無い物ねだり(一応金緑)










ココに閉じ込められてから幾重もの長い時間が経った。
飽いて捨てられてしまった俺はカーテンに遮られた陽光でもうろうとした意識を少しだけ確かなものとする。
これで、何度目か。
太陽がのぼってくることをカーテンの向こうに認識したのはコレでもう数え切れないほど。
もっとも、今のグリーンに朝日を感じた回数を把握するほどの体力も能力も残ってはいないのだが。

所有物である俺に意思なんてものは存在しない。

それは最初に叩き込まれた事だ。
ココに連れてこられてからは痛いことばかりで、俺を所有している「主人」は、何度も俺は「物」なんだと教え込んだ。それはもう、手取り足取り、言葉も使って。
そして散々な行為の最後にはいつも「愛しています。俺だけのものなんです。」と俺の耳元で優しく囁き、徐々に俺から思考力を奪っていった。

しかし、俺は捨てられた。

たぶん一ヶ月くらいだろう。主人は俺をとても可愛がってくれた。ずっと俺の横にいて濁った瞳に愛しむように俺を映していた。
しばらくすると来る頻度が減った。来る日と来ない日が五分五分になった。来ない日が増えた。そうして、いつしか来なくなった。
短絡的な思考は可能だが、もうまっとうな言葉のつむぎ方だって記憶しちゃいないのに、主人は俺に飽いて、捨ててしまった。
物である俺は放置されたベッドの上から勝手に身動きをすることは許されない。
だが、主人は俺を捨てた。つまり、所有することを放棄したのだ。
ならば今俺はいったい誰のものなんだ?

主人が俺を捨てた今、所有者と声高々に名乗り出るものはいない。

ならば、今俺を所有しているのはまさしく俺自身なのではないだろうか。
はっきりとしない薄暗い思考の海で一人ぼっちだったグリーンの、やっとの思いで辿り着いた答えだった。
ここで初めてグリーンという存在が帰ってきた。
グリーンには意思があって、体を動かす権利も物を欲する権利もすべてがあった、一度失われたソレは今戻ってきたのだ。

外に出たい。

それが物ではなく、一人の人間として復活したグリーンが最初に望んだことだった。
おなかが空いたでもなく、物を所有したいでもなく、真っ先に望んだのは体を動かすことだ。実際のところ、空腹も喉の渇きも限度を超せば神経が麻痺し感じなくなる、それが食べたいなどの欲求を感じさせない原因ではあったのだが。
しかし、そうなれば当然体を動かすエネルギーを供給しないことになる。とっくにエネルギーは底を突き、筋肉や脂肪などから生命維持に必要なエネルギーをつくり変えている体に動かす体力も筋肉も思考も残っているはずが無い。
もうろうとした意識、それすらもあるのが奇跡の状態だった。

体が動かせないと漠然と感じたグリーンはそこで諦めた。
俺が動かせないのは俺が俺を所有している訳ではないからと、短い期間に無理やり精神的にも肉体的にもグリーンを崩壊させ、根付かせた意識が勘違いを起こさせた。

食料も変化も、時間すらないような何の変調もない空間で、ついにグリーンは最後の所有物であるもうろうとした意識すら手放そうとした。
そのときだった。

衣擦れの音も、機械の動くキーンといった音すらなく、グリーンの微かな呼吸と微々たる心臓音しかないこの空間にいきなりにしては大きい音が弾ける。
そして流れ込んできた透き通った明瞭な空気。

扉を威風堂々と我が物顔で開けたのはグリーンのライバルである赤を象徴するような人物、レッド。
彼には他人の家に土足で踏み入り、住人に堂々と話しかけ、挙句何かを頂戴しようとするずうずうしさがあり、今回も例に漏れず物品を頂戴しようと今回の部屋に立ち入ったのだった。
だが、彼の瞳に映ったのはベッドの上で一糸纏わず肋骨がガッツリ浮き出る程痩せ細った、浅い呼吸による僅かな上下運動以外に身動きひとつしない人間であった。
しかも、その人間によく似た人物をレッドは知っていた。自分のライバルである同い年の少年だ。
目の前にいる少年も確かに同い年くらいなのだろう、ベッドに横たわっていてもわかる身長の高さ。それすらもライバルであるグリーンに近いものだからグリーンなのでは、レッドは思った。
そしてすぐに頭を振る。違う、絶対に違う、彼はこんなに痩せ細ってなどないし、肌だってこんな血の気のない恐ろしさを伴う白さではなく、健康的な白さであった。
しかし、のしかかってくるような濁った空気に不相応な郷愁が意識せぬうちにレッドの口を動かし、彼の名を呼ぶ。

彼が所有する人間としての証の名を。

わずかに、動いた気がした。
グリーンには吸いやすい空気とともに音が現れたという程度で、とっくに把握するほど思考も働いてなかったのだが、人の声のようなものがしたのだ。懐かしいような響きがしたのだ。
何かを把握しようにもすでに視界は利いていなかったが、残るエネルギーを動かす動作に注がずにはいられなかった。

急いでレッドがベッドの脇に寄る。そこでみたこけてはいるものの端麗さがわかる顔つきは確かにグリーンであった。
確かに、グリーンが行方不明かもしれないという連絡は受けていたが、信じられなかった。
あまりに目の前の人間は太陽のように眩しく輝いた笑顔を魅せてくれていたグリーンとはおよそかけ離れていた。
カサカサに乾いた唇は乾いた呼吸の音を鳴らす。そっとこけた頬に触れるとカサリとした感触。
そこでグリーンの虚ろな瞳が動く。何も映さないような瞳とレッドの視線がかち合う。

「ぁ、ぅあ……」

掠れた、蚊の羽音のような小さく絞られた声が静かな空間のおかげでレッドの耳にまで届いた。
そこでハッとしたレッドは急いで下のシーツの端を持つ。持つことで気づいたシーツの汚れは黒ずんでいたが明らかに血痕で、陰になっていて目立たなかっただけで顔の周りにも沢山ついている。そして顔にも擦り傷や中途半端に塞がり膿んでいる傷がある。
恐る恐る肢体に視線をずらせば黒ずんだ脇腹に抉ったような傷跡、顔の比ではない傷をオンパレードであった。
更に下へ視線を遣れば、痩せ細ったことで緩くなった片足に形式だけの形ではまっている足枷。

それらを見たレッドはすべてを悟った。
グリーンの姉であるナナミはグリーンが消息を絶ったその日、外出する前のグリーンと小さなケンカをし、そのことでグリーンが姿を消したのだととても悔やんでいた。
しかし、勘違っていたのだ。

グリーンは、何者かに、監禁され、暴力をふるわれていたのだ。

さっさと意味をなさない足枷をはずし、グリーンをシーツごと抱き上げる。
予想を超える軽さに力んだ反動でよろめく。
自分の体重の半分もないのではないだろうか。考えて背筋が冷えた。

急いでモンスターボールから解放したリザードンにまたがり自身とリザードンの間にグリーンを入れる。言葉をしぼりだしたグリーンはすでにぐったりと意識は手放し不規則な呼吸をかろうじて繰り返していた。

空をリザードンで駆ける。グリーンが冷えないように必死に抱き込みながら母親に連絡をとり、もっとも近い大病院のヘリポートに降り立つ。

温かいはずの地上に降りてもガタガタと震えが収まることは無かった。



end



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