騙す
「いやぁー、まさかイッシュの坊主に優勝やっちまうとはなー、」
チャンピオン控え室に戻りながら話しかける。シロナとアデクはポケモンや歴史に話を膨らませ、ミクリはダイゴにバカみたいに石の話を聞かされている。ワタルはどちらの会話にも程々といった感じで相槌を打っている。恐らく、どこの会話も熱が入っているため腰を据えてしまっては解放されないと踏んでのことだろう。
そして、オレもイッシュの観光地に話を膨らませていた。
もともと、その新名所のひとつにお呼ばれしてきたのだから、一ヶ所は行き終えたようなものだが、オレが気になっているのは近場のポケウッドという映画のメッカ。気にならない訳がない。
どうせなら恋人と、思い必死にレッドに良さを言い聞かせていたのだが、レッドはあまり興味がないようだった。
「んー、お前あんま行きたい感じじゃねぇな。しゃーねぇオレ一人で行くか。」
「いや、オレも行くよ。」
諦めて一人で行こうといったときに彼から同行するとの声。
だが、乗り気じゃない奴を無理に同行させたい訳ではない。気持ちをそのまま告げれば、じっとガン見される。
「グリーンが喜ぶなら、行く。」
その言葉に俺は一瞬で顔を紅潮させて後ろにいた大人共に笑われた。
「うおーっ、すげぇ、オイあれハチクマンに出てた俳優じゃね!?」
ポケウッドに到着すると案の定興奮を隠せないまま一人騒ぐ俺にレッドは笑顔でついてくる。
俺も俺で自分でもテンションがかなり高いのは解っている。。しかし、抑えられないのだから仕方がない。
そして静かなレッドを置いてきぼりで騒ぐ俺はカメラを持ってないだけでもマシだが、悪い意味でも良い意味でも目立っていたようだ。
「あれ、君グリーン君じゃない?あー、やっぱりそうだよね!」
「え、あんた誰?」
俳優、では無いようだ。知り合いにはこんな色黒いた記憶がない。つまり、見知らぬ人。
確かに海外にまで「オーキド博士」の名は知れ渡っており学界の人間なら俺を見たことがある。それに、俺自身「カントー最強」のジムリーダーのためある程度顔が割れている。
「トーナメント見たよ〜、いやすっごい活躍だったじゃない。」
それを言ったら俺の横でお前を睨んでるレッドさんもそうなのだが、とは言わない。レッドは割と日本男児の平均的な顔つきであるため、整ってはいても印象には残らないし第一、すぐにキャップで顔を隠す。
「にしてもやっぱりイケメンだねぇー、」
素性の解らない人間に観察され、誉められたところで嫌悪感しか抱かない。
「いや、だから誰っ…」
「あ、申し遅れました。私ここでスカウトの仕事してるんですけど、どう、グリーン君映画取ってみない?」
「は?」
コレには俺もレッドも目を剥いた。
えっ、軽くね?本当に勧誘かよ。思わず疑ってしまう軽さに瞠目しつつも、まあ見てから決めていいよといわれついていった先は撮影現場だった。
そう言えばナツメも勧誘されデビューしたようだった。ナツメ専用の控え室に追っかけがたむろしている。
確かに、凄い。簡単に撮影が開始できるシステムも凄いが、そのシステムを可能にしているスタッフや施設も凄かった。
「んー、どうするよ。レッド。」
流石にコレには俺も悩む。確かに、受けてみたいという気持ちが無いわけではないが、受けてしまえばレッドと一緒にいられる時間が減る。普段俺はジムリーダーでレッドは山籠りをしているため、あまり一緒にいないのだ。なのに、そんなことで一緒にいる時間を奪ってもいいのか。
悩んでいると、しばらく思案顔だったレッドが「俺は、」と呟いた。
「グリーンがやりたいのならやった方が良いと思う。」
「えっでも」
「それでさ、撮った映画一緒に見ようよ。」
レッドが柔らかく笑んだ。
その笑顔で俺は決意する。
結果なんて解りきっていた。グリーンはかなりがつくイケメンなのだ。加えて、もともと教科書などを覚えるのも得意だったのもあって役をしっかりこなしていた。
演技が上手いのは隠れた才能だったようだ。
女王役であるナツメの知り合いというのもあって、でかめの企画である高慢な態度の王子を始めから当ててもらいあまりのはまり役にいきなりのヒット。うなぎ登りな売上げに流石のグリーンも怯んでいた。
だが、グリーン自身予想はしていたが、予想以上にレッドといられる時間は減った。立て続けに来るインタビューや撮影、テレビのオファーが原因だ。
それが悔しくて、レッドと一緒に居られないなら俳優業などやめてしまおうと思った。レッドと久々に一緒にいれて解ったのだ。やはり、俺はみんなにちやほやされるのとレッドに喜んでもらるのでは格段に価値が違うと。
そんなおり、俺を迎えに来たマネージャーに問われた。
二人は付き合っているのですかと、
コレはいい機会だ。レッドが好きだから、一緒にいたいから、やめる。そう言おう。
言おうと口を開いた時、レッドが俺を制した。
「違いますよ。」
は?
なんで?
笑顔で応えたレッドの返答に、俺は言葉を失ってしまう。思考が止まる。マネージャーは嬉しそうに良かったと言って外で待ってると部屋を出ていった。
「……レッド」
「グリーン、」
別れよう。
俺、は、こいつの言いたいことが、意味が、理解できなかった。俺の思考は止まったままだ。
「なんで、だよ。」
「考えてもみなよ、ただでさえ、カップルなんて騒がれるのに、ホモなんて、人気に響くよ。」
だから、だからなんだよ、
俺は、そんなのどうだっていいのに、
「だから、別れよう。」
「レッド、俺は、」
「グリーン!」
必死に言葉を紡ごうとしてもうまく出てこない。挙げ句、レッドに遮られてしまう。
「俺は、君の成功を邪魔したくない。」
そう言うと言葉を失った俺をおいてレッドは俺の部屋から先に出ていった。
なんでだよ、俺は、俺はレッドに喜んで欲しくてやってたのに、成功がなんだよ、こんなポケモンバトルでもないのに、こんなんので成功したって何にもならないだろ。
レッドが隣にいないんじゃ、意味がない。
ソレから俺は、暫く仕事を休んだ。最初は別れる前に戻っただけで何も他は変わらないのだ、ならば、少しすれば落ち着く筈だ。そう思っていたのに全く心が落ち着くことはなかった。
好きなままなのに、レッドとはあれ以降会えていない、向こうが気を遣っているのもあるし、俺の体調が原因でもあった。
寝れないのだ。寝れないし、食欲がない。無理に食べようものなら吐く。バカらしかった。
向こうは俺に会えずとも平然とし、別れまで告げる程度だったのに、俺は、恋人という関係が無くなっただけでこんなに体調を崩してレッドに依存している。
バカらしかった。
レッドと俺の認識の差はこんなにも有ったのに、何を一人で。
そんな中、PWTからまた出場依頼が来た。暫く無かったからそう言えば休暇願いを出していなかった。今さらキャンセルするわけにもいかないだろう。
仕方無しにホテルを出る。会場には、レッドがいる。けれど、出なくては。
運悪く、初戦から相手はレッドだった。
俺を認めた途端、レッドの表情に皺が寄る。
レッドの表情に、泣きたくなる。
「グリーン」
レッドの呟いた声が実況のアナウンスに掻き消された。咄嗟に俺は演技をした。いつもの俺の高圧的な笑顔。
「ここで会ったが百年目…行くぜ、レッド!!」
試合のゴングが鳴り響く。
結果は、俺の勝ちだった。そもそもレッドはレベルがかなり高い手持ちで来るような奴だから制限を掛けられてしまえば特許を奪われたようなものだ。
退場したあと、向かいからレッドが歩いてきた。こちらを見て迷わずに向かってくる。
あ、ヤバい。吐き気。
目の前にきたレッドはそんな俺の体調なんて知るわけもなく、無遠慮に腕を掴んできた。
「……かなり痩せたね。」
レッドが、怒ってる。
それは解ったが、どうしようもなかった。食べ物を体が消化しようとしないんだからしょうがないだろう。
だが、今ので解ったことがある。吐き気なんて吐くものが無いと抑えるのは容易いようだ。
俺はまた、演技をした。
「そーゆうお前も少し痩せたんじゃねーの?ま、お前の場合シロガネ山でついた贅肉が減って良かったかもな!」
そう、俺は演技が本当に得意のようだ。
だから、込み上げる吐き気も全て抑え込み、平然と対応している。出来ている。
「じゃ、俺またすぐ試合だから。」
言って、返事も聞かずにレッドの手を払い除けた。
ああ、こんな簡単な事だったのか。自分を演じてしまえば良かったのだ。「グリーン」というオーキド博士の孫であり、自身はカントー最強のジムリーダー、そんな奴の演技をしてしまえば良かったんだ。
こんな吐き気も何もかも全て呑み込んで、
次の試合で俺はワタルに負けたが心は晴れやかだった。
俺はどんどんシナリオを構成していく。
「グリーン」は、幼馴染みと永遠にライバルで居続け、死ぬまでは俳優兼ジムリーダーとして仕事をこなしていくのだ。オーキド博士の孫でもあり育ちもなかなかにいいから生活も規則正しい健康児で、そうとなれば不眠症になっては困る。医者へ睡眠薬を貰いに行こう。あと、ボロが出ては困る。暫くマサラへは帰らないでおこう。しかし、手紙は出さなくては、心配させるような子供であってはいけない。あと、起きている間にボロが出るなんてご法度だ。仕事をマネージャーに詰めさせよう。ボロの出る可能性が高いプライベートを無くさなければ。
仕事を復帰させるから予定を詰めれるだけ詰めてくれと連絡すればマネージャーは早かった。
予定表を提示される。しかし、あまりに少ない。
「え、しかし、それでは休む時間が、」
「移動中に寝ればいいだろ。」
なかば強引に仕事をつけさせた。恐らく、マネージャー一人では体力が持たない。お付きは暫くしたら増えるんだろう。それでいい、交代しながらの方が悟られない。
仕事を詰めてしまえば楽だった。没頭できる。
そして食欲がなくても、吐き気が込み上げてきても全て抑え込んで笑顔を振り撒けば誰も気づかない。味なんてしないのに旨いと嘯けばみんなそれで満足なのだ。
ジムもより完璧なリーダーらしく、殆どを勝ち、たまに負けるようにした。ヤスタカは不思議な顔をして首をかしげていたが次第にしなくなっていった。
挑戦者をどんどん裁いていく。
いつか来たヒビキが呟いた。
「要領凄いいいですねぇ」
最強のジムリーダーというのは骨が折れる。かなりの集中をしているのだし、勝っていった後輩に言わせることができれば及第点だろう。
「なんか変だ。」
感心している後輩の横で幼馴染みが呟いた。
レッド。
こいつの存在は未だに俺の心を掻き乱す。しかし、今は演じている最中だからそんな感情をおくびに出している場合でない。
「要領の良さに嫉妬かよ、レッド君?」
「違う、なんかおかしい。」
「じゃ、何が変だってんだよ、」
問えばレッドは黙った。難しい顔をしていいあぐねているようだ。表現出来ないのだ。幼馴染みですらこの違和の正体を。
先日久々にマサラに帰ったときは姉に映画を見ているようで大変不快だと怒られてしまったが、他の誰にも悟られてはいないのだ。
きっとこれ以上、上がりようがないと言うほど人気はあがった。今がトレンドの俳優として更に仕事が舞い込むことだろう。しかも、仕事を選ばないし愛想も良い。まさしく順調な成功した人生だった。
そろそろか、
そう思った俺は道を歩いているときにバランスよく体のバランスを崩した。
永久の二番手が主人公になんてなりえない。
なれるのは、
バッドエンドの映画だけだろう。
明日の新聞は未来のスター急逝とかかな。いや、不遇の死。とかかも。
宙を舞う血を静かに眺め、思い人を連想する。
コレで
「オーキド・グリーン一代記」はクランク・アップだ。
死ぬその瞬間まで演じきろうと気を引き締め直した。
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