アキエのトリックオアトリートの韻を踏め
これは、おかしい。明らかにおかしい。
いくら俺様だからといってこなせないものなんて沢山ある。今回なんていい例だ。
アキエのトリックオアトリートの韻を踏め
グリーンさんが高熱を出したのは昨日の夕方ごろ。私が今日のために買出しをして帰って来たときに発覚したの。
秋色に染まる夕焼けは妖しい位に赤くって真っ黒な影で描かれる木々に心をざわつかせつつ高揚感に甘くよったまま、私は両手に沢山の買い物袋を抱えて執務室の扉を開いた。
「グリーンさん、ただいま帰ってきましたー。」
すると、おかしい。リーダーは執務室のどこにもいない。今日は毎週訪れる失踪日でもなければ、明日提出期限の書類もあってリーダーはひいひい言いながら机に向かっていたはずだ。だから机に向かっているグリーンさんを想像していた。
明日のためにも今日はジムは早くにあがってトレーナーたちも帰らせていたが私がまだ買出しであがってなかったから、グリーンさんはいるはずなのだ。なのに、いない。
心のざわつきが大きくなっていく。
独りで考え立ち尽くしているはずなのにふと荒い息遣いに気づいた。
聞こえるのは机あたりで、人の気配はするのに姿が見えない。心のざわつきをそのままに私は荷物を荒々しくそこらへんに置いて死角となっていた箇所を覗き込んだ。
「、リーダー!!」
そうしていすの横で倒れているグリーンさんを発見した。
それが昨日のこと。
なのにリーダーときたら熱は多少下がったとはいえジムを休みにしようとしない。
代理を立てれば良いのにそれもしない。
毎週ジムを抜け出したりしてるのだから一日くらい休んだところで変わりないのに、
「今日だけは休めない。」
の一点張りでしかもほかのジムトレーナーにも体調不良を明かそうともしない。いつもの強気。
ただ、グリーンさんが強がる理由である今日は予想に反せず子供が沢山ジムに押し寄せてきた。
「グリーンさん、トリックオアトリートぉ!」
この言葉を聞いた回数を数えるなんて馬鹿な真似は始めからしなていない。考えを裏切らず今日だけでもう聞き飽きるほど聞いている。
そしてそのたびに元気そうな声を出すリーダーの声ももう聞いてられない。
「大丈夫ですか、リーダー」
「ぉ、う。サンキューなアキエ。ゴホッ…」
子供の相手をしたあとに執務室に引きこもった途端、彼の状態は最悪に戻る。まったく、なんであんなに元気そうに出来るのか。呆れつつレモネードをリーダーの机に差し出す。
レモネードを手に取りほっとしているリーダーをぼんやりと眺める。
協会になめられたくないらしいグリーンさんはサボり魔の癖に書類提出を遅らせたことはない。緊急の書類が忙しいときに来てもこなしてしまっていた。
だから協会の人たちに書類を沢山回されるのに気づかないフリすらしている。
今日は弱りきっているリーダーの様子とは裏腹に、ジムは昨日ヤスタカ君たちが帰る前にしてくれた飾りで陽気に嗤っているようだった。そうして私たちも今日だけは仮装をしている。私は三角帽とマントをつけた魔女の格好で、ヤスタカ君はフランケンシュタインのように頭にネジみたいなのと血のりをべったり、コミカルなんだけれど泣出した子もいた。ヨシノリ君はミイラ男、面倒くさいのかトイレットペーパー1ロール巻いただけじゃないかなんて、ずさんな仮装に誰も突っ込みを入れる勇気は無い。テン達ダブルチームはジキルとハイドをテーマにとりあえずそれっぽい格好をしているらしい。なかなか妖しさも残しつつかっこよくも可愛かった。
われ等がリーダーは、シンプルにバンパイア。典型的なソレはわかりやすく、来るたびに子供を喜ばせていた。喜んだ顔を見るたびに後付の犬歯をのぞかせ嬉しそうにするリーダーはとても高熱で昨日倒れた人間には思えなかった。
子供たちのピークは夕方から日がどっぷり暮れるまでで、暗くなってからは家の電気がつき室内から楽しそうな声が響いた。
グリーンさんの熱もそのころにはだいぶ下がっており、体力は低下しているもバテてるだけで朝ほどひどくは無かった。
書類もなんとか終わったようで、今は一息ついている。
だが、問題はここからだ。
そう、グリーンさんは忘れている。彼はもっとも注意すべき人物がまだ来ていないということを。
彼が、そう、かの幼馴染が本日の日付を忘れていれば問題ないけれど、あいにくイベントごとはしっかりカウントしているらしくて絡み甲斐のあるイベントはあいにく欠かされていない。
レッド君はグリーンさんとそういう関係というのは多分ジムトレでは私しか知らないのだろう。ポケモン馬鹿できたヤスタカ君は好意を抱いているくせに必死すぎるし疎くて気づけないし、ヨシノリ君はあまりそういった関係を気にしないようだけれど、…サヨとテンは二人の世界だ。
とにかく、レッド君がきたら絶対に明日リーダーは体調を崩す。毎回レッド君が夜や夕方に来たりすれば翌日はグリーンさんがだるそうにしている。
つまりは、そういうことなのよ。ええ。
…といってもまあ今日はあと5分なんだけれど。
私はそろそろ帰るべく帰り支度を始めるとグリーンさんが声をかけてきた。
「あれ、アキエかえんのか?」
「ええ、リーダーはどうされますか?」
「俺は来月の予定を確認してーからまだ残ってるぜ。俺が帰るまでならフィールドで自主練してってもいいけど。」
「いえ、今日は結構です。ありがとうございます。」
短い会話をしてから、会釈して事務室を出て行く。そして公用の出入り口の確認をしてからリーダーに報告をして裏口から出た。戸締りはジムトレの中で最後の人が自然とするようになった。最近は私が最後で、少し定着してきている。リーダー大好きなくせにバトルではヤスタカ君に勝てないのが悔しいのだ。だから最近は戦術を考えたりトレーニングで残るようになっている。いつかヤスタカ君を最後にしてやる…いや、そしたらグリーンさんが危ない気がしてくるからやっぱり私が最後でいよう。
ドアから出ると木枯らしが一陣、私を撫でていった。ああ、そういえばハロウィンって寒い季節にあるんだった。
それにしてもリーダーはいつまでいる気なのだろうか。遅くの風にあたってまた体調を崩されるのはたまったものじゃない。
ふと、ジムを振り返る。
「んん…!!?」
前を見直そうと思っていたのに思わず二度見してしまった。
窓のしたで体操座りしていた人を。
凝視していると明かりの見える窓を入っていくその人影…間違いない。レッド君だ。
あわてて時間を確認する。23時59分。ぎりぎりまで粘って会いに行くなんて絶対にろくな事を考えていない。
しかし、この距離で今からあわてて戻っても絶対に、絶対に気まずいタイミングにしか間に合わないのだ。
だから、私に出来ることはひとつ。
「、すみません。リーダー!!明日がんばってください!」
この言葉をいない相手に呟いて走り去ることだけだった。