キミキライキンミライ
人魚姫ってさ、王子に自分が恩人だってことを伝えきれずに死んじゃうじゃん。勘違いさせっぱなしで最後には、王子の血を流せば自分は助かったのに刺せずに消えるの。
なんてバカなやつ。そう思ったね。
「あー、だいぶ炎症起こしてますね。」
医者に言われた言葉にそりゃそうだろうなという淡白な感想しか抱かない。声が出ないくらいに腫れてるのは解ってる。適切な治療を受けるために病院に来てるんだから。
気管支炎の咳止めやらトローチやら抗生剤やら、ザッと数えて六種類。処方された薬の量に、改めてどれだけ喉を傷めたかを示される。
嘆願されて雇ってやったジムトレーナー達にも、呆れた表情を浮かべられるほどだ。気まずくって目を逸らした。
傷めている自覚はあった。あー、なんだか喉が優れないな〜と気付いていながら、パフォーマーなお口は喉を酷使させ、結果この様だ。ざまあない、自業自得ってやつ。
不調を認識して無視した結果だから、ジムトレーナーのこの表情は当然だし、俺は何も言えない。まあ、言おうとしても声は出ないが。
「なんだか静かなあんたって覇気がないな。」
呆れ顔で我がジムの小手調べに言われるが、心外な。俺の覇気とやらは口でしか成り立たないのか。まあ、酷使しないようパフォーマンスも控えてはいるが、してないわけじゃない。完璧に声が出ないんじゃなくて囁き程度なら出せるからな。…まさか、俺の覇気は騒がしさで成り立ってるって言いたいのかコイツは。
「……。」
返事をしなくても気にしていないらしい。
どこ吹く風でヤスタカは片付けを始めた。何をしてるんだと目で訴えれば片付けていたのによく気付く、先にも見た呆れ顔をまた浮かべられる。俺が喋れないのをいいことに、睨みも見て見ぬふりをしているんだろう。
「その状態じゃ、挑戦者来ても話にならないでしょう。…いや、あんたはいいだろうけど、どうせアイコンタクトで指示通じるんだろうけど…畜生。…あんたの出した技が区別できない挑戦者が可哀想でしょうが。」
言われてみれば確かに。
朝の内にアイコンタクトで指示が通じるか確認してきた(無論、問題なかった)が、挑戦者は俺の指示した技を、繰り出されてから確認することになる。それは確かに、反応が遅れ後手に回るだろう。このジムの意義としてはよくないな。
じゃあ、帰る。
そういう意味でバイビーとジェスチャーすれば、後ろで聞き分けの良さに唖然とした小手調べの「ちょ、リーダーも片付けしてってよ!」との遅れた叫びが聞こえてきたので、扉で遮ってやった。
しかし、こういうことした天罰かどうかは知らないが、家でイーブイとゴロゴロ療養していれば、面倒な噂好きのあのヤローがどっかから聞き付けてきやがる。
「風邪、引いたんだって?」
人をあげつらう笑みで入ってきたのは、お隣さんってやつだ。これがおばさんなら聖母降臨といった有り難さなのに、その息子である幼馴染みの方。魔王来訪。ジーザス。
「……。」
じとりと如何にも迷惑そうな視線を返せば、更に深まる笑み。
「声が出ないって事も調査済みなのだよこっちはー!」
あっ、すごい煩い。
勝ち誇ったような高笑いと共に告げられる発言に苛立ちゲージがあがっていく。
じゃあ帰れ。
大変不本意ながらの囁き声で告げれば、「ん?なになに?」とあからさまな行動を返してくる。苛立ちゲージがまたあがっていく。
…こいつ何企んでやがる。
いやな目線で様子見していると、満足したらしく「そうか、なるほど。話は解った。」と大儀そうに頷く。ほんとなんなんだコイツ腹立つな。話が解ったなら帰れ。
「『声が出ないしぃ、風邪がツラいからぁレッドに世話してほしいーっ』だって?仕方ないなぁー!もう!」
「!」
コイツこれが狙いか!
あとくねくねした動きがキモい!その誰を真似したとも解らない声音も気持ち悪い!
そんな事言ってねぇよ!と面倒事になる前に蹴り出そうとするも、この雪男は流石野生化しただけある。反射神経が伊達じゃない。いや、俺が風邪で動きが悪いのか。まあいいや。もうどちらにせよ手遅れだ。
俺様決死の蹴りを確認してからその持ち前の反射神経でかわしてくれたレッドに、ベッドへ押し倒される。
「『やだぁもぉー看病してくれるとか嬉しい〜。俺プリンが食べたいな〜』って?もーグリーンってばワガママだなぁ」
言ってねぇよ。勝手にお前の妄想でワガママにされてる俺の身になれ。
「そう言うと思って〜、買ってきましたー!プリン!」
いらねぇ帰れ。
「気が利く夫だろう」と言いたげだが、断言できる。プリン食いたいのはお前だ、レッド。
「ほら、あーん。」
現れてから終始ウキウキ顔のレッドにスプーンを差し出される。とても嬉しそうにしているレッドを見ていると、なんだか毒気を抜かれてしまった。これでもコイツなりに気を使っているのかもしれない。
仕方ないな、と差し出されたスプーンをくわえると更に輝くレッドの笑顔。
まあ、お腹減ってたし…。
嬉しそうにしているレッドを見ていると妙に気恥ずかしくなり、気を逸らすように納得する。
その後も、嬉しそうに差し出されるスプーンで大人しくプリンを食していくとそれはもう、レッドは喜びの舞を踊り出すのではないかと心配になるほどだった。
そして、解ってはいたがこれで終わるわけではない。プリンを食べ終わると、喋ってもないのにまた「何々?」とさっき俺が食うのに使っていたスプーンをくわえながら、耳元に手を当てるジェスチャーを始める。なあ、俺何も言ってないんだけど。お前は何を聞いてるの?幻聴?病院行く?
「喉が渇いたって?そりゃ大変だ!ほら飲み物だよ!」
言うや否や、顎を掬われペットボトルに無理矢理口付けさせられる。ふざけんなバカ、かなり飲みづらいだろ!
容赦なしに流されるスポーツ飲料を慌てて飲み下していく。苛立ちゲージは急上昇しているが、ここでこいつを振り払ってみろ、ベッドが惨劇になるぞ。現に、ペットボトルを奪おうとしたが拒否され、若干スポーツ飲料の水滴が舞った。
「えっろ…」
必死に流し込まれる飲み物を飲み下していると横から生唾をのむ音とバカみたいな感想が元凶から告げられる。あ、やばい飲みきれない。
こいつ絶対許さない。そう胸に留めて、バカ野郎の裾を引っ張ると漸くペットボトルから解放される。結局ベッドには水滴が結構落ちたから、最初にレッドを蹴飛ばしても大差なかったかもしれない。
この最低なレッドの看病(と言っていいのかは甚だ疑問である)が、なんと夕暮れまで続くことになった。なんでも、レッドが来た時点で姉ちゃんは出掛けてしまったらしく、あろうことかレッドは姉ちゃんから「任された」らしい。
レッドに任せるとこうなるんだぜ、姉ちゃん。
ベッドはびちゃびちゃな場所があるし、机には毛を逆立てて警戒態勢を解かないイーブイが唸りをあげて降りなくなったし、レッドに関しては現在床に撒き散らせてくれたお粥を片付けている。
惨劇だ、この状況は。
しかも終始調子に乗っているため、面倒くさい。「え?レッド愛してる結婚したい?」とか声がだせても絶対俺が言わない戯言がどうやら聞こえてるらしい。
薬で抑えられてるとはいえ、息が上がるような事をすればすぐ咳は出るし、一回咳き込むと胃の中の物が出るんじゃないかと疑ってしまうほどに止まらなくなる。けれども、コイツはそろそろ一発くらい殴らないと気が済まないぞ。
そういえば、童話にもあったな。声が出なくなるってやつ。あの手のものに興味はないからよく覚えてはいないが、人魚が人間に恋して人間になるが、最後は恋叶わず泡になるってやつ。昔きいて、この人魚はバカだなと思った記憶がある。
泡になって消えるとかそんなリスキーなものでもないけど。バカだなって思った人魚姫と奇しくも同じ現状な訳だが、言いたいことは真逆で「レッドてめぇ覚えてろよ」だ。もし、今姉ちゃんが現れて「この短剣で彼を刺せばアナタは声が出るようになるわ。」なんて言われたら、間違いなく刺す。レッド刺す。そして声が戻り次第罵詈雑言をぶつける。生憎、俺は人魚姫のように淑やかなんかじゃない。
俺の口は真実を伝えるためについてるわけじゃない。真実を伝えるために声を取り戻したい訳じゃない。
そうだな、まずは
「レッドなんか大嫌い」
そう目の前の男に言ってやろうか。
今はとりあえず、中指を立てる程度にしておいてやる。
「あっ、結婚指輪?中指につければいいの?」
ちげーよ、馬鹿!
end
あとがき
かなり前にMuddy Honeyの宵風千早さんとタイトル交換させていただいたものでした。大変遅くなりました;;
個人的には苦戦しながらもかなり楽しく書かせていただきました。
またやりたいな。かなり考えましたよね!普段つけるタイトルじゃないから!