トラウマ 前 桂緑?


カツラはリーグの本部があるセキエイに召集されたためゆっくりと向かっていた。ポケモンで向かうのが一番早いのだが交通機関を利用し、移動を楽しむ。年寄りの遅刻にいちいち文句をつけてられるほどリーグの人間は暇でもあるまい。
船を降りて、電車に乗り換えてからも考える内容は変わらなかった。
それは、2年前にチャンピオンを経験し、今はトキワジムのリーダーを勤めているグリーンの事だった。
最近グリーンがトキワジムをよく空けると言う。
はて、そんなバトルから離れられるような無関心な子供だったろうか?あのレッドよりも速く挑み速く勝っていったと言うのに。
初めに無断で1ヶ月休んでからジムが開かれるのを待っていたトレーナーの相手をしてまた空けやすくなったという。
虚弱な訳でもなかったろうし、リーグが今回喚問と仰々しいものまでするのだから怪我などの申請もないようだ。
説明責任を問われているのだろうが、そんなに大事な理由などあるのだろうか。
リーダーの召集は戒めや、意見を聞くためと聞いているが、ナツメに関しては尋問でもあるのだろう。
そうこう考えている内にセキエイの門が見えてきた。ふむ、遅刻にはならなさそうだ。喚問の開始5分前ではさして変わらないが。
案内係に嫌な顔をされながら急いで案内されて入った会場は円を描くように席が並べられ中央の証人台に喚問の主役は立たされていた。
俯いた顔は表情が窺い知れなかったが、こんなもので晴れやかな顔をしているわけでもないだろう。
「カツラさん、こっちです。」とタケシ君に促され席に着くと役員が開始を宣言する。どうやら私が最後だったようだな。コチラを見ながら咳払いをされてしまった。
「やな感じね。」とカスミが怒ってくれたが、どうも年を取るとそういうものも気にならなくなる。
始まった会議に静かに耳を寄せる。
大勢の役員や、ジムリーダーに聞こえるようなよく通る声はグリーンの最近の行いを然も考えの足りてない自覚のない行いをするワルガキのように伝えた。まだ理由も聞かずに不条理な。
どうやらジムを空ける以外に勝ったトレーナーにジムトレーナーを通してバッジを渡すや、アドバイスもまともに行っていなかったようだ。本当にどうしたというのか。
一通りの説明をした進行の問い掛けにもグリーンは顔を上げずに間違いはないと肯定の意思を見せるために頷くだけだった。
その行為に対して注意の声が飛ぶが一向に顔をあげないグリーンに証人台の近くにいた役員が様子を窺おうと席を立ち手を伸ばす。
バシンと痛々しい音が場内に響いた。
コレは予想してなかった。役員の手が勢い良くグリーンに払い落とされた。
グリーンが後退り証人台の手摺にぶつかる。
明らかに避けている。いや、怯えているか。弱気でもなかったろうにこの老いた目にもハッキリと震える姿が写った。
どよめく会場を余所にナツメが席をたつ。顔色が酷く悪い。
その後に続き私もグリーンを叱責する怒号が鳴り響く会場を後にした。
扉を潜るとすぐ横の壁にナツメは蹲っていた。
「大丈夫かね?」
そう言うと口を抑えていた手を下ろしナツメは弱々しい笑顔を向けた。
「ええ、私は大丈夫よ。」
「なら良いんだ。」と笑顔を返すと彼女は遠い目をしながらゆっくりと話し出した。
「手が伸ばされた瞬間、グリーンの感情が、一気に流れてきたの。怖い、怖い、怖い。って…最初から怯えているようだったけれど、喚問に対してだと思ってたわ。でも中身を抉られるような恐怖感が…」
悲しそうな表情をしてナツメが言い淀む。ナツメも心配だが、グリーンのほうが苦しんでいるようだ。
「じゃあ私は戻るよ。」と簡潔に告げるとまた出てきた扉を潜る。
入ると丁度エリカが発言しているところだった。
「彼は今心身が穏やかではないようなので、こんなもの止めろと言っているんです!!」
毅然と発言はしているが苛立っているようだ。役員の対応からするに想像はつくが、「さっきからこの状態でも続行させようとすんのよ!?」とカスミが耳打ちにしてはデカイ声で現状を教えてくれたお陰で確信へとかわる。
「ふーむ、コレでは続けられそうにないな、さて、ジムリーダー諸君今も挑戦者は待っている。こんなところでうかうかしてられないぞ。」
大きめの声で発言すると、グリーン以外のリーダーは立ち上がり出す。リーダー以外の四天王までもが退出しだしたため役員も続けられないと判断したのか続々と退出していった。
誰もいなくなった会場をみやると、荒く呼吸をする音が聞こえてきた。中央に近寄ると、先ほどではないが、未だ震えている体操座りのグリーンがいる。
「大丈夫かね?」
ナツメにもかけた言葉を原因の彼にも伝える。
すると、今度は顔をあげる。目はやつれ、酷い隈がある。
「わっ、悪かった、な。無駄足になっちまった。」
心底申し訳なさそうに謝られたが、これ以上彼にストレスをかけては世界から今度は姿を消してしまいそうだ。そう見えてしまうほどにいつもの勝ち気な性格はなく、儚い少年、まるでグリーンでない人物と話しているようだった。
「いや、丁度洞窟に行き詰まっていた所だ。いい散歩になった。」
笑顔を向ければ笑顔で彼も返してくれるが、目は笑っていない。
「立てるか?」
そう手を伸ばすとビクリと震え、また後ずさろうとする。しかし、今度はすぐ正気に戻り、行動を理解して自嘲した。
「は、はっ………笑えるだろ。こんなにビビって情けねーよな…」
そう言うとさっさと目の前のか弱い少年は一人で立ち上がり走り去っていった。


翌日、グレン島を散歩していると少し上のところに人影が見えた。おや、この島の朝方に人がいるとは。と思い近づいていくと、先日の喚問の主役だったグリーンがいた。
「グリーン、」
声をかけるとやはり、肩を大きく揺らし、勢い良くコチラを向く。片手はモンスターボールに添えられた状態で。
カツラと認識し、一息吐いてから岩に寄りかかるグリーンの横に「失礼するよ」と軽い挨拶がてら言ってから座る。
それにあわせてグリーンも地べたに座るものだからなんとも可愛い孫といるような気分に錯覚する。
「この前は悪かったな、」
気にしていたらしく再度謝られる。
いったい何に怯えていたのか、周りには誰もいない。
「理由を聞いても?」
そう言うと、見せていた多少の笑みすらも消え失せ死人のような生気のない表情になる。
暫く何も言わない沈黙だったため波音が無音の妨害となる唯一の音となっていた。
「カツラならいーかな…」
消え入りそうな声に耳を澄ませる。話を聞きたいためでなく、彼を安心させるために「最近は物忘れが激しくてな、大丈夫3歩も歩けば忘れるよ。」という。
「バレバレだぜ、」と笑ってくれた後に哀愁を漂わせながら横の少年が過去を話し出した。

1ヶ月も空けたのは、ワザとじゃねーんだ。行きたくても行けなかった。あのとき、バトルが熱戦で、トキワのセンターにポケモンはみんな預けて、一人で帰ってたんだ。そしたら、トキワを出るってときに車が目の前で止まって、沢山の男が出てきた。なんだ、って思ってると、腕を掴まれて、口塞がれて、目隠しもされて、その後頭を殴られた。すっげー痛かったのに、気絶できねーし、力も入らなくなっちまって、そのまんま車に入れられたんだ。バカだよな、一匹くらい連れて帰れば良かったのによ。
で、目隠しと口塞ぎが取られたときは、俺はベッドに縄で繋がれてたんだ。
暴れて、どうにか逃げようとしたけど、首が絞まるだけで、何も出来なくて……服が切り刻まれていくのも、ろくな抵抗も出来ずに、押さえ付けられてるだけで。じーさんから貰ったネックレスも、とられちゃって、怖くてじーさんに会えねーし。
そこからずっと地獄だった。知らない奴の手が沢山伸びてきて、俺の体を触ってくんだ。無理矢理お、おか、犯さ…れて、意識が飛んでも起きたら誰かに入れられてて、入れる奴が変わるときにしか抜かれないし、飯ろくでもねーし、飲み物なんてあいつらが口の中にだしたやつで、何にも考えれなかった。なかには、暴れると暴力までしてくる奴もいたけど、それよりやな事してくる奴もいた。
3回位誰も居ないときがあって、その時が凄い幸せだったけど逃げようと縄を取るのに集中した。
一回目は縄も簡単に取れて、逃げれたけど、途中で気絶しちまってたらしくて、気付いたらまたベッドに繋がれてた。そっからもっと酷くされて、よく覚えてねーんだ。とにかく縄取るのに必死だった。
だから、捕まってた場所もわかんねーし、逃げてきた道もわかんねー。
せっかく姉ちゃんがじーさんに頼んで買って貰った服もじーさんがくれたネックレスもとりにいけねーし、まず、こえーんだ。
伸びてくる手が、囲んでくる人が、近くにいる人が。
情けねーな、頭ン中が真っ白になっちまって呼吸の仕方も解んなくなるんだ。本当に情けねぇ。
人に触れない、近付けない。ジムリーダーの仕事あんのに気持ち悪くて歩けない。ベッドで寝ようとしても眠れない。いつまた捕まるかわかんねー。犯人覆面してて顔もわかんねー。


そうまるで他人事のように話しておきながらも途中からは明らかに呼吸は荒れ、軽いパニック症状を起こし震えていた。
この少年は長年生きてきた私とて経験しえなかった恐怖をわずか13で経験してしまった挙げ句、植え付けられ蝕まれてしまった。
そんなに何故世界は彼を不幸に陥れてしまうのか、彼には幸せも当然ついてきているが、それは彼が努力してやっと勝ち得たもので、逆の不幸は一つ一つがいちいち重い。
それでも必死に現実を受け止め、皆に迷惑をかけまいと生きる姿は健気にも見え、どこにその悲しみが収まるのか疑問にしかならなかった。いや、きっと収められなく、溢れだした結果なのだろう。

「海は、今こそ青く澄んでいるが、かつては、赤潮や石油でくすんでしまった。」
「?」
グリーンはいきなり話され出した哲学のような内容に疑問符を浮かべる。
「グレンでも荒んだポケモン研究があったが、マグマの下に埋もれた。」
グリーンはいきなり話され出した内容だろうと静かに耳を傾けてくれている。本当に、なんて出来た子なんだろうか。
「海は汚されても本来の美しさを保っているし、悪と言われるものはマグマに埋もれ、地に還った。」
「………………。」
「私には、君が負った傷を到底理解できん。私がされたわけではないから。」
静かに透き通るような白い肌に涙が跡を作る。
「しかし、君の純粋な心や、諦めない心、グリーンの良いところは面識は少なかれど知っているし、私のしらない魅力をまだまだ持っていることも知っている。」
少し見開かれた目が立ち上がる自分を追う。
「因果応報。勿論、悪が滅びる事も知っている。」
振り向き様に笑顔でいうと、少しキョトンとしたあとに今日初めての笑顔が返される。
ふむ、少し位は励ませたようだ。
「ああ、俺はワタルよりつえーしな。かっこいーに決まってんだろ!」
いつもの強気、それがやっぱり彼に似合う。
「犯人探しなら付き合おう。」彼の力になりたく、進言するが、「いーよ」と断られてしまう。
モンスターボールをグリーンが空に向かって投げると、ピジョットが声を轟かせながら現れる。
「俺にはコイツ等がいっからな。」
じゃあ、俺戻るよ。と言ってグリーンが私に背を向ける。
私も風で転ばないようにすこし離れた。この年で転ぶのは洒落にならん。
「なあ、カツラのじーさん。」
ピジョットを撫でながら振り向かずに呼ばれる。
無言で続きを待っていると小さな声で続けた。
「やっぱ、さ。それでもこえーんだよ。」

「連れ去られた金曜日は特に」

だからさ、金曜日だけここに匿ってくれねーかな。

ピジョットの喉元を撫でながら小さな声で請われる。無論、断る理由などない。



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