カニバリズム




―レッドのお料理教室―


口元からの異臭に眉をひそめる。
鉄のような、なま物のような、なんとも形容しがたく食欲を減少させる匂い。
どんなに美しいソテーを出されようとも俺は食べたいとは思わない。
だけど、食べないといけない。

だって、レッドが身を粉にして作ってくれた料理だから。

足をもいで 骨と肉を分けて
次には骨からダシをとりスープを作る
健康な骨からはうまみ成分だっていっぱい出てくる

肉のほうは血抜きを充分にして
きれいに洗った後に食べやすいサイズにスライスして
熱したフライパンに油をしいたあとに放り投げる
切るときに筋をとるのを忘れずにね

余った血は作ったスープに少量混ぜよう
大量の血を一気に飲むと人間は吐き出してしまうらしいからね
だから隠し味に少しずつ混ぜるんだ

楽しげな鼻歌をうたってレッドは料理を作る。
俺はそれを言葉を発さずに眺めている。

肉がいい具合に焼けてきたら お皿に移そう
そして 一晩おいておいたソースをかけるんだ
仕上げは このオリーブオイル…なんて冗談
ハーブを肉の上にちょんとのせたら
ハイ 完成

「どうぞ、グリーン。召し上がれ!味のスパイスはモルヒネだ!」

快活な声に返す無言。
それでもレッドは気にしない。

俺はフォークとナイフを手に取って、小さく切り分け口に運んだ。
ああ、おいしい。おいしいなあ。
レッドの味がする。

「グリーン、美味しいからってなくことないでしょ?」

笑いながらいうレッド。
なんて笑えないんだ。お前はもう自由の身じゃないのになんで笑うんだ。
ボロボロとこぼれる涙が少し足りなかった塩味を補正していく。ソースに水気を足していく。

レッドの味ってこんなのだったんだな。
よくわからないや。
見た目だけ一丁前の、
実はちょっと生焼けの。
おいしいおいしいレッドの味。

完食した後に俺は黙って席を立った。

「グリーン、」

どこに行くの?
レッドが間髪入れずに聞いてくる。

「トイレ」

俺はレッドの腕を一瞥してトイレへ向かった。
トイレの扉をバタンとしめて一息ついた。

レッドが手にかけたアレは命綱。
レッドから伸びる管を抜けばレッドは死んでしまう。

俺が席を立つたび、拒むたび、脅すように、懇願するように
レッドは点滴を引き抜こうとした。

エレベーターのない二階建てマンション、一階に下りるすべを持たないレッドは
俺が消えれば死んでしまう。
俺が外に向かおうとしても自分から死んでしまう。
考えただけで鳥肌が立つ。
レッドなしで生きていく自信もないし、そんな世界で生きていく気もない。

だけど、俺はどうしてもあの食事が受け入れられない。
あの食事を俺が食べている間はレッドはしなない。
レッドが生きていてくれるのは喜ばしいことなのだけれど、
俺はほかのものがいい。他のものが食べたい。
家にもう食料はないのに、それでも出される料理。買い出しに行かせてもらえない俺。
トイレの扉の向こうから、血で錆びて軋む車いすの音が聞こえてきた。

グリーンの仕事は出された料理を食べること。
グリーンがご飯を食べるだけでレッドは生きながらえてくれる。

ずっとそう言い続けてきたけど、
もう限界だった。

そろそろ潮時かな。

疲れ切った俺と、俺が好きだったレッドに嘲笑を浮かべて俺は盛大に吐き出した。








今のお前は見てらんねーよ、
それじゃ こんどこそ バイビー!




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