握った拳が傷んだ。
荒い息が路地裏の静けさを乱す。
心の中は虚無が満たしていた。

オーキド・グリーン、この名前は学校全体に知れていた。頭脳明晰容姿端麗、更には運動神経抜群と来てしまえば非常に目立った。しかし、これらはあくまでポテンシャルの問題で、ならば人格はどうなのか。
世話焼きで周りによく気がつき、家族想いの華の盛り、高校二年生。
「完璧な」少年、それがオーキド・グリーンに貼られたレッテルだ。
一見ここまで人望も厚かろう人間ならさぞ順風満帆な人生を送っているように見えるだろう彼の生活は、それはそれは波乱に満ちていた。

走る

走る

荒れる息も、乱れる髪も気に留めずオーキド・グリーンは走る。
後ろから聞こえる罵声を無視できるわけがない。
電車通学のため、高校付近の土地勘は満足にないためひたすらに走った。
しかし、切り開ける道など無いと言うように、やがて行き止まりに突き当たる。

「観念しろよ、オーキド。」

非常に「らしい」台詞を吐いたのは近隣高校の所謂不良少年。少年と言っても同輩だが、人間に順位をつけるならば明らかに次元から違う存在だ。本来オーキド・グリーンとは一切関わる縁のない輩である。その、不良少年御一行がなぜ、オーキド・グリーンに因縁つけているのか、非常に簡単な答えだった。世話焼きのグリーンが、同学の人間が絡まれているのを助けたためである。助けられた側はいとも簡単にグリーンをエスケープゴートに使い、平穏を取り戻したわけだが、薄情に売られたグリーンは動乱の日々になった。

仕方の無い

仕方の無いことだ。

諦めたグリーンは拳を奮う。
いつもより人数が多い集団に手を抜けば一堪りもないと一番心得ているのはグリーンだった。言葉で最初は終わらせようとしていたのだ。
しかし、結果はこの様である。


振るった拳が痛い。
軋む足が容赦なく悲鳴をあげる。

家まで着いてこられないためにも、いつも完膚無き迄に叩きのめしていた。
いとも容易く恩を仇で返されて以来、友人は作れなくなった。信用が出来なくなった。
生傷が絶えなくなった。話しかけてくる人もいなくなった。

いつになったらこの輪廻から解放されるんだろう。

最早通学バッグに馴染んだ救急キットを取り出す。
自身への処置を施し、伸びている不良達には、消毒液とタオルを置いていった。最近、お小遣いは主にココに使っている。

どうかもう向かってきませんように。

オーキド・グリーンは静かに心の中で祈った。
だが、オーキド・グリーンはこの世に神がいないと言うことも知っていた。



「ただいま、姉ちゃん!」

家に帰り着き、玄関から叫べば姉が居間から顔を出す。しかし、すぐに顔をしかめられた。

「怪我まみれじゃない。」

「階段からおちちまった!」

友達との話に夢中になっててよ、口からはスラスラと妄想が花を咲かせていく。友達など今のグリーンにはいない。周りが見えなくなるような人間でもない。しかし、オーキド・グリーンの紡ぐ物語の主人公は、友達も沢山居て平和な生活を送る賑やかな少年だった。

しかし、問題が起きない訳がないのだ。最早、問題と言う言葉では片付けられる事態に収まる段階などとうに越えていた。

いつものように、撒ききれなかったグリーンは、不良に囲まれることとなる。しかし、いつもと違うのは不良の面々が鈍器、果ては刃物まで所持していることだった。
背中を汗が伝う。





オーキド家に一本の電話が入る。
一家の家事全般を担っているナナミが電話をとった。
相手は警察だった。
なんでも、グリーンが学生数人を病院送りにし、現在警察に保護されているとのことだった。ただならぬ事態にナナミは困惑する。
詳しくは署でと締め括られた為に家事をしていた格好にコートを羽織り急いで家を出た。

警察に赴いて通された先にグリーンはいなかった。ナナミは困惑しながらも巡査の話を伺った。
どうやら、今回は武器を所持した不良に囲まれた弟が、自ら警察に通報して発覚したようだ。
病院送りにされた人数は8名。つまり、8名の武器所持者に囲まれた為、無我夢中になっていたら気づけば血の海になっていたとグリーンは証言したらしい。
今回は、武器は不良が所持していたものと確認もとれ、確認段階ではまだ武器からグリーンの指紋が一切取れていないところから、正当防衛と見なして貰えたようだが、問題は他に有るらしかった。

「弟さんを一度心療に連れていくことをお勧めします。」

そう言って案内された部屋はどうやら普段は取り調べに使われているようだったが、今は弟を保護する部屋とされているらしい。パイプ椅子に座り頭を腕で被っている弟は、女性警官に背中を撫でられていた。横には、グリーンの担任教諭がいた。

「ご家族の方ですか?」

女性警官に確認され答えれば、丁寧に彼女は弟の状態を教えてくれた。

「どうやら、説明はしたのですが人を殺したと思っているみたいです。それと、ご家族の方に泥を塗ってしまったと言われていて、現在錯乱しているようです。」

聞けば、グリーンは度々今回の人物達に絡まれていたようだった。
グリーンの担任が「何故相談してくれなかったのか」と尋ねているが、ナナミには自身の免罪符を手に入れたがっているようにみえ、質問の無意味さに苛立ちを募らせるだけだった。
しかし、一見無意味に思えた質問も無意味ではなかったようだ。

「相談しても、どうにもならないじゃないですか。」

人を助けても仇で返されるし、先生に言えば、アイツ等は俺を追いかけるのやめるんですか、俺を守ってくれるんですか。そんな訳無いでしょう。喧嘩したくないし屈する気もないって言ってるのに囲んでくる人達に、何が出来るんですか。
呪詛のように、今までの鬱憤だろう感情をさらけ出していく。こんな弟を見るのは初めてだった。
弟はいつも笑顔で、学校の事を話してくれていた。なのに、今のグリーンは疲弊しきった人間の一人だ。こんな少年は知らない。

「博士にも、泥塗っちまった。家族に人殺しがいるなんて。」

「グリーン、」

「なあもう死んだ方が良いよな、俺。」

寂しそうに笑うグリーンは、心がここには無かった。会話が上滑りしていく。
摩耗して無くなったのか、会話が妙に成り立たない。

今まで名前を呼べば二人の間では会話として通じていたのに。

「帰りましょう、グリーン。」

弟の手を握り、優しく誘うように言えば、それでも弟は立ち上がってくれた。
今は、弟も私も、きっと混乱しているだけなんだ。きっとそうよ。
だから、きっとお家に帰って休めば2人共いつものように戻れるから。

帰りましょう、我が家へ。



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