強姦




今日はレッドとご飯をホテルで食べる約束だ。
いつもは残業ついでにギリギリまで開けていたが、今日はピッタリ定時に帰れるように閉めた。

ホテルではそのまま泊まる予定だった。つまり、そういうことである。
あろうことか、ライバルで幼馴染みの男を好きだと気付いたのが一ヶ月前。

「グリーンのことが、好きなんだ。」

そう言われたのも一ヶ月前。
思わず、すぐに反応した。あの時は流石に泣いた。嬉し泣きだ。家柄とか、同性愛とか全て忘れ去って頷いた。
つまり、1ヶ月記念日。普段は記念日など気にも止めないが、こればっかりはダメだった。今でも思い出せば足取りが軽くなるほどに。

手には、シャンメリーとケーキ。小さな花束。
ホテルまで軽い足取りで進む。

「ねぇ、」

いきなり手首を掴まれた。不快感に眉を寄せ振り向く。が、街灯が多くもない道、顔はよく見えない。

「今暇?お茶しない?」

「暇じゃねぇ。」すぐにそう返し、進もうとしたが手首を掴んだ腕が離れる気配は無い。振りほどこうとするもほどけない、更に強く掴まれた。手首が痛い。

「ちょっとでいいからさ、自慰するから見ててよ。」

身の毛が弥立つ。気持ち悪い。俺が女にでも見えるのか。ゲイだろうがそれなりの場所は有るだろうが。

「放せ。警察呼ぶぞ。」

冷めきった声でピシャリと言い放てば、男は一歩下がりユルユルと俺の手首を解放した。
俺は満足し、男に背を向けまた一歩踏み出した。
ソレが、人生で最大の後悔となる。


「んぅーーーっ!!!!」

昏倒し、ぐらついていた頭が痛みに貫かれる。
これから、レッドとするはずだった行為を、見知らぬ男に感情が伴う筈もなく強制される。
俺への配慮がある訳もなく、馴らすような行為は一切無かった。本来受け入れる側である女性ですらそんな事をされれば激痛が伴う。それなのに本来受け入れるように出来ていない男の俺が痛くない訳がない。
必死に藻掻く。

男は諦めたと思った。そして背を向けた。
それが間違いだった。
背を向けた俺に、男はブロックのような硬いもので殴りつけてきた。思い切り前のめりに転倒し、一瞬事態を認識できなかった。しかし、あんな事を言ってきた男だ。やろうとしている事は大体の予想がすぐについた。
だから、必死に足掻こうとした。が、体が機能しなかった。平衡感覚を失い、視界がうまく機能しない。
脳震盪か。
だが、自身の状態がどうであれ抵抗しないわけにはいかない。茂みに連れ込まれるのも出来る限り暴れて拒否したが、抵抗とは呼べないほどのあまりに虚しいものだった。
寝転がされ、ズボンと下着を降ろされる。身を捩ろうとしたが押さえ付けられてしまった。そのまま片手を背中に拘束され、尻を突き出すような形にさせられる。
口には、ハンカチのような布を詰め込まれた。水分を奪い、口内を擦る布が痛かった。しかし、
これからもっと激しい痛みに襲われるのだろう。

片腕でなんとか体勢を立て直そうとするが、脳震盪に加えて片腕でも拘束された今、どうにもならないのが現実だった。
男の高まった局部が宛がわれる。
凌辱を許す動かない体が憎かった。


男に解放された頃には脳震盪は治まっていた。しかし、男に及ばれた行為の激痛によりすっかり疲弊していた。痛い。瞼も重い。
男は俺の中で二回果てると満足したのか何処かへ消えた。消耗しきった俺は、もはや途中から抵抗も出来なかった。気持ち良い筈がなかった。終始男は気持ち良さげにしていたが、俺はと言えば途中痛みで意識が遠退き、新たな痛みに意識が引き戻されるを延々と繰り返した。
水銀にも沈んでしまいそうな重い体を動かす。時間を確認する。約束の時間は過ぎていた。今から急いでも30分遅れは絶対だろう。

それでもいい、それでもいいや。

レッドに会えるなら、レッドが笑ってくれるならいいや。
重い体を起こし、ふらふらと心許ない足取りで引き摺るように進む。道端に落ちていた買っていたケーキは箱ごとぐしゃりと潰れ、シャンメリーも瓶が割れていた。


「グリーンが遅刻とか、珍しいね。」

結局着いたのは待ち合わせから40分遅れた時間で、だけどレッドは待ち合わせ場所にいてくれた。

「わりっ、ジムが長引いちまった。」

笑顔で迎えてくれたレッドに笑顔で返す。
体が、プライドが、存在がどれほど蹂躙されようと、レッドが笑ってくれるなら、
俺は忘れて笑える。

ふと、レッドが不思議そうな顔をし腕を伸ばしてきた。
ねぇ、君
男の声が蘇る。

「グリーン泥ついてるよ」

「ッ、…え、あ、おう、サンキュ」

レッドの手は、ジャケットについた泥を払って遠退いた。
反射でびくついた俺をどうしたのかと見ていたレッドも、なんでもないと言うように反応すれば言及してこなかった。

行こうぜ、と促せばそうだねと返してくれてチェックインを済ませレストランへ先に向かおうという話になった。
レストランでの食事は「美味しい」と言いながら食べ、実際に美味しかった筈なのだが味はもう思い出せなかった。なんだか頭が重い。

「グリーン、」

ベッドに二人して腰を置き、一息吐いた時だった。
レッドが吐息のような声で俺の名を呼んだ。レッドの手が俺のジャケットにかけられる。俺は、態度をもって応えた。
身を寄せ、レッドの顔に自身の顔を近付けた。レッドが俺の首もとに顔をうずめた。
その時だった。

「グリーン、変なニオイする。」

不意にレッドが体を離し、そう言い放った。
脳が固まる。呼吸もちゃんと自分がしているのか認識出来ない。

「周りの人、タバコ吸う人いないよね?なんかヤニ臭いよ。」
「あとなんか…生臭い。」

レッドの言葉が脳内にリフレインする。
俺の匂いではない、他の奴の臭いがつくほど近しい奴が居るのか、レッドはそう言っている。

「他の人とシたの?」

咄嗟に、返せなかった。剣呑な空気が更に張り詰める。
違う、違うんだレッド、したくてした訳じゃないんだ。されたんだ。
そう言えれば良かったのに、言えなかった。
男としてのプライドが突如として顔を出す。解っている。解っているんだ、このプライドをかなぐり捨ててしまえばレッドはきっと事態を理解してくれる。
けれど、それを許せないのが自分だった。
言えば、レッドは理解してくれる、きっと怒ってくれる。けれど言えば俺の男としてのプライドは砕け散り、レッドに守られる存在になってしまう。そんなの、耐えられない。一方的に守られるなんて嫌だ。
なんと返せば言いか、解らない。レッドの鋭い視線が苦しい。

「はぁ…」

レッドが、溜め息を吐いた。
つられて見ると、目は冷めきっていた。
冷めきっていた目で、見られていた。

「誰?俺の知ってる人?」

知らない、俺も知らない。解らない。
しかし、冷めきった瞳に彼が出した答えを見てしまい、体は硬直し動いてはくれなかった。
宣告を待つように。

「まあいいや、グリーンがそんな奴って思わなかった。」
「俺と付き合ってる癖に、隠れて他の人といちゃつくのは楽しかった?なら、ソイツと付き合えよ。俺は、そんなのに付き合えない。」

「違う…」

ほぼ反射的に呟いていた。
楽しくなんか無かった。苦しかった。付き合ってない。否定したいことがまとまらずに違うとしか言えなかった。

「何が違うんだよ。どこ否定してんの?」

「ッ…、」

言葉が出てこない。
何ていえばいい?何て言えばあの出来事を無かったものに出来る?

「……じゃあね。」

答えられない俺に呆れて、レッドは俺に背を向けた。
待ってよ、待ってくれよレッド。
思うのに、溺れたみたいに喉に何か詰まって言葉は出なかった。
レッドが部屋から出て、ドアが閉まる。
レッドが、消える。

バタン、

荒々しくもなく、閉められた音はレッドの心を反映していた。
その音を境に、弾かれたように体は活動を再開させた。

「ぅ、ああぁあぁぁ…っ」

言葉にならない雄叫びをあげる。
なんで、本当のことが言えなかった?
なんで、レッドを引き留めれなかった?
なんで、なんで、

襲われたのは俺じゃないと駄目だった?







足を折りベッドの上で蹲る。
拍子に、渇ききらなかった男の欲が溢れ出た。




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