名前を呼んで。








真っ暗な世界で目を覚ます。

最初にグリーンは疑問に思った。
俺、死んだんじゃないのか…?

そう、俺は死んだはずだ、
もし、生きていたとしてもあんな気持ち悪い感覚、もう味わいたくも無い。また来るかもしれないという恐怖なんてごめんだ。
あ、この真っ暗な何も無い世界があの世って事か。えっ俺こんな何もない世界にい続けなきゃなんねーの?

静かな世界に水滴の落ちる音がする。

感覚はかすかに、した。水面の揺れる感じ。
俺、なんで水溜りに寝そべってんだ!?急いで動こうとすれば壁にあたる。
え、もしかして監禁か…?いや、意識が途切れる前を考えたらありえなくもない。どうしよう、
自分でも解るほどに焦燥感が募っていく、わかってる、冷静になれ。でも、早く出ないと…もうあんなのはいやだ。
まわりの壁をところかまわず押してみる、が狭くあまり力が入らない。音だって鈍くてコンクリートに埋められたんじゃないかと思う。
そうして上を無駄だと思いつつ叩くと、違った。
周りに響いていくような音。つまり、空気までの距離が近い。
思い切り叩くと少しゆれる。

足も使って押し上げると、思いのほか重かったもののあっさりと壁はきしむ音をたてながら開放された。何かがグチャリと落ちる音を立てた。


外は中ほどではなかったが、暗くて、周りを見渡せば
十字、十字、十字、十字――
沢山の十字架が綺麗に等間隔を保って並んでいる。
一瞬で理解に及ぶ。

墓だ。


そうして、自分の視点が地面からあまりにも近すぎるのに違和感を覚え、おそるおそる、下方に視線をやる。

「うっ…ぉおっ…??!?腕……!?!?」

たしかに、俺は棺に入っていたようだが、それよりも驚いたのは、腕が俺の懐に落ちていたことだ。しかも若干腐りだしている。
そうして俺の右腕には二の腕から続きがない。

さっきのグチョリという気色の悪い音の原因をすべて悟った。

あまり、信じたくないがやはり俺は死んでいたらしい。どういうわけか生き返っている。いや、冷たいし、感覚が薄いし、心臓の音も振動も感じないから生き返ったなんていえないんだろう。

意外と、あっけないもんだな。

そう、俺はあまり死んだことにショックを受けていない。
―むしろ、安心している。
俺のふがいなさと恐怖を一緒に煽ってくるような事はきっともうない。


にしても、俺はこれからどうすればいいんだ?
死んで復活して、何がしたい?そう考えたときに出た答えなんてひとつだ。わかりきっている。

みんなに、会いたい。

だって唐突に俺は死んだ。ジムだって後継者とかあるし、研究所だって正式な発表は出てなかったが、将来的に俺が結構な重役に入れられるって話だった。姉ちゃんだって、いきなり俺の手持ち全部の世話なんて無理だろ。パソコンのパスワードだって教えてないんだ。

それに、誰がレッドのライバルになってやれる?

俺の代わりなんて、本当は沢山いるんだろう、でも引き継ぐにはそれなりの事をしないと代わりの人だって代わりを探す人だって大変だ。

だから俺がなんとかしないと、




でも俺はもう死んでいる。どうやって気づかれずにどうにかするってんだ。第一、
もし楽しそうにしていたらどうする。
楽しそうに生きてくれること自体は願っても無い。だが、俺がいなくなったことで楽しまれてしまっては死後の俺ですらさすがに心がいたむ。

棺からは出たものの考え出すと足は止まり、墓地から出ることは無かった。

そうしてしばらく考えていた。いや、正確に言えば他人の墓の上で何を考えるでもなくボーっとしていた。
漫然とどうしようかなんて、答えなんて出るはず無い悩み事をずっと繰り返していた。


ザッ、ザッ、…。石畳の部分を靴が蹴る音が少し遠くから聞こえてくる。
きっと、俺の存在なんて怪しんで近づかないだろう、適当に思って他人の墓の上からどけるわけでもなく無視を決め込む。
自身の髪の毛が視界に入る。褪せたようなオレンジは生前のものとはかけ離れていた。

ザクッ、ガシャ…ザクッ…。
音に耳を疑った、嘘だろ。この土を金属で削るような音、掘り返してんじゃねーか。
後ろから聞こえる音に軽蔑をこめ、振り向く。おいそこ他人の墓乗ってるお前はどうなんだとかうるせえな。

嘘、だろ…。

掘り返されているのは俺の墓で、掘っている奴の姿は視力の落ちた目と暗闇のせいではっきりと確認は出来なかったが、足元にいるポケモンですぐにわかった。

レッド…

彼の名前が実際に俺の喉を通って出ることはなくて、無論彼は気づかずに一心に掘り返してる。
どうしようってんだよ、俺なんかを掘り返して。

俺の存在に自信なんてあるはずが無かった。俺がなんとかしてやらないととは確かに思っているが、それでも結局は怖くて墓地から出て行くことは出来なかったのだ、死んでも否定を怖がった。
心までは死んでくれなかったんだ、仕方ないじゃないか。

やがて、掘り終わったのかレッドの動きがとまる。そうしてしばらくの沈黙のあとレッドは話し出した。

「ピカチュウ、どうしよう。グリーンが、いないよ…」

グリーンがいないよ、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう………!!

発狂したかのように同じ言葉を繰り返す幼馴染を見てられなくて思わず、話しかけてしまった。

「そこの人、どうしたんですか?」

レッドにも誰にも披露したことは無かったが、女の声真似が実は俺は得意で、それをつかってだ、本人だなんて教えれない。

「誰だよ…」

敵意丸出しの声に、ピカチュウの火花が電気袋からあふれる。

「そこに入ってた死体に掘り返す意味なんてあったんですか?自分の命も、ましてや貞操も守れずに、あげく最後には他人に助けを求めながら死んでった人間ですよ?」

そう、惨めな人間。それが、「俺」なんだ。
拘束されて、犯され、目を抉られ肢体をバラバラにされて、誰も来るはずなんて無いのに助けを泣き叫びながら無様に死んでいったんだ。


他人に何がわかる


低い唸り声が聞こえたかと思うと、続いてしゃくりあげる声。

「お前にグリーンの何がわかる…、発見されたとき、何も着てなくて、寒かっただろうし泣いた跡もあった、絶対怖かったのに!俺は助けにもいけなかった!俺には、グリーンがいないと駄目なんだ、俺のライバルも幼馴染もグリーンにしか出来ない、俺が愛せる人なんてグリーン以外にはいないんだよっ俺は、グリーンがいないともう生きていけないのにっ…!!!」

彼の泣き叫ぶ声が夜中の墓地に響く、癇癪を抑えるようにしているのかしゃくりあげる音が詰まっているものの、ずっと持続されている。
嘘みたいだった。
俺なんかに、

気づくと目から頬を伝う液体、さわるとドロリとしたソレは黒ずんだ赤で、もう涙は出ないんだろうと思った。けれど、コレは涙なんだろう。

「そんな奴が、好きなんですか…?」

俺は思わず聞いてしまった、返事はない。
かわりに嗚咽が大きくなるだけだった。
俺はようやく人様の墓地からおりる決心がついた。

「レッド、こんな俺でも…受け入れてくれるのか?」

ああ、怖いさ、返事を聞くのなんて怖すぎる。だけどな逃げ出そうにも俺の脚も首を死人を縫っただけなんだから不安定なんだ。
現に片腕なんてついてる腕でわしづかみしている。

「グリーン…?」

振り向いて、向き合うとレッドはなんともひどい面だった。…といってもグロテスクな面でいえば俺なんてもっとひどい面をしているんだろう。
体中に残っていた暴力をふるわれた形跡のあざだって都合よく顔から消え去るわけがない。

「お前は、知らない男に犯されて暴力ふるわれて、片目もなくしてバラバラにされて殺された挙句、助けにこれる訳ない奴の名前を無意味に呼んで助けてって泣き叫んだ奴を受け入れれるのか」

こんなに屑野郎なんだぞ。

さすがに死人に口をきかれればレッドも驚いたらしく、ポカンと間抜け面をしていたが、俺は本気だっだ。

「…助け、僕を呼んだ?」

待っていれば向こうも少し本気になってくれたのか、一言。

「悪かったな。」

そうだ、俺はレッドという名前を何度も呼んだ、犯されているときだって、バラバラにされるときだって殴られるときだって、お前が来れる訳ないことを知ってて、それでもずっと呼んでた。
レッドが俺に近づいてくる。

拒否されたらどうしよう、あの男みたいに殴ってきたらどうしよう。

怖かった、ただ単純に。
しかし、足は動かず、レッドがまっすぐに俺を見てくるから逃げれなかった。
すると、優しく伸ばされた手に抱きしめられる。
俺、ぐちゃぐちゃで汚いのに…。

「ばっ、離れろ…よごれ…」
「ごめんね」

「ごめんね、僕を呼んでくれたのに助けれなくって、怖かったのに…!俺を信じてくれていたのに!!!」

なきながらもしっかり、抱きとめてくれる腕に、彼に、ひどく安心した。

「レッド、パソコンのパスワード、今からしっかりいうから覚えてろよ。俺の本気のパーティの番号若い順に図鑑ナンバー三桁でうってけ、あとジムの後継者、どうせお前してくれねーだろうから赤毛のゴールドの連れにしようと思ってるんだ。それとな、お前ライバル作るなよ、あとじいさんにあやまっておいてくれ。跡つげないって」

顔を少しあげたレッドに押し込むように言葉を詰め込ませる。難しい顔をした後に眉間にしわをよせながらも、しっかりうなづいてくれたんだからやっぱりコイツはいいやつだ。

「レッド、最後にさ、お願いあるんだ。」

今度は何だという風に無言で首をかしげるライバル、いや俺の大好きなレッド。

「俺の、名前呼んでくれよ。」

そういうと目を静かに潤ませたコイツは静かに、本当に笑顔で頷いた後に

「仕方ないな、俺の大好きな大好きな、グリーン。ありがとう、愛してるよ、…おやすみ。」

べただな、なんて思いつつも、ベタといわれるだけあってその言葉は心にストンと落ちて落ち着いた。
ああ、心まで死んでいなくてよかった。

「ベタだっつの、ありがとうレッド。おやすみ」















愛しい彼の名前を呼んで、返して貰えたんだ。
そうして、やっと永い眠りにつくことが出来る。



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