入水願い
静かな世界に漣の音だけが響く。
祖父の研究所から目の前の策を越え、強めのポケモン、ピカチュウとピジョットなのだが。二匹をつれ、それに会わせて草むらに入る前にゴールドスプレーを書けておいたから邪魔者はいない。
そして草むらを抜けた今その二匹も先に家へ帰るように促したからこの世界には俺と横にいるコイツだけになっている。
今から俺等は入水します。
水の底で二人の時を止めに逝きます。
今から俺は入水します。
皆が大好きな彼を独り占めにして。
二人でこの藍色の空と海にダイブして、
沈んだ後は星になるんだ。
この暗いくせに眩しい世界とは笑顔でおさらばして、極楽浄土には行けないんだろうけど、地獄だろうとこんなとこよか逝きて逝ける。
今から俺と入水するのは皆が大好きなレッドです。
赤いチャンピオンのレッドです。
ねえちゃんもジイサンも、弟の、孫の俺よりも大好きなレッドが俺みたいな奴と一緒に死にます。
今から俺はレッドを殺します。
誘ったのは俺だもん。殺人とかわんねーじゃん。
しかし、手を繋いで浸かろうとしたときに好かれるアイツが制止をかける。
なんでだよ、俺本当はお前の事好きじゃないんだぜ。皆から好かれるお前を俺が消える際に奪ってやろうってだけなんだぜ。なのに、何が「溺死はグリーンにさせたくない」だよ。「グリーンには綺麗なままでいてほしい」だよ。俺こんなことで優越感に浸ろうとしてる汚い奴じゃんか。お前にはなんでも勝てた筈なのに、気付いたら負けてた。だから、悔しくてお前が俺みたいなのにも優しい気持ち利用してるだけなのに!
レッドが懐からフルーツナイフを取り出す。旅の時に使っていたものらしい。
ソレを俺の目の前に突き付け俺自身の首に宛がう。
そうか、そういうことか。首に宛がわれた刃を強く引き寄せる。
そんなに表情に感情を出さないコイツが目を大きく見開いた。殺したくなる程憎くって仕方なかった癖に。
にしても全く綺麗じゃねーじゃねーか。血は辺りに飛び散るし、ドクドクダクダクと垂れて美しいなんて形容できるものじゃない。
なんだか立ってるのもバカらしくなって、倒れ込むと、研究所からの光を雑草が邪魔をする。その代わり、隙間から野生ポケモンが泣きそうな表情を見せる。確かじーさんの研究を少し手伝った際に観察した野生ポケモンだ。
コイツらまで心待ちにしてたんだろうな。
その内雑草がガサガサとゆれだす。
俺は見世物じゃねーんだ。
そう言うのもだるくて傍観してると飛び出した影は俺を抱えあげようとしていたレッドの腕を掴む。
その影は確かにじーさんの物で、なんで居るのか解らなかったがこの草むらはそこまで高くないし、研究所の真ん前だ。そりゃバレるだろう。
ああ、そうか。バレてしまったのか。皆のレッドを奪おうとしたから、また俺は邪見な目を向けられるのか。そういう目を向けられるようなことをしてしまったのがわりぃんだけど。
最後に見たじーさんの顔が汚ならしいゴミを見るような目で、それだけが本当に悲しくて気づいたら頬に涙が伝ってた。
「レッド、今ならまだ……」
「博士はグリーンを見てない。まだどうするつもりなんですか。」
これ以上グリーンを壊さないで下さい。
続けたレッドに手を伸ばし、こっちから拒絶する。
「これ以上、俺に付き合わなくていーよ。お前、幸せに生きれんだから、」
俺なんかのためにありがとな。
それだけ言うのに凄い労力を使った気がした。きっと、出血が酷いからだろう。気持ち悪くて話す声が掠れた。なんだかかつて熱を出したときの事を思い出した。
あの時は、ねーちゃんが看病してくれて、レッドが見舞いに窓から入ってきて、迷惑かけたくなくて自炊しようとしたら倒れて、結局またじーさんに迷惑かけたんだよな。
ひどく懐かしい。そういえばレッドがチャンピオンになったとき初めて研究者となってからじーさんはチャンピオンの間に来たんだよな。出来ることならあの嬉しそうなじーさんの笑顔を俺も作れたら良かったのに。俺はじーさんを笑顔にするには力が足りなかった。何が足りなかったのか、今も解らない。なんで、死ぬ前にこんなにもどかしい気持ちにならないといけないのか、なんでわからないのか。レッドを見たら俺に足りないものが見つかるだろうか。
そう思って眠く閉じかけているまぶたを持ち上げ、レッドをみやると、
レッドは、泣いていた。
じーさんに引っ張られ、バランスを崩したレッドが、その手を振り払いグリーンをかきだく。
「そんなこと言わないで、グリーン。グリーンがいなくなったら僕は幸せになんか生きれない。僕にはグリーンが全てなんだよ、エゴかもしれないけど、ピカチュウだって判ってくれた。独占したくても出来ない君からの言葉。一緒に死んでこの世からグリーンを僕は奪いたかった。」
普段あまりしゃべらないくせに今日のレッドは饒舌だった。
感極まったように言う言葉は、単語と単語を千切れそうな糸でなんとか繋いだようなものだったが、意味を理解するには今までライバルとして生きてきたグリーンには十分だった。
しかし、レッドからの言葉はまるで俺に対して好意を持っているようで、なんとも言えない気持ちになる。
だってレッドはまるで世界が好んでレッドを中心に回っているような存在で、俺は立役者といったところだ。
そんな俺に対してレッドが好意を持つだなんて、華やかに飾るために用意された大量の花の一輪に心ときめかせるようで、信じがたい話。しかし、俺の脳は酸素が行き届かなくなっちまって腐ったのか、それでも嬉しいと、嘘でも愛されるのが嬉しいと感じてしまう。
「俺を…好きだって言ってくれんのか?」
「うん、大好き、世界で一番グリーンが好き。大好きで愛してる。」
間髪入れずにレッドが返してくる。そのあと窺えなかった顔色は離されたことによって窺え、俺の口許には僅かながらの笑みが浮かんだ。
だから、次にレッドから放たれた言葉に目を閉じて静かに肯定し、促す。
だからさ、いっしょに消えてしまおう?
暗いクライ帳の中にやけに焦ったじーさんの顔と、ドポンと重量のあるものが水の中に落ちる音が焼き付いた。
拝啓、世界の皆様。
みんなが大好きなレッドを俺は世界から奪います。みんながいくらどうしようと動かなかったレッドは、俺の一言で、行動で、こんなにも人生を曲げてくれました。
俺にはもうレッドしかいないのです。
愛してくれたのはレッドだけなんです。
だから俺は世界からレッドを奪いました。
このクライ暗い世界でレッドに呟かれた言葉を噛みしめ、グチャグチャな世界からようやっと解放されます。
さようなら。
グリーン、君をひとりにはさせないよ。
アイビーに染まる世界で無音の言葉をそっと呟いて、そこではじめて口付けを交わす。
月光に照らされ輝くメノクラゲは綺麗で祝福しているようでした。
俺たちは星になれました。
クライ暗い帳の中で。