忘れてるかもな。思い出さなくていいよ、どうせうそだから。
にしてもゴールドから生きてるって聞けて良かったよ、お前今シロガネ山にいるんだってな。俺はシンオウに行けって言ったのに。
そうだ、俺ジムリーダーになったんだぜ。今じゃカントー最強とか言われてる。戦ったらお前に勝ったかもな。まあもう意味ねーんだけど。
三年前おれ宿り木くらって病院運ばれたじゃん?お前にうそついた日だ。あれな、全部とるのは無理だった。だから、通院してたんだけど、もうダメみたいだ。自分でわかるもんなんだな。
だから、お前には伝えないとって思ったんだ。


あの日、嫌いっていってごめんなさい。生きていてくれてありがとう。


いつまでも愛してるよ、レッド。
じゃあな。



オーキド・グリーン



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