喜んで傷口を隠そうか


―今すぐ僕の家に来い。―

このシンプルな文面にどれだけの意味がこめられているか、他の関係であればきっと簡単に断ることも、自分で判断して決める事だってできたはずだ。
だが、俺はコレに従うしかない。

先生、すみません体調が悪いので早退します。

最近になって俺の口から頻繁にこぼれでるようになった言葉。この言葉を疑うやつなんて誰もいない、だって言い飽いた科白を言う俺の顔の血の気なんてなくなって震えてるんだから。

誰も俺の言葉の真意に気づくやつなんていない。いてくれない。

そして急いで震える足を動かして向かった俺の家じゃない家。
インターホンを鳴らせば待っていたと言わんばかりの勢いで扉を開けられ呼び出した本人が現れる。満面の笑み。

「今日は少し場所を変えてみようか。」

笑顔で伝えられたところでその笑顔は歪んでいて俺は釣られ笑いも出来やしない。
こいつの前に来てしまえば成績優秀の俺でも思考がストップして馬鹿な犬に成り下がる。

ああ、ホント馬鹿。

「袖まくって」

この一言を聞かなければどうなるのか、きいてどうなるのかなんて考えられない。
だって、聞いておかないと、

「よく出来ました。」

学校指定のセーターをおとなしく捲くれば明らかに高校生に向けるような口調ではないほめ言葉が発せられる。
それでも俺はその言葉に少しだけの安堵を覚える。
今日は機嫌がいいらしい。
機嫌がよければ内容は然して変わらずとも早くに終わるだろう。
一気に終わってしまうならそれでいい。

そうして取り出されたカッターが腕にあてられた。





























昨日は機嫌がよく、ささっと終わりはしたが内容はひどかった。
きっと彼の好奇心によるもので、俺が従順だったから機嫌がよかったのだろう。
俺が断った時の予想をしようとしてまた思考が停止。
停止してしまう場合は考えないほうが良いってことに最近気がついた。
だから俺は考えるのをやめ、気だるい体を無理やり動かし教室を移動するべく廊下へ出る。
空気が変わり、少し冷えた新鮮な空気を吸った途端に世界がゆがみだす。
まずい、きっと貧血だ。
だが、倒れてしまえば…

「もし傷が他の人にばれた時どうしようか」

楽しげな幼馴染の声が脳内で鮮明に思い出される。
目を細めて愉快だと笑う幼馴染の顔は俺が今まで幼馴染だと思ってた奴の顔とは違った。
何かを探求する表情には、何かが欠落した。

なんで、こんな事になってんだろ。

思いを巡らしながら階段を一段下りたときにしまったと思う。
手すりも何も掴まずに降りたものだから一気に平衡感覚が損なわれ、



次に見たのは自室の天井だった。
運ばれてる間も倒れている間も意識は手放したわけではないが、自宅のベッドに入れられてからしばらくしてやっと症状が落ち着いたのだ。
だって、意識を手放している間にもし左手の包帯を見られたら、
ばれないよう必死に意識は手放さずに寒がるフリをした。おかげで俺は風邪と判断され、セーターも無理に脱がされることは無かった。

「大丈夫?汗かいてるだろうから風呂に入りなさいね。」

姉の気遣われる声に「ありがとう」とだけ応え、部屋を出て行った姉を追うように着替えと新しい包帯をもって自分も部屋を出て脱衣所へ向かった。

最近は、風呂が好きになった、前が嫌いだったというわけでもないけれど安心できる場所になった。
いつでも呼び出しの音が聞こえるように脱衣所に携帯はあるけれど、それでも、
人目を気にしないでいいと安心していた。

髪の毛が濡れ、あらわになった額の青あざを手で覆い隠した。



次の呼び出しのときに俺は笑顔に違和感を感じた。
いつもどおりの楽しそうに歪んだ表情ではあるが、何かが違う。
何かの正体は考えるまでもなく、向こうから告げられる。

お姉さんに、ばれてるよ。





そんな、馬鹿な、だって、いつ、うそだろ、なんで、
「お仕置きどうしようかな」なんて声が耳に入って終わる。脳まで伝達されない。
必死になって噛み砕いて理解したアイツの言葉ではどうやら脱衣所に置いてあった包帯とゴミ箱に埋まってあった血にまみれた包帯を見てしまったらしい。
それで、幼馴染であるレッドに相談したようだ。
きっと俺が言わないからきくことができなかったのだろう。でも、
こいつに相談する位なら俺に聞いて欲しかった。


振り上げられたアイツの手に俺は反射で肩を揺らすしかなかった。



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