行方知れずの君へ(ロケグリ)
ジムの仕事を終え、まだ日の高いウチに帰路に着く。
何せ今日はまだ正月休み。ぶっちゃけ挑戦者もいないだろうにリーグからは「とりあえずは毎日あけろ」とお達しが来てしまったためしぶしぶ開けていたわけだ。ちゃんといつも通り朝早くに開けて、扉に早く閉めるって貼り紙もしたんだから悪くない、よな?ナツメやエンジュのジムリーダーに至っては「今日は誰も来ない」って予言だか嘘か解らない表情で言い張って休んだみてーだし俺はまだいい方だろう。
まあ、結局悪くても今日は絶対早く閉めたけどな。だって今日はねーちゃんがおせち作って待ってくれてんだぜ?しかもじいさんも今日は早くに帰ってくると言っていた。あまりじいさんは俺を好いてねーみてーだけど、やっぱ嬉しいもんは嬉しいんだ。久しぶりに三人揃った食事を考えると自然と口が弛む。
いつもは歩いて家とジムを往き来するが一度高まった高揚は抑えられる筈もなくピジョットをボールからだしそらをとぶ。
ふわりと一瞬の浮遊感のあと刺すように冷たい風を全身に浴び、慣れたときにはもう目下に家が見えていた。
何か事があるとき決まって帰る頃には外で待っているねえちゃんが珍しい事に外におらず、この寒い外気に晒されなかったのかと思うと少し安堵する。
ガチャンッ!!!!
「ナナミッ」
何か陶器のようなものが割れる音とじいさんの焦ったねえちゃんを呼ぶ声が家の中から立て続けに聞こえる。
なんだ?普段ならじいさんは何か割れてもあんなに焦らないし、ねえちゃんだって何か割るようなことはない。たまたまかもしれないが、念のため壁に耳をつけ音を聞こうとする。
「…ま………、………さ…。」
聞き慣れない男の声。内容までは聞き取れなかったが明らかに和やかとは言えない。
なんでよりによって今日みたいな日にこうなんだよ!
そう思いながらねえちゃんとじいさんを早く助けないとという思いに駆られ、ピジョットは出したまま更にカイリキーのボールに手をかけながら扉を静かにあける。
すると目の前にはヘルガーがお座りをしていて俺が扉を開けるなりうるさく吠えてきた。その途端に後悔が募る。俺の部屋の窓から入れば良かった!!!!
しかし、後悔したところで既に遅くリビングから
「オーキド・グリーン!入り口の前まで来なさい。言うことを聞かなければ人質に危害が加わりますよ!!!!」
と大きな声で命令されてはどうしようもなかった。こんなことになるなんて解ってればジムになんて行かなかったのに!!
唸っているヘルガーの横を警戒しながら通りすぎ、リビングの入り口に立つ。
するとそこには青だか緑だかよくわからないような髪の色をした変な髪型の男と、赤いこれまた変な髪型をした高慢そうな女がねえちゃんに睨まれながら立っていた。
男の方が壁際に立たされたねえちゃんとじいさんに包丁を向けている。
頭が怒りで沸騰して破裂するんじゃないかと思ったが、その激情をなんとか堪えて「どういうつもりだ、テメー等。」と何とか声を絞り出す。
男は汚い眼でねえちゃんを一瞥したあとに口を開く。
「単刀直入に言います。オーキド・グリーン、私達の監視下に身を置きなさい。抵抗すれば、…解ってますよね?」
包丁を手で軽く扱いながら男が勝ち誇った笑みをする。
つまり、ねえちゃんかじいさんに被害が及ぶと言うことらしい。
「グリーン言うこと聞いちゃダメ!」
「黙れ!!!!」
ねえちゃんが叫んだ途端首元に包丁を突き付けながら男が怒鳴る。
「殺せばいいじゃない…グリーンはアナタ達にくだったりはしない。」
それを聞いた男が少し目を見開いた後卑しい笑みを口に浮かべ刃を軽くたてる。
「ソレもいいですね。見せしめとして先にアナタの事を殺しましょうか。四肢を最初に切断して弱ってく様を見せ付けてしまえばオーキド・グリーンも揺るぎますかね?」
全身から血がなくなる感覚に襲われる。なんて言った?ねえちゃんをコロス?両手足を切断?冗談じゃない。そんなことをしたら死んでしまう。
考えただけで目眩がして目の前が真っ暗になって倒れそうになる。
「やめろ……。なんなんだよてめーら。」
喉が震えて声がうまく出せず小さな声になってしまったが相手は聞こえていたようだ。
「おや、コレは失礼しました。私の名はランス。ロケット団で最も冷酷と言われた男です。お見知り置きを。」
こちらはアテナといいます。などとランスと名乗った男が言葉を続けるが正直それどころじゃなく、頭にかみなりが落ちたような衝撃を受けていた。
ロケット団!?ソレはかつて今は失踪しているレッドが潰し、復活も最近阻止された筈だ。なのに何で今、
「不思議そうな顔をしてますね?コレ以上侮られるわけには行きませんから。報復はマフィアなら当然。」
愉快そうにランスは呟くが、内心は怒りが煮えたぎっているはずだ。そして、その怒りの矛先のレッドは失踪中で矛先の向け処を見失っている。万が一ロケット団が情報を握っていたとしてもレッドに数で勝っても戦闘では圧倒的力量差を見せつけられるだけだ。
「残念だったな。レッドがどこにいるかなんて俺も知らねぇ。」
だから、お前等はどうしようもねーんだ。と少しだけ、余裕を見せ挑発する。人質が一人ならまだしも片方を助ける隙にもう片方を危険に晒すことになる。それだけは避けたかった。
しかし、ランスは「ははははははっ」といきなり笑いだし、焦りは何も見えなかった。まだ何か隠し持っているのか。身構えると笑いを何とか堪えようとしているランスが口を開く。
「オーキド・グリーン何を聞いていたんです?私達は貴方を監視下に置くと言ったんです。貴方にレッドの所在を聞きに来た訳じゃない。」
目的が見えない。俺だってレッドの所在は知らないし、一応レッドに俺の番号が入ったポケギアは渡したが俺自身が番号を知っているわけでないし、掛かってきた試しもない。
それ以外には、悔しいことに俺は今のレッドの事を全く知らない。………生きてるかさえ、知る術がない。
「ランス、おしゃべりしに来たんじゃなくてよ。」
「それもそうですね。ヘルガー」
ナーバスになっていた俺にヘルガーが飛び掛かってきた。が、ピジョットが制し俺にワザが届くことはなかった。
確かに、今は情報が全くない幼馴染みより目の前で殺されそうになってる家族の命が大事だ。もう14だってのに俺って奴は。
「ありがとうピジョット。もう大丈夫だ。」
「何がです?」
ピジョットに笑顔を向けたすぐあとに後ろに赤い閃光が放たれる。次の瞬間には何かが身体から失われていく感覚。
ピジョットの眼球に映し出された俺のすぐ後ろには青い影。ああ、ゴルバットか。
血が吸われて脳に行き渡らなくなったのか、やけに冷静な思考回路だった。視界が揺らぐのを待つ間もなくいつの間にか倒れていた。
床には小さな粉がいつの間にか積もっている。その粉が何なのか理解する前に意識は途絶えた。
「グリーン…!!!!」
ああ、私の愛しい愛しい愛しいグリーン!目の前でゴルバットに襲われ倒れるのを救うことも出来なかった。ああ、せめて抱き起こさせて!!!!
首に食い込んでいる包丁も無視し、弟を抱えあげる。すると、私の愛しい弟は吸血されたことになり真っ青になり腕は力無く垂れている。しかし、筋肉が強張っているのかさっきからひっきりなしに小刻みな痙攣をしている。コレは確実に吸血による作用ではない。
ふと、しゃがみこんだ風圧で舞っていた粒子に気づく。コレは、ポケモンのワザだ。
指先に僅かに痺れが走り咄嗟に口を塞ぐ。しびれごな!そう理解してもう片手でまひなおしを探す。基本的にそういった異常を来すワザはトレーナー自体も被る危険があるためトレーナーにも使えるようになっている。やっとの思いでまひなおしを取り出し膝に頭を預けさせているグリーンに使おうとするが、紫色の太い尾に邪魔をされる。紫色の尾は弟の細いウエストに巻き付き私のもとから引き離し連れ去ってしまう。
「ピジョット恩返し!!!!」
自分でも驚く速さで指示を出していた。
しかし、ヘルガーの雷を纏った牙が行く手を阻んだ。
油断していたピジョットの首元に牙が食い込み、抵抗に羽を羽ばたかせ、毛並みの良いピジョットの羽毛が部屋に舞う。
駄目だ。このままでは、弟が愛しているピジョットまでもが命を危険に晒してしまう。
「ピジョット戻って!」
もがき苦しんでいるピジョットを赤い光が包み込み、苦しみから解放する。
ごめんなさい、そう心の中で呟いた後ロケット団と名乗った二人を睨み付ける。
「そんなに怖い顔をなさらずともアナタの大切な弟さんをそう簡単には殺しませんよ。」
喉を鳴らし笑う男にどれほど包丁を投げつけてやろうかと思ったことか。しかし、彼を庇うであろう彼の手持ちには罪がない。使い手によってこんなにも変わってしまっただけで、傷つけるわけにはいかないのだ。傷つけば、グリーンだって悲しむ。自分のせいだと思って自身を責めてしまうのだろう。自分を責めて苦しむ弟の姿が思考を掠めただけで、手は包丁を投げようとはしなかった。
「マタドガス、毒ガスです。」
だから、彼が、ポケモンが放った技に大してろくな抵抗なんてできず、享受するしかなかった。
微かに「命以外は保証できませんがね。」といった言葉を捉えながら、憎悪に満ちた精神に暗幕が降ろされていった。