長編16 思索(終)




 グリーンに、一度何気なく言われた言葉がある。

 あの時のグリーンは、憧れで不思議で、どこか儚くてとにかく自分を魅了した。

『退治、ねぇ…。お前本気でそんなこと思ってんの?』

 出会ってすぐ、一派の仕事を見せると仕事についていき、グリーンが鬼を退治していく姿に憧れて。
 鬼の姿は見えなかったけど、今まで自分に悪戯してくる存在を圧倒しているのは解ったから、憧れたのに。

『お前も他の奴等と同じなんだな。…好きなように考えれば良い。』

 そう言ったグリーンは、なんだか悲しそうで。
 必死に言った意味を考えた。

 今でもレッドは悪を許せない。悪は滅されるべきだと思っている。けれど、

 レッドには、悪と善の境界が解らなくなっていた。





 流石に政治というものに疎いレッドもこの都で一番豪華な建物がどこにあり、その中に誰がいるのか知っている。一度見たこともある。それは、グリーンに会うために乗り込んだからだが、赤い鬣の男がいて、護衛が特に固そうだったのを目の端にとらえた。

 今、目の前で、その男が血塗れで立っている。

「…餓鬼だな。サカキの手下か。」

「違う。…違います。グリーンは、どこにいますか。」

 刀を構えて、帝は訊いてきた。今にも斬りかかってきそうな気配に緊張が一気に高まる。
 斬られに来た訳じゃない。向こうが来るならこちらもそれなりに対応はする。

「グリーンはいない。手下じゃないなら何故ここに来た。」

 帝の背後にいる竜が起き上がる。彼もまた、血にまみれていた。

「グリーンがここに来ると思ったから。」

 グリーンは、いない。
 そしてグリーンの所在を聞くと目の前の男は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

「何故そんなにグリーンを付け回す!!」

 猛々しい激昂が辺りに響き渡る。よく見れば、周りには近衛兵だろう者達が倒れている。さぞ美しかったろう庭は荒れ果て、帝の雅な御召し物も今では薄汚れていた。
 刀についた血だけが鮮やかに存在している。

「だって、グリーンは…!」

 いいかけて、レッドは止まった。
 グリーンは、レッドの何だと言うのか。最初に会ったときグリーンはレッドに無関心だった。彼が擁護したのは、精霊の方だ。レッドではない。
 次にあったとき、部屋を貸してくれて、屋敷を案内して仕事を見せてくれた。簡単な技も少し。
 恩人。確かに、この言葉は当てはまるがそうじゃない。もっと別の…利益だけの関係じゃない。

「答えないなら、このまま切り捨てる。」

 帝は腰を入れ、竜も臨戦態勢になる。

 グリーンは、憧れだけど、憧れの人という枠組みではない。前は確かに憧れだった。しかし、時折見せる表情はどうしようもなく。憧れとも違う、慈しみのような感情が沸き上がった。

 グリーンはそんなもの要らないのだろうけど。

 ふと、この感情に当てはまる言葉がある気がした。なんだ、何が…。

「なんだ…。あの時の少年か。」

 帝の肩から力が抜ける。
 レッドの思考を遮った言葉は、帝もまたレッドが乱入した時のことを覚えていることを示していた。帝の立っていた気が凪いでいくのがわかる。

「あの生意気な餓鬼は都を出ていったよ。」

 苛立たしげに吐き捨てる原因がグリーンにあるように見えるのは、見間違いではないのだろう。汚れた御召し物で刀身についた血を拭う。

「どの方角に行ったか解りますか…」

「俺がその質問に答える義理はない。」

「帝様って…。」

 同じ人間の癖に偉そうだな。口を滑らしそうになり、何事もなかったかのように閉じる。帝は言いたいことを察したのか察していないのか、暫くねめつけていたが苛立たしげに刀を納め邸に上がった。

「…全くこの立場も嫌になる。たまには自由に羽ばたいてみたいもんだ。」

 天井に向かって呟き、こちらに振り返る。

「さっさと去れ。兵に見つかればお前はその場で処刑だぞ。…大城戸の近くの門から探すといいだろう。」

 処刑はごめんだ。レッドは突然の助言に呆気にとられたが、一礼しその場から駆け出した。


「あれがレッドか。」

 慌てて去っていった少年の背中を眺める。グリーンが変だと言った少年。
 レッドを見ていると如何に己が薄汚い人間で仕様もない立場にしがみついているのかまざまざと思い知らされて嫌になる。バカらしくなる。

 とても真っ直ぐな目だった。
 己の信念を貫き通し、他人が無理だという理想を叶えてしまう…

 綺麗事を現実にしてしまう少年。

「グリーンは、つらかったろうな。」


 グリーンも大概無茶をするが、綺麗事は絵空事に過ぎないと、現実の中で足掻き、綺麗な世界を自分を夢想し続けていたのだから、
 レッドといるのはさぞ辛かったろう。





 サカキは突如目の前に現れた少年に眉根を寄せた。奴さんも人に鉢合わせるとは思ってなかったのか驚きに目を見開き固まった。その間にサカキはつぶさに少年が、何者なのか観察し、そして眉根を寄せたのだった。

 目が気に食わない。

 少年の目が、精悍な顔付きが、気配が、気に食わない。

 何より今、京は部下が暴れているお陰で混乱に陥っている筈なのに、目の前の少年は場の空気に呑まれていなかった。一点を見つめているのがわかる。それが特に気にくわなかった。

「…ほう、式神がいるな。」

 少年の足元にいる鼠が目に入る。明らかに自然の鼠からはかけ離れた異形に、少年が混乱に呑まれない理由を悟る。しかし、式神を召喚できるからといって混乱しないわけではない。混乱したままでは式神は召喚しても不安定になる。安定した式神から、少年の精神力が知れる。

 力を、試してみたくなった。

「大城戸のものか。…グリーンの後釜か?」

 軽い挑発に、過剰に少年の心はざわついた。先ほどの呆けているような頼りない気配からは想像のつかない。グリーンと同程度か、はたまたそれ以上か。

 …しかし、餓鬼だな。

 たった一言でここまで心を乱し、抑える事も出来ないのだから技術も心もまだまだ拙い。すぐに有り余る力を御しきれずに自滅しそうだ。グリーンほどの脅威とはなり得ないだろう。

「グリーンのことを知ってるのか!!」

「手間のかかる餓鬼だった。失脚させるのにここまで騒動を起こさせるのだからな。」

「…お前が黒幕なんだな?」

 一気に少年の剣呑さが増す。怒りが肌を殴り付けてくる。思わず鳥肌が立つほどに。

「だとしたらどうする。」

「…お前を、倒す!」


 ほぼ同時だった。サカキは長年共に連れ添ったニドキングと呼ばれるゴーレムを。レッドは、初めて与えられた小さな小さな式である黄色いピカチュウの式神を。
 僅かな差で、サカキが仕掛けたのは先だったが、矮小な存在は素早く、技をぶつけたのは全くの同時。

 相性が悪い。レッドは跳ね返ってきた呪詛で悟る。ピカチュウは出そうと思った力に確実に応じてくれているのに、呪詛は相殺され、相殺しきれなかった分が術者であるレッドに飛んできた。頬から血が滲む。

 サカキの笑みが深まる。余裕の笑みに怒りがまたわく。この男は、グリーンを追い詰め、都を混乱に陥れ、未だに瞳に揺らめく野心の火が消えない。これ以上何をするつもりだ。この男の思う通りにさせてはいけないと直感が告げてくる。

 レッドは、元来正義感の強い男であった。グリーンの言葉で、悪とは何かに悩み、解らなくなっても、今、目の前に相対するこのサカキという男だけは、許せなかった。この男がもし社会的な善であったとしても、誰かの善であったとしても、大切な人を苦しめたサカキは許せない存在だった。

「フシギバナ!」

 才能があるとほめそやかされ、稽古され式紙を渡してくる者もいた。姿が見える彼らは好きだった。初めて見る姿は新鮮であったし嫌なことはしてこない。何より、寄り添ってくれる存在で、一緒にいて落ち着くし楽しいのだ。

 その中の一体、植物の化身。

 「五行を覚えろ。」グリーンに術を教えてくれと乞うた時に始めに言われたことだ。なんでも五行を覚えてなければ陰陽術は話にならないと。覚えることが得意じゃないレッドは、そんな事を言って逃げる口実が欲しいだけだと頬を膨らませたが、今なら解る。
 水は火に強く、火は木に強い。木は土に強く、土は金に強い。そして、金は水に強い。

 ピカチュウは恐らく金の属性だったのだろう、相手は技から推測するに土の属性。ならば植物を操るフシギバナが相性は良い筈だ。

「なんだ、無知と思いきや…」

 サカキが小さく溢す。やはり、相性は良いようだ。相手からはとても強い気を感じる。はやく倒してしまわなければあとが怖い。
 早々に決着をつけようとフシギバナへ指示を出す。サカキの式神はフシギバナの攻撃を諸に受けて次第に装甲にも傷が目立ち始める。

「…が、視野が狭いと意味がないな。そう急ぐな。」

 始めに、違和感を感じた。何が原因で感じたのかは解らない。式神の目か、サカキの余裕か。
 そしてサカキの言葉で気付いた。式神は力が弱まってなどいない。むしろ、安定していた。そして、──…。

「フシギバナっ…!」

 一気に力が膨れ上がったと思ったら、次の瞬間にはフシギバナが崩れ落ちていた。

「私のニドキングは我慢強いのが売りなんだ。」

 …このままでは、負ける。
 レッドの脳裏に過った「負ける」映像に足先から冷たくなっていく。敵だろうとなんだろうとこのサカキという男は強い。これは、まごうことなき事実だ。

 サカキから、笑みが消えた。眼光は鋭さを増す。細められた目の先には、先程まで怒りに身を任せ自滅へと奔走していた少年。

 気を抜けば、…やられるな。

 深呼吸のあと、閉じていた目をゆっくりと開いた少年の目は、ひどく真っ直ぐ未来を見据えていた。

「行くよ、みんな。」



 桜が舞う。山桜の白い花弁が春の訪れを報せていた。
 太陽光が暖かい。今日は風も気持ち良い。
寂れた家屋の床を鳴らし庭先に出ると、籠に野菜が詰めて置いてあった。人の気配がまだする。置かれたのはつい先程だろう。

「…俺はもう陰陽師じゃない。」

 弟子なんかとらない。
 グリーンは、まだ近くにいるであろう人間に向けて小さい呟きをこぼした。
 毎日、毎日、律儀に取れたての野菜を置いていくのは一人ではなかった。5人、身分を捨て都を出た男女が5人交互にくるのだ。

 空が翳る。上を見上げれば使役している怪鳥が狩りから帰ってきたらしい、その鋭い鉤爪に野うさぎを抱えている。

 今日は兎鍋にでもするか。
 必死に目の前に置かれた野菜を思考から追い出す。
 この野菜は、懇願であった。置いた人間達の弟子にしてくれと言う懇願であった。ご苦労なことだ。都での雅な生活を棒に振って、こんな汚い人間の元につきたいと毎日野菜を置いていく。
 この野菜を受け取るわけにはいかないのだ。受け取れば、彼らの行動を認めたことになる。
 綺麗な野菜だ。見ただけで、新鮮で栄養価も高いとわかる。

 …この野菜を、蹴って踏み潰せば、彼らは諦めるのだろうか。

 グリーンの脳内に過る考えを、グリーン自身名案だと思いつつ実行出来ずにいた。彼らの思いを無下に出来ずにいた。





 都は、安泰している。

 サカキの謀略を阻止し安泰へ導いた功績は、グリーンのものではない。
 俺は、途中で全て投げ出した。恩義がどうだと言って結局我が身の可愛さに義務を投げ出した。

 都にはレッドがいる。今や陰陽の大権威だ。あの鬼の姿も捉えられなかったレッドが。
 なんとも可笑しな、滑稽な話であるが事実、サカキと対峙し都を救ったのはレッドだから、当然の流れなんだろう。


 レッドは、俺を探している。探し出して連れ戻したがっている。ヤスタカ達も言っていたし、それは知っている。知っていて姿を隠している。
 残ったせめてもの意地だ。レッドは、あいつは己の正義感を鼻で笑ったやつの言葉を真剣に受け止め、考えてた。きっと、答えを見つけたんだろう。あいつは、真っ直ぐだから俺なんかじゃ見付けられない答えを見付けてるんだろう。

 そこに、レッドに連れられて戻るなんて出来ない。

 第一、戻りたくもなかった。



『おっ今日はうさぎかー。うーん、そこの野菜も食べた方がいいんじゃないのか。』

 グリーンと瓜二つの男が屋敷から顔を出す。
 指差した先は籠に入れられた例の野菜だ。

「駄目だって。」

 それは、こいつも解っていっている。そして彼らの含めた意味を無視してしまえばいいと言っているのだ。

「それより、その格好やめろよ。いくら俺が整った顔立ちだからって。」

 グリーンより、少し赤が強い髪色の少年は意地の悪い笑みを浮かべる。

『そーなんだよ、整った顔立ちだから変えたくなくってなぁ?』

 この会話をヤスタカは盗み聞きしていた。恐らくグリーンは自分の存在に気付いているだろうと思っていたし、それは間違いではない。しかし、ヤスタカは聞いていても彼が誰と何を話しているのかさっぱり見当がつかなかった。というのも、グリーンは異国語で話していたため異国の文化のないこの国で、彼らの言葉を解する人間は殆ど皆無に等しかったからだ。
 しかし、全てが解らないわけではない。彼の表情はずっと陰ったままだったが、その「誰か」と異国の言葉を使っているときは肩の荷が降りたように笑うのだ。きっと冗談を言い合っている。
 その笑顔を見てヤスタカは心底安堵した。

 都から姿を消す直前に見たグリーンさんは、決壊して狂っていた。あれは、きっと即席のものではなく、ずっと押し込めて、溜め込んでいたものが溢れた結果だ。恐らく本人も止めたくても止められなかったのだろう。
 だから、今の表情を見てヤスタカは本当に安心していた。
 都ではずっと無理していたのだろう。恐らく、贖罪の感情は捨てきれない。笑えるかも、わからなかった。

「グリーンさん!」

 茂みから勢いよく乗りだし声をかけると、まさか声をかけられると思わなかったのだろう、ぎくりと肩を揺らし忌々しそうな視線と合う。

「俺たちを下においてください!」

「ウインディ!!」

 ヤスタカの懇願には一切応えず、式神を召喚する。グリーンさんが居を構えている屋敷を発見した日も弟子にしてくれとお願いしにいったのだが、二の句も次げないままに式神で追い出されてしまった。
 だから、野菜や肉を差し入れていたが施しもお願いも受け入れられないのなら、何も変わらない。同僚には悪いが、俺は一人でも食らいついて放したくはないのだ、この存在を。

「ヤスタカずるいわよ!」

「抜け駆けか!」

「げっ!」

 やはり、類はなんとやら。自分が野菜を置く当番だったが、任せっぱなしにはしてくれないか。自分だって、他の奴が当番の日は同じようにしてるんだから当たり前か。

「グリーンさん!近くにいさせて頂ければ良いんですよろしくお願いします!!」

 つるんでいる仲間が揃ってしまっては仕方ない。五人で声を張り上げるが、式神の猛攻に全て四散してしまう。ついでにあたりの大地も四散してしまった。

「去れ。」

 そういって、次は威嚇ではすまないぞと札を出し身構える。
 彼は、頑なだった。頑なに、生きた人間との接触を拒んでいた。自分を犠牲にしてまで酷く、人間を愛し、深く、人間を憎む。そんな彼だからこそそばにいたいと思う。そんな不器用な少年だからこそ愛おしく、支えたい。

「例え、今ここで!死んでも!グリーンさんがグリーンさんである限り何度だって蘇って嘆願しに来ますから!!」

 それが、例え来世となっても。

「絶対!諦めませんからー!」

 最早連日続く叫びと爆発音が今日も山に響く。
 夕暮れ時となってヤスタカ達がぼろぼろの状態で都に戻ると、待ち構えている少年がいた。今や、陰陽師の生ける伝説と評されるような、大層おえらい少年はえらくご不満なようで、表情全面で感情を表している。

「これは、これは、大陰陽師であらせられるレッド様。今は総会のお時間なのでは?」

「君たちが帰ってきそうだったから。それよりその呼び方やめてよ。」

 勘弁してくれとレッドは口をへの字にして見せる。レッドは、以前から地位に興味はなかったが、それは大層な地位を得ても変わらないらしい。ちょっと意地悪だったか、息を漏らして笑う。

「じゃあレッド君、わざわざ総会を抜け出してまでのお出迎えありがとう。それじゃ。」

「どこ行ってたの。」

「わざわざ報告するような事じゃないよ。」

 話を切ろうとしても、許されなかった。行き先を言及される。これは、全員予想していた。そして、レッドが何を知りたいのか知っているからこそ、しらをきる。

「そうじゃない。グリーンは、どこなんだ。」

「さあ、私達も探してるのよね。」

 困ったように困った表情で言う。が、レッドは不満らしい。

「いつも!グリーンのところに行ってるんだろ!」

「いや、今回の反省を踏まえて、賊や悪霊悪鬼が付近に住み着かないよう警戒しているだけです。」

 声を荒げるレッドには、申し訳ないと少しくらいは思っている。レッドが言っていることが正しい。

「それだけなら、なんで大城戸を抜けたんだ。」

「限界だったんですよ。元から俺達は外れ者だったから。」

 しかし、自分たちの言葉も嘘ではない。大城戸の祖であるユキナリ様は好きだし尊敬しているが、何しろ巨大になりすぎた。組織体系は上層の人間が決め、選り好みしていたのだ。才能がある自分たちはそこそこ好かれたが、口出しはご法度。腐り果てたやり方に異議を唱えては嫌われていった。

 だから、グリーンさんに惹かれた。
 彼こそが、自分たちを纏め、牽引してくれる存在だった。才能があり、無駄を嫌った次期当主は上層の爺共に嫌われていたが、彼こそが当主になるべきで、他の追随を許さない人間だった。しかし、内部に彼を理解する人間はおらず、ユキナリ様は彼を過大評価し過ぎた。
 孤独だったのだ。
 そして外部の、敵には能力も、存在も、ありのままの力を認められたが故に、付け入られ、陥落させられた。

 自分たちは、気付くのが遅すぎた。そして、自分たちもまた、彼を過大評価していた。
 差し伸べられた手を、グリーンさんはとることが出来ない。己には人を不幸にしか出来ないと思っているから、苦しくっても後悔すると解っていても、差し伸べられた手をはね除けてしまう。
 はね除ける事が彼の強さだと、はね除けることを良しとしてしまった。
 それが、自分たちの過ち。


「なんで、グリーンは俺を拒絶する…?」

 話すことはもう何もないと、立ち去ろうとする自分たちに小さな呟きが聞こえた。
 ヤスタカは立ち止まり、レッドの瞳を見た。どこまでも真っ直ぐで、綺麗な瞳は、ただただ、悲しみを映している。
 この瞳は綺麗だ。真っ直ぐ生きることが出来ない人の理想そのものだ。
 だからこそ、魅力的に見れなかった。

「きっと、綺麗過ぎたんでしょうね。」

 この瞳は、いけない。真っ直ぐ歩けない自分の罪を映し出す。真っ直ぐ見ることが出来ない。

 その瞳は常にグリーンさんを見ていた。さぞ、辛かったろう。ただでさえ、自己を振り返り嫌悪しているのに、レッドの瞳を見ていれば嫌がおうにも自己を嫌悪してしまう。悪循環と解っていても。

 だから、レッド君をグリーンさんに会わせるわけにはいかないのだ。せっかく全てから解放されたのに。また柵で彼を縛らせるわけにはいかない。
 差し伸べられた手をはね除けるなら、はね除ける手を掴んで今度こそ離さない。向こうから掴めないなら、こっちから掴む。掴んで、握り返してくれるまで絶対にしがみつく。

 それが、自分たちの彼に対する贖罪であり、誠意なのだ。
















「グリーン」

 そこには、研究所と民家がいくらかあった。他は自然に囲まれて何もない。人は、その地をマサラと呼ぶ。

 研究所に向かい、先にいたらしい同い年の少年に声をかけた。呼ばれた少年は、振り返ると大きな瞳を数度瞬かせる。そうして、勝ち気な笑みを見せるのだ。

「   」


グリーン。

 次は、今度こそは、

 君を──。





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