失う




じいさんもレッドも、ポケモンが大好きだ。姉ちゃんもポケモンは大好きだ。
俺自身、ポケモンは好きだけれど、
俺は俺が嫌いだった。
確かに、俺は人間でポケモンじゃない。人間だってポケモンの一部とは思うけれど、何かが決定的に違った。
そしてじいさんもレッドも、俺には興味がなかった。嫌いならまだ救われたのに、彼等は俺に見向きもしなかった。
姉ちゃんは、俺を見てくれたけど、どうやら俺という人間よりもレッドの方が好きであったようだ。
レッドという存在が眩んでからは、レッドのおばさんは俺を気にかけてくれたけど恐らくレッドの代替品だったんだろう。

俺は、俺を見て欲しかった。
今まで精一杯頑張ってきたつもりだ。愛さなくて良い、ただ見て欲しかった。

ただ、見て欲しかった。
存在することを認めて欲しかった。





ジムリーダーの仕事を始めて二年、流石に馴れるし、手を抜いて良いところも解っている。だから、手を抜いて良いところで、俺は研究をしていた。
グループでも何でもない、俺個人の研究。たまにじいさんの文献も読んでいた事もあってもともと知識は有った。。資金は旅の間で得た余り、チャンピオンとしての賞金、ジムリーダーになってからの月謝、協会からの給料。沢山、あった。
森の奥に小屋を建てた。
マサキのところの転送マシンの資料を見せて貰った。
そこで研究を始めた。
モルモットはポケモンを使うとじいさんもレッドも嫌がる。しかし、ポケモンが居なければ成立しない。だから最低限に収めねば。

前例があるお陰でだいぶ進むのは早かった。もう本格的な検証も出来る。ただ、研究者として俺はあまり実績がない。じいさんの所属する研究グループを手伝った位だ。
だから、慎重に莫大な時間をかけて短期間の間に理論を構築して、機械の設定を調整した。

機械を作動させ、片方のカプセルの中に入る。
もう片方のカプセルではコラッタが外に出たいと壁を引っ掻く音が聞こえた。














何がいけなかったんだろう。身体中がギスギスと音を立て軋む。
思わず気絶してしまい、目が覚めた時には戻らないといけない時間だった。動くのを拒否する身体を無理に動かし森を抜ける。木を頼りに足を引き摺りながらむかえば、向かいの草むらがガサガサと音を立て出す。まだ遠いようだが近付いてきているのが解る。野生だろうか。しかし、この周辺のレベルの低さからして野生が飛び出してきても切り返せる自信はあった。
だが、次第に近づく音の正体は野生でなければポケモンでもなかった。

「リーダー!?」

俺の姿を目にしたヤスタカが目を見開く。

「どうされたんです!」

慌てて駆け寄って来た男の腕をはね除ける。悟られてはいけない。きっと、俺が何をしていたか知れば彼は軽蔑するだろう。
手を振り払えば、彼の俺を掴んだ手はべっとりと赤くなっていた。おや、コレは思いの外出血量が多い。

「なんでも、ねぇ。」

悟られてやめさせられる訳にはいかなかった。
今やめてしまえば、無惨に死んでいったアイツラが報われない。
だからやめられない。
アイツラの死が幸福となるように、俺の実験が報われるように。
しかし、どうしてかヤスタカの瞳を見ることは出来なくて、俺はまるで逃げるようにヤスタカの横を抜けた。





最近、ジムトレーナー達の視線が煩わしい。
俺が物を落としたりする度に過剰に反応するし、ぼうっとしてる時も眉尻を下げて何か物言いたそうな瞳をしている。
しかし、俺が睨もうと視線を向けるときには既に顔を逸らしている。要するに、コミュニケーションをとるのを避けられているのだ。
ジムトレーナー達との間に出来た溝も嫌で、俺は実験に没頭するようになった。大体ジムバッジが7つはなければ一人にも勝てないようなジム。人なんて来ない。

前回は、恐らく個体が小さく虚弱だったため死亡したと思われる。やはり、リスクは高い。ならば、耐えうる個体は何か。やはり、通信進化をする個体か。
そうなると入手が困難になる上、なついてない状態だと装置を破壊されかねないが、試してみる価値はあった。
起動のスイッチを押し、装置に入る。

今度こそ、

お願いだから、

















目を覚ますと、白い壁が目に入った。
布団だ、自分は寝ているようだ。なんとも言えない違和感が残る。

頭がぼうっとする。

ふと、人の気配を感じて横を見た。
固まった。

レッドだ。レッドが窓の向こうにいる。なんでだ。
よほど頑丈なのか、厚いのかレッドが叫んでいる声が聞こえない。とりあえず、体を起こそうとして気づいた。
下がどこか、解らない。
平衡感覚がないのだ。
レッドが窓を叩く。叩いた振動は確かにこちらへ届いている筈なのに聞こえない。
音が、無かった。
何も聞こえなかった。

鼓膜が破れたのか、なんで自身はそれほどの事態で命を落としてないのかわからなかったが、とにかく聴力を落としてしまったことは理解できた。
五感の1つが喪われるとこうも感覚は鈍るのか。やはり、刺激を受けとる割合が視界に比べて少ないものの喪失は思考にとってなかなかの痛手のようだ。

俺の憧れであり嫉妬の的である人間の言動を自然と受け取ろうと顔が動いていた。レッドをみやる。
そして後悔した。
彼の挙動が、雰囲気が耳が聴こえない分伝わってくる。情報量は変わらない、だが割合は変わった。
透明の壁を叩くレッド。
彼の眉間には皺がよっている。
叫ぶように、放たれている言葉は恐らく俺の名だ。
何故だと問いたいのだろう。どうしてこんなことをしたのか、聞きたいのだろう。俺も自分がどうしたいのか既に解らなかった。変な話だ。こちらを見て欲しいと、彼らの興味の対象に自分が成れば良いのだと、そこまでは良いのだ。その為にいくつの命を犠牲にした?
今まで目を逸らしていた現実が突如目の前で本質を顕す。
実験と言う名目で殺してきたポケモン達の断末魔が俺を断罪する。
レッドは、怒っていた。あれは恐らく怒りだ。俺を責めている。当然だ。

当然の報いを俺は受けれない。

当然だと解っていても、心がレッドの怒りを拒む。見たくない。レッドに拒まれたくない。
嫌だ、そんな目で俺を見ないでくれ。
腕が自然と拒絶の策をとった。

ああ、せめて最後に見るレッドは笑顔が良かったなぁ。





「グリーン、グリーンッ!」

必死に叫ぶ。しかし、グリーンは聞こえていないようだった。俺の声など無視してゆっくりと動いたかと思うと彼は、俺を見た後悲しそうな顔をした。
森の奥地で発見されたグリーンは血塗れの状態で搬送されたようだ。詳しいことは聞いていない。

ただ、グリーンの安否が心配で付きっきりだったのだ。ジムトレーナー達はぶっ通しで全員が病院に駆け付けていたものだから流石にジムもあるし、休養もとらせようと無理に返した。
トレーナーがグリーンを見つけてくれたようだったが、やましいことでもあるのか何故か口を割りたがらなかったので言及はしなかったが、グリーンの反応が普通ではない。
昔から、グリーンは気を揉むたちだった。彼は俺には理解しがたいことで悩んで、独り溜め込んでいた。いつしか、彼は俺を過剰に気にしている事に気がついて、ちかしい者に告げればグリーンにも伝わると思い黙って姿を消してみた。彼が気にしなくても良いように。
だがこの結果はなんだ。
俺の知らぬ内に彼は取り返しのつかないことになった。こうなるならば、見張っておけば良かった。
彼の名前を呼び続ける。
しかし、更に悲愴な表情を見せた後グリーンの腕が伸びた先は。

「!?、やめろっグリーン!…グリーン!!」

彼の体が痛いのだろう、小さくなる。
グリーンの体は集中治療室の隔離部屋で、室外の俺は何も出来ない。見えてるのに彼の腕を掴んで止めることが出来ない。

グリーンは、自身の目蓋と眼球の間に指を捩じ込んだ。

どうにも出来ない俺は急いで先生を呼びにいった。

だが、結果は俺が先生を呼びに行ってる間にグリーンは、両の目を抉り出し視神経を千切ってしまった。
戻ってきたときは、目を孔にしてうっそりと笑っているグリーンがいた。痛いのだろう、涙腺も正常なようで白いシーツは赤を滲ませていた。
そのあと直ぐ様治療が行われたが助かるはずもなく、グリーンは、両目を失った。
治療時に発覚したが、グリーンは、先に聴覚も喪っていたらしい。
一気に主要の感覚器官をグリーンは喪ったことになる。
もう、訳が解らなかった。グリーンがグリーンに思えない。感覚を喪うと共に、表情までも喪ったグリーンは、ただうっそりと笑うだけだった。そんな表情は今まで見たこともなくて、出来れば見たくはなくて。
正直見舞いに行くのも億劫だった。

ただ、彼のポケモンを出してやると、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうにした。
俺や、博士、ナナミ姉ちゃんが触っても拒絶して叫び声をあげるけれど、ポケモンだけには、嬉しそうにした。

それが、ただひとつの救いだった。





俺はその顔が見たくて、今日も彼のもとへ赴く。














変身願望(アニマ)



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