スレ違い
得体の知れない化け物ばかりだ
外は、怖い
俺がグリーンと別れてから3ヶ月経った。あいつはとんだ喰わせ者で、一途に見せかけ、内実浮気性な男だった。幼なじみの俺が騙されるほどなんてよくやる。他の嘘は大抵見抜けていたのにすっかり騙されていた。
あれからグリーンとは会ってないし、向こうから謝罪にも会いにも来ない。後ろめたいだろうし当然だろう。
ある日、ブラッシングして貰いにお隣さん家に行くと、ナナミ姉ちゃんから相談があった。
「最近グリーンたら調子が悪いの。何か知らない?」
ナナミ姉は俺たちの関係を知っているが別れたなんて言ったら、根掘り葉掘り訊かれる。それはグリーンの尊厳に関わるので黙っておいてやろう。
この間の金曜日、博士にお使いを頼まれてトキワジムに行った。グリーンは居なかったからトレーナーに言伝てを頼んで帰ろうとしたら、逆に話しかけられた。
「最近グリーンさんたら、あまりジムに来なくなって…来ても執務室に無言で籠っちゃうの。レッド君何か知らない?」
いい加減にしろ。
その一言に尽きた。共通の知り合いに会えばみんながみんなして俺にグリーンはどうしたのかを聞いてくる。何で俺に聞くんだ。本人に聞けよ。というか個人の気持ちの問題で職務を疎かにするグリーンはなんなんだ。
グリーン本人でないのは、気遣いなのだろうが、訊かれる俺の身にもなって欲しい。
「…仕方ない。」
俺との問題なんだから、俺が解決すべきなんだろう。
半ば、聞いてくる奴等への当て付けでも有った。
しかし、現実を知るのは出会ってからだった。
レッドは、すっかり振られて不貞腐れた幼馴染みがいると思っていたのだ。だが、閉め切っていた扉を力ずくで抉じ開け、相見えたのはすっかり目の下にクマを作り、普段はきちんとセットしている髪をボサボサのままにしたグリーンだった。
それはもう酷い顔で、目の下のくまは濃く、口の周りも遠目で解るくらいには荒れている。
暫く換気もしていなかったんだろう、部屋に入った途端重い空気がまとわりつく。息が吸いづらい。
無理矢理入ってきた俺を見て、グリーンは目を見開き、口をパクパクとさせた。
普段の前口上すらないグリーンは異様だった。異様なグリーンは今の関係を忘れて心配してしまうほどで、レッドは思わず彼に近付くべく歩を進めた。
幼馴染みへの優しさだった、心配だった。しかし、相手への配慮がいつも相手への配慮となりえる訳ではない。この場合、レッドのグリーンへの思い遣りはそのまま地雷となった。
「来んなッ!!!!」
常よりも掠れた声でグリーンは叫んだ。
レッドも彼の幼馴染みの敵意丸出しの目に、叫びに思わず足を止める。睨み付けたままグリーンはレッドから目を離さない。
あまりの常とはかけ離れたグリーンの有り様にレッドは声をかけようとした。声をかけようとして「近付くな」というグリーンの声に阻まれる。これを数度繰り返したところで、レッドは埒が明かないと言うことに気がついた。もとよりレッドはやったらやり返す、因果応報といった類いのものを信条とする人間であるため、人の話は聞かないのに自分の話は通そうとするグリーンの対応に我慢できる人間でもなかった。
「いい加減にしろよ、」
レッドは、一歩を踏み出した。
今までレッドはこの一歩を踏み出す力で世界を変えてきた。ロケット団を解散させるのもこの一歩を踏み出す力があったからこそだ。しかし、相手への配慮よろしく、いつだって同じことを繰り返していればそれで正解な訳ではない。言うなれば、レッドは今グリーンを追い込んでいる。
レッドには、その自覚がなかった。
厳しい眼差しに恐怖の色を交えたグリーンは、咄嗟に辺りを見回し近場にあった机上の筆立てを歩みを進めるレッドに対して投げ付けた。しかし、眉根を寄せたレッドに止まる気配はない。グリーンは気が動転したまま次いで枕を投げる。受け止めたレッドは、そのまま枕を床へ放る。近くにはもう殆ど投げられるものがない。最後、自分をくるんでいた毛布をレッドに投げ付けた。
レッドの視界は広がった毛布によって塞がれ、鬱陶しく重いながら毛布をはぐと、グリーンはベッドの上で丸くなって蹲っていた。頭を、体を守るように掻き抱くグリーンは線が細くなっていた。肌色も悪い。
触れたら壊れてしまいそうな、そんな緊迫感を、弱りきったグリーンは持っていた。
「グリーン。」
あまり刺激しないように声をかけたつもりだった。それでも、グリーンの肩は怯えているように跳ねた。グリーンが喉をひくつかせ、弱々しい手で口許を覆い空いている手は近くのビニール袋を手繰り寄せる。待っていましたと言わんばかりに吐瀉物がグリーンの口から溢れ出す。
レッドは、気づかない内に一歩後ずさっていた。
幼馴染みの豹変ぶりに恐怖を感じた。
暫く嗚咽を繰返し、漸く顔をあげたグリーンは、冷や汗をかき、血の気はひいて焦点があっていない。
吐いたら全て元通り、なんて有るわけのない話だった。
嘔吐というものは体力を使う。グリーンの青ざめた口からは荒い息がもれ、目には膜が張っていた。
それでも、グリーンは何かを呟いた。
「…………、」
それはとても小さく、到底聞こえるような声量では無かったが、レッドは聞き取れなかったことを後悔するものだと直感した。
「あっ、そうか…。」
丸まっていたグリーンが突如立ちあがった。
覚束ない足取りで机の前までいき、何やらガチャガチャと物色を始めた。
「魂が無いなら肉体なんてただのゴミじゃん。」
ゴミに誰が何したっていいだろ
遠くを見たまま笑顔でいいはなつグリーンの手には、カッターが握られていた。
グリーンの手が首から少し離れ、
「ひぃっ、あ゛……!」
急いでカッターを奪い取るが、グリーンは接触してきたレッドを拒み、はね除け、そのまま床に倒れ伏す。ひきつるような悲鳴を短く漏らし、グリーンは気絶した。
ぐったりとした様子はまるで瀕死のポケモンだった。
急いでナナミ姉を呼びに階下へ走り、病院へ搬送される姿を見送ったが、レッドはそれ以降グリーンには会いにいっていなかった。
単純に怖かったのだ。
幼馴染みが自分の前でいきなり自殺未遂だ。
病院で目覚めてからも、グリーンは色んな手段を使ってまで死のうとしたらしい。人の気配があっては寝ようともしなかったため、グリーンは自宅療養となった。
病院よりも幾分か閉鎖的だから、グリーンもそちらの方が安心できるのだろう。自殺できそうなものはナナミ姉ちゃんが全てなくし、今はグリーンもおとなしいらしい。
窓を開けても、グリーンが飛び降りれないようにつけられた柵が邪魔して今では部屋の行き来は出来ない。
どちらにせよ、向こうの部屋のカーテンが開いたのすら最近は見てないのだけれど。
俺の知っている事実が、真実とは限らない。それはもう身にしみて理解した。あのグリーンが徐々に精神から病んでいったんだ。
だから、俺は、真実を知りたい。
握った拳がジトリとする。筋肉が硬直する。話し掛けたらグリーンは嫌な思いをする。また恐怖に怯えさせるかも知れない。それでも、俺は真実を知る必要があった。
怖じ気付いても仕方ないと深呼吸し、扉をノックした。
もし、魂だけだったらレッドに誤解されることは無かったのに。犯されることもなかった、犯される状況もなかった。肉体がなければ、こんなことになら無かった。
そとは、こわい。
扉を、ノックする音が聞こえた。
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