拉致 箱の庭




 …身動きが出来ない。

 グリーンは身動ぎをしようとしてうまくいかない不快感に目を覚ました。
 全く身動きがとれない。精確に言えば身動きが取れない上、力が入らない。呼吸も苦しかった。
 なんとか辺りを見渡す。薄暗い部屋だ。鬱屈とした空間はなんとなく空気が重い。
 自分は、今アクリルケースに入っているようだ。脇をなんとか見ると自分の入っている箱と同じであろうケース。そしてその中には同年代の少年。慌てて反対を見たらこちらにも同じ状態で同年代の少女が入っていた。その奥にも同じようなケースが見える。
 一気に覚醒し、動転した。

 手持ちは勿論、ボールも見当たらない。服も、両隣の二人同様着ていない。

 明らかに、監禁されている。

 なぜ、どうして、自分は監禁されるのか全く身に覚えがない。拉致された時の記憶もない。


 どうにか脱出出来ないか、周りを見渡すもどうにもなりそうにない。力も碌に入らない為身動ぎすら出来ないのだ。誰もが、大人しく、箱に収まっている。
 両隣も意識はあるようだが身動ぎひとつしない。とても暗い目を部屋の闇に向けていた。女の子の方は少し顔色が優れない。
 部屋が暗いのも良くなかった。剥き出しのコンクリート壁は、意識を混濁とさせ鈍らせる。上から申し訳程度に吊るされる電球の明かりは部屋の隅に闇を作り出し、この代わり映えない現状を一層脚色していた。

 キィと扉の音が物悲しく鳴く。

 暫く代わり映えのない風景からなんとか情報を拾えないかと辺りを見渡していると、扉が開いた。

 男だ。男が、入ってくる。

 なんとも存在感の薄いやつれた男だ。どこにでもいそう、そんな印象を持つ草臥れた中年だった。
 入ってきた男は、べっとりとした笑みを浮かべる。気持ち悪い。汚ならしい笑み。

「目が覚めたようだね。」

 力なく目を開けていると、男はグリーンの前まで来て座り込んだ。顔面には恍惚とした笑みが張りついている。

「大丈夫、怖くないよ。」

 『なんのつもりだ。』そう問いたいのに声が出ない。出そうにも、声帯に力を入れることすら難しい。

「気化させた筋弛緩剤が箱に空気と一緒に供給されるからね。大丈夫、すぐに死ぬ量じゃない。」

 こちらの意思は理解しているのだろう。声が出せずとも言葉が来る。

──力が入らないのはそのせいか。

 目覚めたときから異常な状態だったお陰で男が来るまでに冷静さを幾分か取り返していた。
 男は大丈夫と繰り返すが、全然大丈夫じゃない。

 なぜ、こんな事をした。どうするつもりだ。ここはどこだ。

 解らない状況に答えて欲しいが、男は先ほどの一言以降喋らない。うっそりとアクリルケースに収まる少年少女を眺めているだけ。
 暫くすると、男は満足したのか入ってきた扉を軋ませて出ていった。



 箱に閉じ込められてから、かなりの時間が経った。力が入らない限り自力の脱出は望めない。かなりの力を込めても、垂れた腕が僅かに動く程度だ。何もできない。
 横の女の子はずっと泣いていた。静かに涙だけを流していた。
 しかし、最近はもう泣かない。生気なく項垂れるだけだった。こんな劣悪な環境だ、弱っていく上体調が悪くなるのは必然。

「…──!」

 女の子の体の、下部にうっすらと赤黒い斑点が浮かんでいる。

 斑点を見てしまい、グリーンは一瞬で事態を理解してしまった。事態を理解すると共に、自分の未来も確信してしまう。

 ──死だ。


 この先には死しか待っていない。しかも、そう遠くない先にそれはある。

 横のアクリルケースの女の子は、数時間前に死に辿り着いていたようだった。死斑が浮かんでいるのが何よりの証拠。



 軈て、男が再び部屋に入ってきたとき、女の子だったものは遂に箱から解放された。

 男は女の子をアクリルケース達の目の前に横たえさせる。そして男が手にしたのは鯨などを捌くのに使う解体包丁。

 床が真っ赤に染まっていく。液体が広がっていく。
 女の子だったものは、どんどん人の形を損ねていき黒いポリ袋に収まっていく。

 凄惨な光景から、目を背けたいのに目を背けることが出来ない。

 自分も後少しで彼女の後を追うのだと、形容しがたい不思議な感情に囚われながら、朦朧とする意識をそっと手放した。




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