シンデレラ





なあ、お前この研究所の人間じゃないよな。
 人がいないと思って忍び込んだ研究室の一室。そこは資料室で、人がいないのを入念にチェックしてはいった部屋だった。
 誰もいないと思って入ったのに、声をかけられたらそりゃ誰だってビビる。大きく肩を撥ねさせた自分に彼は笑った。

「この間も来てたよな。ここ、そんなに面白い?」

「…面白いよ。」

 慌てて振り向けば、同じ齢ほどの少年。てっきり研究員に見つかったのかと思った。しかも、彼は平然としているあたり研究所の身内らしかった。
 この間。てことは、前にきた事もばれているのか。

「こんな埃かぶった本たちが?ここの大人なんてずっともうこの部屋のことなんて忘れてるのに。お前変わってんな。」

 心底不思議そうに言う。彼は、積まれて埃をかぶっている本に座っていた。敵意はなく、告げ口される気配もないので、そのまま本を漁り続ける。別に人嫌いではない。が、ここの研究所は何やらとても大事な研究をしているようで、部外者は入れないのだ。けれど、この田舎には図書館や本屋も近くにはなくこの部屋は自分にとって知識の宝物殿だった。盗賊のように本をとっていっているわけではない。人が立ち入らないこの部屋には童話や研究書など蔵書として置いてあり、多くの知識を得られた。だから、侵入していたのだが、まさかばれていたとは。

「君には、この本たちの価値がわかんないの?面白いんだよ。」

「へえ。まだそんな事いうやつがいたんだなぁ。」

 目を細め、いまいち自分には意味が分からない言葉を彼は吐く。頬杖をついて、机に寄りかかり。退屈というより、自分を眺めることで暇つぶしをしているのだろう。

「ところで、君誰?暇ならどっかいっていいんだよ。」

「は?暇してねぇよ。俺はグリーン。お前は?なんてーの。」

「レッド。」

 なんて、偶然。それは、自分とはついになる名前だった。奇妙な運命を感じつつ、レッドは雑談をしながら本を漁っていく。
 彼は、探している間はちょくちょく話しかけてきたが、読みだすと黙りただただ読んでいる俺を眺めていた。どうせなら、こんな黙々と読んでる男を眺めてもつまんないだろうから自分も読めばいいのに。

「…そういえばさ、」

「ん?」

 グリーンは、自分が来るたびいつの間にやら同じ部屋にいた。が、気配なく入ってくる彼にももう慣れ、今日も探しながらグリーンと話していた。彼は読書の邪魔をしてこない。し、ここの蔵書にも詳しかった。たまに何かいいのはないかと悩んでいると、どんな気分か聞いてきてオススメを教えてくれるくらいには、ここの蔵書にも詳しかった。

「いつから気づいてたの?ここに俺が入ってるの。一応誰もいないの確認してたつもりなんだけど。」

 振り向けば、いたずらっ子の笑みを浮かべる。ニィッと目を細め口を横に引き伸ばした彼はその笑顔のまま「最初から。」と告げた。なんと。隠れていたつもりが、最初からばれていたとは。最初。彼が最初だと思ってるだけで、俺が数回すでに訪ねた時では?なんて思うが。

「ずぅーーーーーーっと昔に来たことあるよなお前。その時も目を輝かしててさ。」

 それで、ここに本があることを知って、最近またきだした。4ヶ月前くらいからだろ。お前が来てるの。
 グリーンが言ってることは正しかった。俺は、かなり昔に一度研究所に正規の手段で入ったことがある。その時にここに様々な本があることを知って、我慢できずに最近不法侵入を始めてしまったのだ。

「そんなに知ってるんだったら、ここの人に俺入れるように言ってよ。ここ以外には行かないからさ。」

「わりーけど無理だわ。ここの奴ら誰も俺の言葉に耳かたむけねーもん。」

 悲哀の混じる声に思わず振り向くと、声同様、瞳も悲哀に満ちていて。レッドはかける言葉を見つけられなかった。それと同時に納得した。
 グリーンは、話ができる自分の存在があるだけで、彼にとっての救いとなっていたのだ。だから、俺が忍び込むたびに姿を現す。だから、どこにも行かなかったのだろう。

 ある日、本を探していると外から話し声が聞こえた。慌てて姿を本棚の影に隠し、息を潜める。しばらくすると、声の主が扉を開けた。

「ここから子供の声がするなんて、馬鹿らしい。」
「ほんとにさっき聞こえてきたんですって!」

 ああ、しまった。話し声が漏れていたのか。確かに最近あまりに油断しすぎて普通に談笑してしまっていた。そりゃあ、ばれるだろう。

「ほら、誰もいないだろう。お化け屋敷じゃないんだから。」
「いなかったらいなかったで怖いんですけど!うわ〜。」

 しかし、声の主たちはそのままあまり確認もせずに出ていった。あれ、そういえば、グリーンは。
 扉をしめて研究員たちが出ていったのを音で確認して息を吐いた。あー緊張した。すると、今まで蔭に置かれ過ぎていて気づかなかった本が目につく。
 「ひとりぼっち」と背表紙に書かれている絵本だ。他にも絵本はあるが、妙にそれに惹かれて、手を伸ばした。すると、がしりと手を掴まれる。

「グリーン。」

「お前の探してた本見っけたぜ。」

 あっち。と、対角にある本だなの冗談を指さされる。え、ほんと?といって立ちあがり、前を歩くグリーンについていく。さほど、グリーンの行動を気にしていなかったが、ふと目にしたグリーンが毎回椅子にしている本たちが目に入り、一瞬頭が真っ白になった。

 そこには、グリーンと会う前と変わらないまま埃が積もっていた。


「ほら、」

「…ありがと。」

 なんでだ。なんで。
 だって、いっつも同じところに座っていたら、普通埃はあそこまで積もったままにはならない。グリーン。君は、

 君は?


「もうちょっとだけ、いいだろ。」

 グリーンが、目も合わせずにぽつりとつぶやいた。



 翌日、結局レッドはまた研究所に侵入した。眠れなかった。グリーンという存在が急に得体の知れないものに感じて。正体が気になってしまった。
 だから、グリーンと話すために、来たのだ。

「待ってたぜ。」

 グリーンは、いつも座ってる本たちの奥に立っていた。そこにはやはり埃がかぶっている。昨日の俺の勘違いなどではなかった。

「そうだよなぁ。お前は、知識が欲しくてここに来てるんだもんなぁ。知らないことは知りたいよな。」

 寂しそうに笑ったグリーンが、「いいぜ。教えてやる。」といって、昨日自分が隠れた場所を指さした。
 「このままじゃ、もういらんねぇんだよなぁ。」と、歩いて横を通り過ぎた時に小さく呟いた声が聞こえた。


 ひとりぼっち


 昨日と変わらず、同じ状態でそこに本はあった。それはやはり不思議な魅力で持って俺を惹きつけた。迷わずに、手に取る。
 大人向けの絵本なんだろう。漢字もそこそこに使われている。

 そして、表紙にはグリーンがいた。

 本は、多才ではあるが素直になれないがために、みんなから嫌われてしまったグリーンが、ひとりぼっちになってしまう話だった。
 もう、迷うことは無かった。グリーンは、このグリーンだった。そのものだ。口調といい、見た目といい、性格といい。これは、グリーンだった。

「グリーン…っ!」


 レッドが振り返ると、そこには誰もいなかった。





---なあ、お前この研究所の人間じゃないよな。
 人がいないと思って忍び込んだ研究室の一室。そこは資料室で、人がいないのを入念にチェックしてはいった部屋だった。
 誰もいないと思って入ったのに、声をかけられたらそりゃ誰だってビビる。大きく肩を撥ねさせた自分に彼は笑った。

「この間も来てたよな。ここ、そんなに面白い?」

「…面白いよ。」

 慌てて振り向けば、同じ齢ほどの少年。てっきり研究員に見つかったのかと思った。しかも、彼は平然としているあたり研究所の身内らしかった。
 この間。てことは、前にきた事もばれているのか。

「こんな埃かぶった本たちが?ここの大人なんてずっともうこの部屋のことなんて忘れてるのに。お前変わってんな。」

 心底不思議そうに言う。彼は、積まれて埃をかぶっている本に座っていた。敵意はなく、告げ口される気配もないので、そのまま本を漁り続ける。別に人嫌いではない。が、ここの研究所は何やらとても大事な研究をしているようで、部外者は入れないのだ。けれど、この田舎には図書館や本屋も近くにはなくこの部屋は自分にとって知識の宝物殿だった。盗賊のように本をとっていっているわけではない。人が立ち入らないこの部屋には童話や研究書など蔵書として置いてあり、多くの知識を得られた。だから、侵入していたのだが、まさかばれていたとは。

「君には、この本たちの価値がわかんないの?面白いんだよ。」

「へえ。まだそんな事いうやつがいたんだなぁ。」

 目を細め、いまいち自分には意味が分からない言葉を彼は吐く。頬杖をついて、机に寄りかかり。退屈というより、自分を眺めることで暇つぶしをしているのだろう。

「ところで、君誰?暇ならどっかいっていいんだよ。」

「は?暇してねぇよ。俺はグリーン。お前は?なんてーの。」

「レッド。」

 なんて、偶然。それは、自分とはついになる名前だった。奇妙な運命を感じつつ、レッドは雑談をしながら本を漁っていく。
 彼は、探している間はちょくちょく話しかけてきたが、読みだすと黙りただただ読んでいる俺を眺めていた。どうせなら、こんな黙々と読んでる男を眺めてもつまんないだろうから自分も読めばいいのに。

「…そういえばさ、」

「ん?」

 グリーンは、自分が来るたびいつの間にやら同じ部屋にいた。が、気配なく入ってくる彼にももう慣れ、今日も探しながらグリーンと話していた。彼は読書の邪魔をしてこない。し、ここの蔵書にも詳しかった。たまに何かいいのはないかと悩んでいると、どんな気分か聞いてきてオススメを教えてくれるくらいには、ここの蔵書にも詳しかった。

「いつから気づいてたの?ここに俺が入ってるの。一応誰もいないの確認してたつもりなんだけど。」

 振り向けば、いたずらっ子の笑みを浮かべる。ニィッと目を細め口を横に引き伸ばした彼はその笑顔のまま「最初から。」と告げた。なんと。隠れていたつもりが、最初からばれていたとは。最初。彼が最初だと思ってるだけで、俺が数回すでに訪ねた時では?なんて思うが。

「ずぅーーーーーーっと昔に来たことあるよなお前。その時も目を輝かしててさ。」

 それで、ここに本があることを知って、最近またきだした。4ヶ月前くらいからだろ。お前が来てるの。
 グリーンが言ってることは正しかった。俺は、かなり昔に一度研究所に正規の手段で入ったことがある。その時にここに様々な本があることを知って、我慢できずに最近不法侵入を始めてしまったのだ。

「そんなに知ってるんだったら、ここの人に俺入れるように言ってよ。ここ以外には行かないからさ。」

「わりーけど無理だわ。ここの奴ら誰も俺の言葉に耳かたむけねーもん。」

 悲哀の混じる声に思わず振り向くと、声同様、瞳も悲哀に満ちていて。レッドはかける言葉を見つけられなかった。それと同時に納得した。
 グリーンは、話ができる自分の存在があるだけで、彼にとっての救いとなっていたのだ。だから、俺が忍び込むたびに姿を現す。だから、どこにも行かなかったのだろう。

 ある日、本を探していると外から話し声が聞こえた。慌てて姿を本棚の影に隠し、息を潜める。しばらくすると、声の主が扉を開けた。

「ここから子供の声がするなんて、馬鹿らしい。」
「ほんとにさっき聞こえてきたんですって!」

 ああ、しまった。話し声が漏れていたのか。確かに最近あまりに油断しすぎて普通に談笑してしまっていた。そりゃあ、ばれるだろう。

「ほら、誰もいないだろう。お化け屋敷じゃないんだから。」
「いなかったらいなかったで怖いんですけど!うわ〜。」

 しかし、声の主たちはそのままあまり確認もせずに出ていった。あれ、そういえば、グリーンは。
 扉をしめて研究員たちが出ていったのを音で確認して息を吐いた。あー緊張した。すると、今まで蔭に置かれ過ぎていて気づかなかった本が目につく。
 「ひとりぼっち」と背表紙に書かれている絵本だ。他にも絵本はあるが、妙にそれに惹かれて、手を伸ばした。すると、がしりと手を掴まれる。

「グリーン。」

「お前の探してた本見っけたぜ。」

 あっち。と、対角にある本だなの冗談を指さされる。え、ほんと?といって立ちあがり、前を歩くグリーンについていく。さほど、グリーンの行動を気にしていなかったが、ふと目にしたグリーンが毎回椅子にしている本たちが目に入り、一瞬頭が真っ白になった。

 そこには、グリーンと会う前と変わらないまま埃が積もっていた。


「ほら、」

「…ありがと。」

 なんでだ。なんで。
 だって、いっつも同じところに座っていたら、普通埃はあそこまで積もったままにはならない。グリーン。君は、

 君は?


「もうちょっとだけ、いいだろ。」

 グリーンが、目も合わせずにぽつりとつぶやいた。



 翌日、結局レッドはまた研究所に侵入した。眠れなかった。グリーンという存在が急に得体の知れないものに感じて。正体が気になってしまった。
 だから、グリーンと話すために、来たのだ。

「待ってたぜ。」

 グリーンは、いつも座ってる本たちの奥に立っていた。そこにはやはり埃がかぶっている。昨日の俺の勘違いなどではなかった。

「そうだよなぁ。お前は、知識が欲しくてここに来てるんだもんなぁ。知らないことは知りたいよな。」

 寂しそうに笑ったグリーンが、「いいぜ。教えてやる。」といって、昨日自分が隠れた場所を指さした。
 「このままじゃ、もういらんねぇんだよなぁ。」と、歩いて横を通り過ぎた時に小さく呟いた声が聞こえた。


 ひとりぼっち


 昨日と変わらず、同じ状態でそこに本はあった。それはやはり不思議な魅力で持って俺を惹きつけた。迷わずに、手に取る。
 大人向けの絵本なんだろう。漢字もそこそこに使われている。

 そして、表紙にはグリーンがいた。

 本は、多才ではあるが素直になれないがために、みんなから嫌われてしまったグリーンが、ひとりぼっちになってしまう話だった。
 もう、迷うことは無かった。グリーンは、このグリーンだった。そのものだ。口調といい、見た目といい、性格といい。これは、グリーンだった。

「グリーン…っ!」


 レッドが振り返ると、そこには誰もいなかった。





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