道具
繁華街の陰にひっそりとある食堂兼居酒屋、そこが俺のバイト先だった。さびれた空間ではあるが、客が空間を作るようで地元の人が来ては話し合いをしたり、宴会をしたり、とにかく経営は安定している。おかげで給料は並々だが新しいバイト先を探す手間がなければここは、忙しくもない。
俺のような学生には有り難かった。
木枯らし吹く11月。外にずっといるのもツラくなって来る季節。閉店の時刻となり廃棄の食材を裏へ捨てに行ったときだ。
寒いから早く戻ろうとさっさと廃棄し顔をあげたときに気づく。
室外機の前に、白い布の被さったでかいゴミが落ちていた。
マナーの悪い奴がいるのは世の中仕方のないことだが、こんな場所も選ばずに不法投棄とは図太い野郎だ。
人形のようだが、マネキンかそれとも一人でコトに及ぶときのお相手か、下世話だがここに捨てたのが悪い。折角だから見てやろう。
皿を室外機の上に置き、頭部だろう部分の白い布をはいだ。
暫く呼吸を忘れた。
白い布の下からかなり精緻な顔が現れる。透明なのかと疑いたくなるような肌に透き通るような橙の髪の毛、唇も乾燥しているような仕上げになっている。
骨格から同性と判断するのは容易かった。しかし、勿体ないと同性の俺ですら思うようなクオリティにこの美しさ。なぜこんなに薄汚れる羽目になったのか。
柔らかい橙の瞳を眺めながら思う。
ん?なんで瞳が見えている。
人形が、ゆっくり瞬きをした。
思わず尻餅をついた。
生きていた。コレは人形ではなかった。ゆっくりと上体をあげた人形もとい人間の肩から白い布がずり落ちた。
そして彼が衣服らしい衣服を身に付けていないことを知る。筋肉もあまりついておらず、無駄な肉もついていない体はやはりマネキンのようだった。
とにかく、彼が「異様」だと言うことは理解できた。異質なものには関わるべきではない。変なことには巻き込まれたくないし、巻き込まれた時に手助けをしてくれるポケモンもいない。
「ここに居座られたら困るんだけど。」
なんとか、美しすぎる異物にそう吐くと暫く異物は眠そうに瞬きをしたあと、フラリと立ち上がりどこかへ覚束ない足取りで消えていった。
連日のバイトもいやになる。しかし、従業員は店長と奥さん、そして俺だけだからそんなことは言ってられない、学業に精を出したいだろうからとレポートなどの課題も人がいないときはさせてくれるからかなり待遇はいいのだ。
冷える手に自身の生温い息を吐き店へ向かう。
さっさとエプロンを着用し溜まっていたゴミを出しに裏口を開けた。
いた。
昨日の夜追っ払った筈だが、白い布にくるまった少年が室外機の前でねこけている。
さっさと起こして追い払おうと手を伸ばして、躊躇った。唇が、青い。肩も小刻みに震え、眉間には僅かにシワが寄っていた。
どうやら、寒いらしい。
しかし、あと1時間とちょっとで開店。その時にお客に見られでもしたら印象は良くないだろう。
仕方なく、肩を揺する。
「今から開店だから、どっか行ってくんない?」
うっすらとあげた瞼を昨日と同じように動かすと少年はまたも同じように消えていった。
少し、彼の事が気掛かりではあったが今から仕事のために無理やり頭を切り替える。
今日の仕事もいつも通り閑古鳥が鳴くわけでも繁盛と言えるわけでもなく、安定した忙しさだった。
顔馴染みの客が来て、ゆるゆると対応して見送る。
そうして終え、廃棄を路地裏に持っていった。そういや、あの少年はどうなったのか。室外機の方へ目を遣ったところでいない。追い払ったのは俺だからまあ当然と言えば当然だ。廃棄入れからカタンとおとがした。猫か。散らかされるのは面倒極まりない。引っ掻かれたくないが、追い返さなくてはと気を引き締めた。
少年だった。例の少年だ。
漫然とした手つきで廃棄に手を伸ばしては、口に運んでいた。廃棄は確か収集が来たのは三日前の朝だから三日前の食べ物も入ってる訳で、かなり衛生状態はよろしくない。なのに食べようとすると言うことはホームレスか。いや、ホームレスでもさすがに服は持ってる筈だ。
「君、家は?」
ゆっくりと俺を見た少年は口の先が切れ、少し頬が赤く腫れていた。
「ぁ、う……?」
「は?」
絞り出したような声からは全く意図が把握できない。理解出来ないという表情をそのまま作ると、少年は困ったような表情をしたあと、とにかくへらりと笑った。
口がもしかしたらきけない?いやでもそんなこと有るのか?精神異常なのか?なら説明はつくけど、保護者いようといまいと施設入ってようと服は着てる筈だろ、ホームレスにでも剥がれたか?それこそどこの羅生門だよ。
困ったな、警察に連れてくか?
いやでも服着てないし捕まるよな、口も利けないなら身元確認できないし、出来るものも真っ裸だから持ってるわけない。店長に言うか?いや、それこそ警察行きだろ。
一人悩んでいると、きゅうぅぅと腹の虫がないた。俺のではない。そしたら、残されてるのはただ一人、目の前で必死に笑顔を作ってる少年だった。
俺の片手には、残飯。
「食う、か?」
残飯の中でもマシなのを突き出すと、少しキョトンとしたあとまたヘラリと笑って少年はゆっくりと手を伸ばした。
手首には一部瘡蓋となった赤いアザが一筋あった。
しばらく、この関係は続いていた。少年は漠然とだったら言葉が理解できるらしく、店が開いてる間、その前後は困るといえば理解したようで、室外機で寝る間暖を取りにやってきているようだった。そして、少年が寝入る前に遭遇したら今日の廃棄をあげる。
服ももう着なくなったのを渡せば、次に見たときは着ていた。
警察には、事情を聞かれるのが面倒で、なんとなく行かなかった。
それに、妙に彼が可愛く思え、世話をしたいと思っていたのも事実だ。
そろそろ冬将軍が猛威を振るうだろう時期、変化が訪れた。
もうタイミングもなんとなくあいだした頃で、残飯食わせにある程度分別しながら行くと赤い少年がたっていた。血まみれとかそんな物騒なことではなく、赤いキャップに赤いジャケット、身長も平均的で顔も取り立てて目立ったパーツもないためより赤の印象が強まった。赤い少年が、あの子供の前に立って何か話している。
何だと外には出ずに様子を見守っていたが、やがて苛立ち始めたらしい赤い少年は声をあらげだした。
しかし、少年は笑う以外意思伝達の術を持っていない。こちらの意思は伝わるから然程困った事はないが、恐らく赤い少年は気付いてない。
「だからっ、自分の状況解ってんのか!?」
赤い少年が叫んだ。あの子の表情に困惑した感情が滲む。
「彼、口が利けないよ。」
助け船という訳でもなかったが、無闇に怒鳴らせても互いに精神を病ませるだけだと声を掛けた。
すると赤い少年は鬼の様な形相でこちらに振り向く。
「誰だお前。」
低い、射殺さんとするばかりの声。こんな子供がおぞましい威圧感を放つとは思っていなかったが、後ずさるのはなけなしのプライドが許さなかった。
「君こそ。彼の知り合い?」
睨まれる。冷えきった瞳で見返す。
「グリーンを、こんな風にしたのはお前か……?」
「答えになってないな、彼はグリーンと言うのか?」
低く、探るような声音に平静を装って返す。恐怖も感じているが、年上に対する態度への憤り、彼が救われるかもしれない可能性が俺を小さな鬼から逃がさなかった。
「僕は、コイツの幼なじみだ。」
「そうか、なら良かった。僕は倒れてた彼に服とご飯を秘密裏に提供してた者です。」
彼が折れた事でこちらも折れる。本当は、こんなに頑固になる必要もなかったが得体の知れない輩に口の利けない彼を投げ出すことにはならなかった、なんて誤魔化しながら会話を進める。
「この前、布一枚の状態で倒れてたんだ。警察に突き出すにも僕も怪しまれそうだったし身元も確認できなかったからね。行く宛も無さそうだったから店長に隠れて残飯をあげてたんだよ。だから、僕はグリーン君?には危害らしいものは加えていない。」
「アナタは、グリーンを、こんなにした訳じゃないんだな?」
少し、丁寧になった口調で再度聞き返される。それに是と返した。
「…失礼しました。」
おや、まともな口が利けるのか。こちらもさっきまでの刺はしまい、普通な対応にする。
「彼、もとからこうなの?」
気になっていた事を問いかけると、赤い少年は至極悲しそうに首を横にふる。
「ポケモン研究者のオーキド博士は知ってますか。」
唐突な話題に困りながらも肯定する。オーキド博士と言えばポケモンに詳しくない俺ですら知っている人物。知らない人の方が多いだろう。
しかし、なぜ、
「コイツは、彼の孫。オーキド・グリーンです。」
思考が、止まった。
オーキド・グリーンといえば自身もセキエイ地区最強ジムリーダーとして知れているじゃないか。俺はポケモンとは縁遠いがまさか、彼が。しかし、もっと派手な明るさの髪でもっと健康的な肌色だった筈だ。こんな、生気のしない見た目では、
「グリーンは、博士に献身的すぎたんだ。だから、」
はぐれ研究員に利用された。
俺が言葉を失っていると一ヶ月前、グリーンと連絡が取れないことが判明したようだ。そして、博士の研究所の一人が博士の研究と騙り、人体実験のモルモットとされた。
人体実験は失敗。彼はこの辺りに捨てたと捕まった研究員が吐いたと。
赤い少年は語った。そしてグリーンに寄り添うように手を添え立たせた。
「グリーンを、助けてくれてありがとうございました。」
静かにお辞儀をすると赤い少年はそっぽを向いた。
後日、グリーン君が保護されたというニュースがテレビでは四六時中流れていた。彼の凄惨な事件は世間からすれば良い食い物らしい。俺はただソレを無感動に眺めていた。
ニュースでも彼の現状は報道され、発見したとなってる赤い少年はマスコミに追い掛けられ怒りを露にしていた。俺が発見者でないのは恐らく、赤い少年の配慮だ。
どうやらグリーンは、内臓に酷く損傷をおい、至る箇所で出血が見られ、一部摘出することになった部位もあるようだ。そして言語に障害をきたしている。
「そろそろ店閉めるぞ。」
「はい、」
店長に声をかけられ、ぼんやりと眺めていたテレビから目を離す。
廃棄の食品を集め裏へ捨てに行く。ここにグリーン君はもういなくて、テレビの向こうに消えた。
何気無しに、彼がいた室外機の方を見やる。
「あ。」
テレビの向こうに同じくして消えた赤い少年が、いた。
「レッド君。」
「こんばんは。」
テレビを通して彼の名前は知った。
レッド君が小さくお辞儀をする。
「テレビで見たよ、グリーン君はどう?」
「それを、伝えに来ました。」
驚いた。彼は少しの間路地裏でグリーンの食事を確保しただけでそうも義理深く思っていたのか。
聞けば、彼は単刀直入に伝えてきた。状態は良くないと。テレビではある程度放送を制限していると。
「痛覚を脳が遮断したみたいで、怪我に対して鈍感になってるんです。吐血しても自分じゃ気づかない。」
しかも笑って元気だ大丈夫だって言おうとしてるのが見てられない。
そういう彼はかなり苦しそうな表情で、ただ未だにテレビの向こうと区別がつけられていないらしい、冷静な部分がなぜソレを俺に?と問うて口を出た。
「彼の見舞いに行って欲しい。」
今の彼は俺を理解してくれてるかも解らないんだ。なら、ああなってから優しかったアナタが見舞いにいった方がきっと喜んでくれる。
「お仕事お疲れ様です。」と言って逃げるようにレッド君は帰っていった。
彼の言葉を蔑ろにする気にはなれなくて、後日俺は言われた病院へ赴いた。
白い空間の幻のように居座る彼。
やはり、気の抜けた笑顔を向けてきた。俺からすればその笑顔が彼のすべてだったのだが、この笑顔は苦しみを隠そうとしていると考えるとこちらも笑顔と言うわけには行かなかった。
きっと彼はこの笑顔以外表情がないのだから。
- 13 -
[*前] | [次#]