右腕(マフィアパロ)


暗い倉庫の中に衝突する音が響く。
最初は発砲音が行き交っていたが、次第にソレは一方的に、ただ嬲る音だけになっていた。

ボスであるレッドの補佐、つまりは右腕であるグリーンといえども10人相手に銃撃戦はただの無謀でしかなかった。グリーン自身わかって行動していた。
それでも相手に死傷者を半分以上出したグリーンは流石としか言いようがない。

「どういうことだ?お前の所のボスが来ない?」
「何度もそう言ってんじゃねーか。俺はアイツに伝えてねーって」

話を冒頭に戻してんじゃねーよと言ったところでまた殴られる。
弾を三発、加えて腹や頭、腕と今のでちょうど20回直接的な暴力を加えられている。
拷問のつもりか知らないが、俺がこんな低レベルな方法で口を割るとでも思ってんのか。

「何故伝えなかった?右腕としていいのか?」

ああ、だからお前達の縄張りには俺の下の奴を行かせたさ。レッドに人質で挑むなんてとんだ馬鹿な奴等だ。
俺が妨害すると言うのに。

「ああ、俺はアイツの座を狙ってるからな、ココでお前等を壊滅させれば名声あがるだろ?」

冷めた笑みを浮かべたところで21回目が来る。そこからはもう殴打で数えるのはやめてしまった。倍返しにするつもりだったがもうそのタイミングは来ないだろう。
きっと肋骨は何本か逝っているし、右手も折られている。

「がっ、げほっ………!!」

最後、腹に来た衝撃に噎せ返る。
呼吸が、苦しい。
生理的な涙も浮かぶ。

「お前がそう公言しているのは知っている。だが、ファミリーが分裂する訳がないだろう。」

いや、どうかな。実際俺の組織はふたつにぱっくり別れている。
下の奴等はいざ知らず、幹部が真っ二つなのだ。俺の派閥とボスであるレッドの派閥。
ただ、俺の部下はしっかり者で、「俺がボスになるまではアイツがボスだ。」と言ってあるのを忠実に守ってくれている。そして、あいつらの事だ、俺が一生ボスにならないことをどこかで理解しているだろう。

だって、俺はマフィアが嫌いだ。
俺の家族はマフィアの抗争に巻き込まれ、殺された。だから、愛せる筈がないのだ。
殺された事実すら揉み消されて残ったのは俺の首から下がるネックレスだけ。
マフィアのレッドが殺されそうになっていた俺を助けたからといって、俺の顔に両親の血、姉の血がかかった事実も消えてくれない。恨みだって消える筈もない。

だから、俺が愛せる奴は………

「もう一度だけ、チャンスをやる。レッドを呼べ。」

チャンス?ピストル一丁しかない俺一人にここまでされてよく言うぜ。
今度は嘲笑を浮かべて言ってやった。

「こと、わる…し、知って、も俺を助けには…アイツは、来ない。」

残念だったな。
ゆっくり目を閉じる。瞼の裏に映した想い出と言えばレッドとの血生臭い対面で、家族が死んだ瞬間だからいい想い出とは言えないが、まあ最後に思い出す内容としては悪くもねーかな。

「誰かさ、僕の右腕知らない?」

声が聞こえた途端に俺を掴み上げていた奴の姿が消える。
両サイド、ほぼ同時に。
急いで俺の前にいた奴が振り返り様に腕を振り上げる。が、中途半端に挙がりきることはない。

「僕の右腕が軋むんだよね〜『痛い痛い』って言ってるみたいでさ。原因消してあげたいんだけど…」

ボスは君?

ゴッ、骨と銃が小さく音をたてる。
ヤケに近くで聞こえた声。口調が酷く穏やかなのがギャップを生み出す。
一人称が『僕』のレッドは冷静に努めようとしているだけだ。普段は『俺』のクセに言葉だけ飾りやがる。

「いいのか?お前の右腕だろう?」

再び俺に銃口が向けられる。
ソレに対して俺も近くにあったピストルを向ける。
瞠目したのは俺に銃口を向ける奴で、銃口の先のレッドは眉ひとつ動かない。

「グリーン、」
「俺がいつお前の座を狙うのやめるっつったよ?俺がいつ、マフィアを好きなんて言った?」

昔から今まで好きになった試しなんかねー。
枷になるくらいなら俺は俺すらも殺してやる。
だから、小マフィアさんよ、さっさと引き金を引いてくれ。レッドでもいい、

「そうだね、でもこうして俺の座を狙ってくれる奴がいないと詰まらないだろ。」

そういって無邪気に見える笑顔を浮かべた後のレッドは速かった。
トリガーをひき弾を正確に撃ち込むその姿は周りを全て圧倒するようで、
たまらなく美しかった。

俺は、マフィアを恨んでいるのに、レッドが…ファミリーの笑顔が、

好きで好きで大好きなんだ。

脳を支配する映像は思考を埋め尽くして俺の緊張の糸をちぎりやがった。
その瞬間に傾く体、意思に関係なく閉じる視界。


痛みに呻く弱小マフィアを一瞥してから口を静かに開く。

「君のところにグリーンの部下が行っていたみたいだけど、俺の部下も送っておいた。今回は命だけは見逃すけど、次はないよ。」

ボロボロになったグリーンを抱えあげる。
硝煙の匂いが立ち込める倉庫をあとにした。

「帰ろう、グリーン。」








俺は愛しい彼の瞼にそっと口をつける。





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