トラウマ 後 赤緑より
「断ると思うかね?」
ゆっくりと振り向いたグリーンに笑顔を向けると、小さな笑顔を返した後少年は「わりーな」と少し曲がった感謝の言葉を述べグレンを後にした。
時は少し遡り、深夜。
常磐の少し外れにある森とは違う人が立ち入らない樹海。
そこに少年は佇んでいた。
群れのボスと思われるギャロップを追いいつの間にか普段の活動域からだいぶ離れていた。
当然ギャロップは見失い、黄色い相棒以外には夜なだけあり、動く気配はない。
活動域である山が離れて見えるし、何よりココは温暖だ。修行になりそうにない。
仕方なく山を目印に歩いて帰っていると小屋が目に入る。こんなところに小屋があるとは知らなかった。
見た目からして頑丈なんだろうがだいぶ使われてないらしい。周りの雑草は延び放題だ。
休んでから帰ろう。そうおもい扉を開けて廊下を渡り部屋へ入る。
すると、予想にそぐわず、他の物より新しいベッドが真っ先に目に入る。
誰かこんなところに住んでいるのか?しかし、この散らかり方………、
諦め半分に床を眺めているとキラリと輝くものが視界を捕らえた。
ベッドの下に手を伸ばしソレを取り上げ確認した瞬間心臓が停まったかと思った。
コレはこんな辺鄙な所に落ちていて良いものではない。
在るべきは僕の幼馴染みの胸元、そこで目一杯の太陽光を受け輝いてるハズなのに。
ヒビが入って無残に転げ落ちていた。
改めて回りを見回すと、僕が修行に出る際に彼が着ていたような服とお揃いのような色をした布が落ちている。
拾い上げ細部まで眺めると、無理矢理引っ張って切り刻まれたような荒い切れ目。
ベッドのシーツを外し土台をみる、すると少し生臭い臭いが鼻をつき、シミが目に入る。床にもソレはあり、ソコの跡がある場所は他所よりも腐敗が進んで黒ずみを作っていた。
そしてベッドの柵には固く結ばれた縄。結ばれてない方はボロボロと綻んでいる。
カチカチと頭の中に嫌な妄執が構築され合わさっていく。
嘘だ、嘘だ。こんなの僕の妄想。
頭を押さえ込んで唸っているとタイミング良くか悪くか廊下から扉を開ける音と複数の人間の足音と話し声が聞こえてきた。
静かに流れに任せようとも思ったが聞こえてきた話し声で平静を繋ぎ止めていた糸すらも繋ぎ止めるのを放棄する。
「流石に逃げられたみたいだな。」
「ニュースになってないな。」
「逆に喚問で役員叩いたとかやってたぜ。」
「せっかくの上玉だったのにな。」
「良かったよなー」
オーキド・グリーン
「ねぇ、」
「え」
稲光の様なものが壁に大きな穴を開ける。
けたたましい音と男の聞きたくもない下衆な汚ならしい声。
あ、吐いた。
へえ、
「お前達、グリーンに何したの。ねえ答えてよ。アレベッドのシミ吐いた跡だよねしかも何回も吐いた跡があるんだけどどういうこと。吐かされた回数なんて比じゃないのに蹲ってどうしちゃったのお前達がしたんだからされた側の苦しみ受ける覚悟くらいあるよね。まさか無いでした訳じゃないんでしょ。ホラ立ちなよグリーンの苦しみがこんなので終わるわけないでしょ。ねえってば何か言ったらどうなの。どうだった?嫌がる人を組み敷いて無理矢理した気分はどうだった?解らないの?黙って相手に言葉を伝えられるのなんてエスパータイプだけだよ。そうだ僕が今からお前達をなぶり殺していくなんてどうだろう。首に縄をくくりつけて逃げられないようにして横でお友達が順番に死んでいくの。次は誰だ。その次には自分がいる。でもそんな程度でグリーンの苦しみが解るわけ無いよね。ねえ、どうしたら解るの?」
教えてよ。
そう言って一歩近寄った途端今幽霊に出くわしたと言わんばかりの勢いで一斉に走り出す。
ボルテッカーを食らってはいた奴も走って逃走してる。
頭では考えてないかのように手は自然と動き、投げ放った球体から赤い閃光を煌めかせた。
そして到底自分の声とは思えないような低い声で指示を出すのを壁一枚隔てたようにまるで他人事らしく聞いていた。
ブラストバーン
普通のサラリーマンが休みでも俺は仕事。
金曜日だけ仕方ないと言うことで他は出勤しなくてはと決心してトキワへ向かった。
すると遠くからヤスタカの声がした。
ピジョットから降りてある程度近づく。にしても早いな。まだジムを開放するには早すぎる時間帯だ。
「リーダー!!もしかして犯人いたんですか!?」
ヤスタカは逃走した俺を見つけ、介抱してくれた為少しだけ事情は知っているが、なぜそんな事を思ったのか。
訳が解らないという顔をしているとヤスタカは勝手に会話を続けた。
「だってあの森で倒れてるリーダー見付けたし、あんな火力繰り出せるのリーダー位じゃないですか。」
ハッとしてピジョットで再び上空へあがる。
すると外れの樹海の中心辺りから半分以上が黒く焼失されている。
アレは、俺のウインディにも出来ない………
地上に降りてからヤスタカの「なんか複数の男が赤目の鬼がどうとか大火傷してるくせにのたまってましたよ」という言葉を軽く流しながらジムへ向かう。
焼け方から尋常ではないためさぞ消火も大変だっただろう。そんな中ジムリーダーがいないとは。金曜日だけ仕方ないと決めたそばから少し罪悪感で心が傷んだ。
ジムリーダー専用執務室に入り固まる。
ドアを開けると何故か目の前には俺を捉える赤い眼球が二つ。
レッドだ。
なんで、という思いに混乱しやっと口を開こうとした所で手が突き出される。
反射的に肩が跳ねたが気づかない振りをして手を除く。
その中には………
ジムに行けば高確率で会えると思い早いながらも腕の中に大事な大事なボロボロの布切れとヒビが入ってしまったネックレスを抱き込んで持ち主を待つ。
何時間も待って現れた彼は憔悴しきっていて、少し戸惑った。
しかし、今の彼にかける言葉は思い付かないため返そうととりあえず腕をつきだした。すると跳ねる肩。
僕はあんな奴らじゃないのに…。
そう思うと辛かったが彼は何事も無かったように手の中を覗いてきた。
そして一瞬固まる。
「どこ、で…」
無言の僕を確認しようと彼は顔を上げた。
その時にチラリと見えた鎖骨で気付いた。
今は秋なのにかなり厚着をしている。昔から肌の露出が多かったわけでは無いが、更に減って今では殆どない。
「そっか、…………」
声色だけで沈んでいくのがわかる彼にかけて良い言葉なんてコミュニケーションが苦手な自身から見つかる筈もなく、
「気にしてないよ。グリーンはいつだって大事な大好きなグリーンだよ。コレ、大事なんでしょ。」
そう言って押し付けるとグリーンは、初めて僕に涙を見せた。
チャンピオン戦の時ですら見せなかった彼が。
「ありがとう」虫の羽音よりも小さい振動で伝えられた言葉に思わずグリーンを抱き締めると、彼はかなり怯えた様子だったが落ち着いてくるとやがて腕を回し返してくれた。