四十九日間(!)


ナナミさんから連絡があった。グリーンが帰ってきた、と。普段ならば普通にいつもあることでわざわざ僕に連絡を入れることではない。
つまり、それは異常を示していて。
というか、僕の連絡先知ってるのはグリーンだけだし、グリーンのポケギアでナナミさんから連絡が入ること自体がおかしいのだけれど。

一週間ぶりのマサラは陰鬱とした雰囲気に包まれていた。普段なら一週間で戻ってくることは有り得ない。しかし、事が事なのだ。
一週間前にグリーンと会った。その時のグリーンは少し様子が変で、雨なのに「今日は清々しいな」と言って、周りのジメジメとした空気にやられていた人たちを困らせたり、いきなり最近流行りらしいのに当てられたのかダンシャリというものを始め、アルバム等を段ボールの中へ入れていた。彼曰く、「ん、部屋の整理でもしようと思ってな。」とか。ミーハーな彼なら流行りに便乗なんて珍しくもないことだったが、思い出を大切にする彼の性格を知る人物からすれば異常な行動としか映らなかった。
グリーンの部屋に足を踏み入れると整然と、しかし、隙間が空き寂しげに並び、倒れているかつては本が詰まっていた本棚が目に入る。
そういえば、グリーンは他にも信じられない行動を起こした。
とても大事にしていたイーブイを受け取って欲しいと言ってきたのだ。イーブイを手持ちにこそ入れてなかったが、溺愛していたのは誰もが知っていることだった。だから、受けとることはしなかったし、出来なかった。
なぜなら、僕は………。

「レッド君、」

優しい音色のような澄んだ声が後ろから聞こえてきた。振り向くとそこには予想していた通りの人物、グリーンの姉であるナナミが立っていた。やはり、少しやつれている。
少し話があるからとお茶に誘われ、一階のリビングにある席に腰を下ろしていると、お茶と菓子を持ったナナミさんも席に座り、感情を抑えているかのような声色で淡々と話し出した。
「犯人がね、供述中に隠していたようだったけど、ボロが出て居眠りだったことを認めたって。」
「そう、ですか。」

そんな事で人間は命を奪われるのか、ニュースではよく見ていた内容だった。しかし、今はニュースではなく知人からその事実を聞かされてしまっている。こんなに人間を恨んだのはロケット団以来だ。しかし、きっとナナミさんの方が辛いんだ。ほら、証拠に拳を握りしめている。

「それに、見ていた女の子が供述してくれたの。歩道にトラックが突っ込んだって。その時、グリーンたら傷ついたゴースを見つけて薬を使おうとしてたんですって。」

なんてグリーンらしいんだ。真っ先に思ったのはそんな事だった。自分よりもポケモンにめがいって周りに気づかないなんて。
微笑みながら話すナナミさんにつられて僕も笑う。そして言わなければならない事があったのを思い出す。
「お葬式、出られなくてすみませんでした。」

「私はいいの。グリーンは怒ってるかもしれないけれど「レッドてめー!」って。」

そう口許を抑えながら柔らかく笑う。
やはり、ナナミさんは綺麗だった。容姿の話ではない。勿論、容姿もみはるものがあるが、何より心が美しかった。周りに対する配慮や慈愛に救われたものなど数え切れないだろう。この陰鬱とした空間で当事者が一番健気で強かだった。
そんなとき、ふとポケモンが開いた窓から入ってきた。ゴースだ。
所々怪我をしていて、驚いたナナミさんが抱えあげなければ落ちていただろう。野生だろうにゴースは小さく鳴いて抱かれるのを享受し、その光景をデジャヴに感じた。
しばらく慣れた手付きで治療を施していくナナミさんを静かに眺めていた。そして、少し回復したゴースは嬉しそうに礼を言った。

それからそのゴースはマサラに居憑いていた。グリーンを失い陰鬱とした空気にのまれたココの心地がよかったのだろう。マサラの特徴としては何かに染まるなど有り得ないような事だった。それほどグリーンの存在は周囲に大きな影響を与えていたことを暗に示していて。
思考にふける原因となったゴースを屋根の上から眺める。フヨフヨと一番道路の方に向かい、まるで向こうへ行ってしまおうか迷うようにクルクルと道の前を回った後に道路を眺め、しばらくしたらグリーンの家へ行く。それの繰り返し。
そのあとに屋根をフワリと飛び降り、僕がお邪魔するのも繰り返し。

「レッド君、いらっしゃい。」
笑顔で迎えてくれたナナミさんの後ろではゴースが浮いている。
一週間ほど観察していて気付いたが、ゴースはどうもさみしがりやでやんちゃだ。他のゴースみたいにイタズラするのも寂しいときだけ。
そしてナナミさんがいなといきは大概、グリーンのイーブイと一緒にいた。イーブイもゴースが好きなようでタイプ的には相性が最悪なのに面白いと思って眺めていた。

ある時だ。
いつもなら一番道路の前をゴースが往来しているときに屋根に登ってソチラを眺めたがいなかった。
多分、ゴースが来てから二週間が経ったくらいだ。
何気なく珍しいと思いながら視線を前に持っていくと、グリーンの部屋で寂しそうににゴースはいた。ナナミさんもイーブイも居ないようだからソレが原因とも考えたが、違う気がした。
伸びをしていたエーフィにねぇ、と声をかける。エーフィは察してくれたようでゆっくり僕の視線を追い、静かに頷いてくれた。
ポケモンが4つしかワザを使えないなんて嘘っぱちだ。ポケモンは賢い。本当は生態系に関係するものならもっと使える。ミズゴロウがヒレで敵を察知するのだってロックオンの一種。ただ、戦闘中とっさに出せる数が4つという話。

エーフィ、みやぶる。

空間が一瞬歪んだ後に、ゴースの正体が視認できるようになった。全く、みやぶるが僕が旅していたときから技認定されていればポケモンタワーであんなに怖い思いもしなかったのに。なんて途方もないことを考えながら見た先に固まった。
予想はしていた。だからこそエーフィに命じたのだが、だが。

視線の先には、もう居ないハズの人物が居た。


「グリーン……。」

思わず、ついて出た名前は小さく、窓の向こうに居るグリーンに聞こえることはなかったが、確かにそこに居るのはグリーンだった。
呆然としていると、やがて階下からゴースを呼ぶナナミさんの声が聞こえてきた。それに少し悲しそうな表情を浮かべた後に元気よく鳴くゴースの声にグリーンの声がダブった。

なんだよ、ねーちゃん!


翌日、流石に毎日は迷惑だと訪れていなかったグリーンの家を久々に訪れる。すると、ナナミさんはいたが、いまから少し出ないといけないようで都合が良いと思い、留守番を進んで引き受けた。

ゴースと会ってから一月以上立っていた。
グリーンが瓦礫から手持ちに引き出されてから確か46日。大惨事だったのだ。あとから聞いたのだが、居眠りをしていた男を病院に連れていったのは異常に鍛えられた美しいピジョットで、急いで駆け寄った女の子が瓦礫から投げ出されたボールホルダーと人の声をきいている。
その声を聞いた後血相を変えて飛び出してきたポケモンたちは手際よく運転手を運び、瓦礫をどけだした。女の子も手伝ったようだが、途中から、見えていた腕が動かなくなっていたそうだ。

そして除去された時、グリーンは、………。

グリーンが助けようとしていたゴースはいなかった。


「グリーン、バカだよね。」

ゴースに話しかける。
ゴースは何がと言うようだったが、僕にはちゃんと聞こえた。

「お前が言えんのかよ?」

小首を傾げる愛しい人。
その様子に少しだけ笑ってしまった。
「言えないかも。」

そう答えるとマメパトが豆鉄砲でも食らったように目を見開くグリーン。
「お前、………?」

ちゃんと言葉を紡げずにパクパク口を動かすグリーンにおかしく、久々にグリーンと話せたことから嬉しく、笑いながら
「ゴースになってたから分かりにくかったよ。でも性格がまんまグリーンじゃないか。」
と答えると、目に涙をいっぱい溜めながらグリーンも笑う。
二人とも訳のわからない笑いを静かに続けた後にグリーンに尋ねた。
なんでゴースになっていたのか。

「よくわかんねー。気付いたらトラックがぶつかったあとで、暗がりの外から女の子の声が聞こえてきて、体が痛いことに気づいた。それで、ポケモンを助けないとって思って隙間から外に投げたんだよ。少しだけ指示して。
咄嗟に抱いたゴースは出せる隙間じゃなかったし、生きてたからとりあえず薬を使って、ピジョットが怪我人を運んだらウインディに合図しろって言っててよ、聞こえてきて安心したらねちまった。」

そのあとは?

「目が覚めたらゴースになってたよ。目の前で俺が死んでやがんの。ゴースのわざかもな。しかもゴースになったせいか、手持ちの奴等が泣きそうな声で俺を呼ぶのが聞こえてくんの。
怖くなっちまって逃げて、さ迷ってたら家が見えた。後はお前の知ってる通りだ。」

一番道路の前を往来してたのは、ジムやポケモンが気になっていたかららしい。また自分よりも周りを気にして優しくして、本気でこの兄弟を愛しく思う。

「ねぇ、グリーン」

「なんだよ」

僕には君から人生と体を奪った運転手を許せないよ。
だって僕の大好きなグリーンは自由を奪われた。
なら、君の命だけでも僕に頂戴。

聞いていたグリーンは、

「相変わらずぶっとび過ぎだ。バカレッド。」
そう文句を垂れた後に「いいぜ。」と優しく答えてくれた。

そして先にシロガネ山に行って待っていてというワガママまできいてくれた。
僕は夜までいけないけど、君は一人にさせない。

夜になり、自宅の寝室に音もなく忍び込む。布団の中には静かに寝息をたてる僕を産んでくれた大好きな人。
今まで怖くて伝えられなかった一言を告げるため話しかける。

「ただいま、母さん。ますぐ旅立つけど、伝えたいことがあるんだ。」

今までありがとう、大好きだよ、いってきます。


シロガネ山の頂上でグリーンはレッドを待っていた。
今まで俺が来るのをここで待っていたのに今は逆の立場だ。まるで、チャンピオン戦の時のようだった。
あれが初めてアイツを待った時で、最初で最後だった。

そんなことを横に居る奴にポツリポツリと話していた。すると後ろから呼ぶ声。
「グリーン」

僕が呼ぶと振り返ったグリーンは、僕の足元をみて「やっぱりそういうことか。」とニヤリ。

「いつからだ。」
「ゴールドが来たときにはもう」

「なんで。」
「みんな、彼以外死んじゃった。」

視線をグリーンの横へ向ける。
「年には逆らえなかった。ピカチュウも本当は寿命短いのに一番最後までいてくれた。でも、悲しくて。」

グリーンの足元を指差し、「そこ、僕の寝床。」そういうと彼は慌てて飛び退いた。

ゴメンね、嘘。
「そこはみんなのお墓、僕だけは谷底だよ。」
グリーンがたっていた場所にたち、崖の下を見下す。飛び降りた後、みんなの、グリーンの顔が浮かんできて、後悔した。
気付くと頂上にみんなで立っていて、理解した。そんなとき現れたのが彼だ。

「彼ね、ミュウツーっていうんだけど。ミュウツーを守ってくれる人をまだ見つけてなかった。
見つけるまで念能力で実体化させてくれてたんだ。でも見つけた後も彼は念能力を緩めなかった。優しいんだ。」

グリーンいたいことバレバレだった。

でももう必要ない。
ありがとう。

「君はハナダの洞窟で彼を待つんだ。」

彼は小さく鳴いた後一瞬にして消え、レッドのバッグが落下し、帽子は宙を舞った。
バッグから少し出ている紙をグリーンが気にしてるとレッドは「ああ」と呟いた。

「タウンマップだよ。行き先と、ゴールドがちゃんと向かうようにメモを書いた。」

行けって。

命令かよ。
急いでたんだもん。

そう笑い、深呼吸をしてから促す。

行こうか。

すこしだけ透明になった僕の声にみんなとグリーンは、肯定してくれた。

グリーンが人生を奪われてから四十九日目、

僕たちはやっと世界から消えた。
足跡は雪がかき消すまでもなかった。






BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -