いいわけ記念日(ヤスグリVD)


トキワジムには今までジムリーダー以外は存在していなかった。まず希望するものが居なかったのだ。
普段から空けてばかりでジムとして成り立っていなかった。だから、後任がトレーナーを募集したとき信じられなかったのだ。本当に強いのかどうか。
だから、俺は最初はジムバッジを頂戴しようとジムを訪れた。結果なんて、解るだろ。
惨敗。これでもかと言うまでにボロ負けだった。ダメージは与えられなかった訳じゃない。巧みなタイミングでポケモンを換えるからその時に食らわせられたくらいで、こうかはいまひとつ。
負けた後呆然としながら見上げたリーダーの顔に違う意味で呆然とした。
リーダーは、12歳だった。
バトルを始める前に見た顔は、鬼気迫るような、とても12歳の出せる雰囲気には思えず、漠然と年下としか思っていなかったが、今目の前にいる人は、年相応だった。
嬉しそうな、慈しむような表情でギャラドスと戯れている。

その後チャンピオンロード近辺で修行し、四天王に挑んだりもしてた友人との会話からあることが発覚した。
「グリーンってその人知ってるわ。」
彼女曰く、たまたまリーグにいたのをセキエイに滞在中見たらしく、どこまで奮闘したのか時間で図ってやろうと思ってたらしい。しかし、帰ってきたのは一週間後。レッドという少年が挑みに入っていった数時間後だった。
つまり、チャンピオンになっていた期間がある、と。
彼女がしつこく門番を問いただすと観念し、「数日で何人にも破られたとあっちゃセキエイの強さに曇りがかかるから、公表しないことになった。」。そう言ったらしい。なんとも情けない話だ。俺からすれば少年がチャンピオンを撃破したと言うのはむしろ報道すべきだと思う。しかもリーダーは最年少だ。なのに伏せるとは、リーグは惜しいことをしてるとつくづく思うわけだ。リーグに対してよくやったと思ったのは、リーダーにグリーンさんを就任させたことかな。

「オイ、ヤスタカ?」

何ボーッとしてんだ?と後ろから覗き込むように声をかけてきたのは、先程から俺の脳内で話題のリーダーだった。ああ、もう今日の開放時間になったのか。そう思い、リーダーに謝ったあとさっさと扉をしめにいく。
扉を閉める際に外をみると、人通りは多い。だが、ジムに来るものはいなかった。当然だ。なんたって今日は…

「ったく、みんなしてイチャイチャしてよー。俺だってチョコ貰いにいきたかったっての。」

いきなり後ろから聞こえた声に肩を揺らす。
「っ、リーダー…驚かさないで下さいよ〜。」
そういうとリーダーはニヤニヤしながら謝る。全く反省してないな。こっちが勝手に驚いたわけだが。
そして、俺が一番ビビったのは言葉だ。今日はバレンタインデー、つまりみんながラブラブラブラブと相手がいない輩がうんざりする日だ。
それに、リーダーは気づいてないようだが、かなり矛盾した言葉である。
何が、貰いにいきたかったんだか。
俺は、リーダーに好きな人がいるのを知っている。
ソイツがシロガネにいるらしい幼馴染みだと言うことも。まあ、本人に自覚はないのだろうが、変に真面目な彼はどうせ他人から貰う気などないのだろう。
しかし、俺が渡すのは決して本命ではない。甘いものが実は好きらしい彼を、お店のバレンタインデーコーナーを見たときに思い出して、喜んでくれるかな?とか思っただけだからだ。それでついつい買ってしまったので、渡すだけなのだ。決して本命ではないんだ。
誰に言い訳をしているのか自分でも解らなくなってきたが、本当に本命ではない。
第一、リーダーは年下と言えど男で、無論俺だって男だ。確かに、リーダーは可愛いし、可愛いものが好きだし、寂しがり屋だし、恋人だったら悶絶してしまうほど可愛らしいものだが、再三言おう。
俺たちは、男だ。

万が一、きっと有り得ないことだが、俺がリーダーを好きだったり、リーダーが俺を好きだったりしよう。相手は絶対ノンケだ。…ノンケってなんだ。
まあ、俺が知らない言葉を駆使してしまうほど有り得ないということだ。…でもリーダーが俺を好きって言ってくれたら嬉しいな。いや、俺男だろ。

「ヤスタカー?」

リーダーが俺の顔を見ながら心配そうな顔をしてる。そりゃそうか。さっきからボケーッとし過ぎだ。シャキッとしろ、情けない。
また謝ろうと口を開いたときに、はたと何か思い付いたような表情をリーダーが浮かべる。どうしたんだと聞くまでも、間もなく喋り出す。

「ははーん、さてはお前チョコ渡したい奴いんだろ?」

くそっ、図星だ。
わざとらしい口調に若干屈辱を感じるが、まあ、本人に渡したいとは思ってない筈だ。

「当たりだな!?アキエか!?早くしねぇとかえっちまうぞ!」

楽しそうに目を輝かすリーダーに癒されながら、笑顔(これはもちろん癒されたのに起因している。)で「半分正解で、半分ハズレです。」と答えると、彼は腕を組んで考え込んでしまった。
身長差によって際立つまつげの長さに不覚にもドッキリする。もう、認めてしまえば確かに可愛いんだ。腕を組む仕草とか、口を少しとんがらせている所とかも。しかし、今はソレが全然有り難くない。何故なら好意を抱いてる相手に渡すようで、かなり緊張するからだ。
それでも今がチャンスで、このあともうチャンスは来ないということもわかっている。

「あー、わかんねー!なあ、ヤス…」
「コレ、」

顔を上げた相手に細い包み箱を渡す。黄緑色にラッピングされた箱に淡いピンクのリボン。コレが、今の俺の精一杯だ。勿論、憧れの対象への誠意として。
リーダーはというと、目の前にいきなり突き出された目をまんまるく見開いたまま固まっている。

「ど、ドウゾ。リーダーへの、です。」

アキエ達ではなく。

「俺が、貰って良いのか…?」

ポカンとしたまま聞いてくるグリーンさんに是の返事を返し、包むように優しく伸ばされる手に受けとるのを促すように渡す。
リーダーは包装された箱を眺めたままに動かない。動いてくれない。
地雷を踏んでしまったのか、心配になりだしたときに不意にリーダーが顔をあげ、視線がかち合う。…っう、逃げ出してしまいたい。今まで失敗とは無縁なエリートとしてきたからこんな恐怖立ち会うのは初めてだ。

「ありがとなっ!」


「へ?」

気づいたら彼は満面の笑みをうかべている。少し、ほほを赤らめて嬉しそうに…。
そこで自分の顔の熱があがってることに気がついた。
ヤバい赤くなってる。なんでだよリーダーが可愛いからだよ。

もう直視すら出来ずに「失礼しますッ!」と言って走り去っていったヤスタカは少年が大事そうにチョコを持って帰ったことを知らない。




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