つうじる



 こんな夢小説なら読みたいと思い書いた小説なのでモブ女性(さかき)視点ですが、まさかの名前変換機能がタグ認識して貰えなかったので、さかきという女視点のただの小説になりました。良かったら脳内で変換してください。バレンタイン前のやり取りです。






 入社1年目の新人が配属されてきた。

 彼は有名人だった。
 イケメンで、仕事も早く質が高い。おまけに彼女なしとくれば女性陣が黙っている筈がないだろう。生意気な発言はたまに傷だが、それは些末な問題だった。今では同室の女性社員や、他部署からも色目を使いにアプローチをかけにと、部署を頻繁に女の子が出入りしていた。

 私も、彼の格好よさに目を輝かせはしたが、アイドルを見ている気分だ。彼氏がいる手前、30近くなって20なりたての男の子と恋愛を考える気にはならない。
 そして、姿を見ていればわかる。

 アプローチをかけてる女の子は全員脈無し。


 残念ながら彼は、部下であるグリーンは、想い人がいる。
 健気な事だ。ガラス越しに眺める視線の先には、彼と同期である他部署の青年。
 話し掛けにもいかず、眺めるだけでそのまま通りすぎていけば、また仕事に戻る。
 思いを伝えることはないようだ。

 …焦れったい。

 グリーンが気付かず仕事に集中している時もあるが、企画室もいくらかある。そのどこにグリーンがいるか知った相手もそれはもう焦がれるような瞳でグリーンを見つめるようになった。
 たまに両者が気付けば、片手をあげて軽い挨拶をする。グリーンは直ぐに顔を下げるが歩いている間他部署の彼はチラチラとグリーンに視線を送り続け、グリーンは彼の姿が見えなくなってから名残を惜しむように廊下を見つめる。

 見る限り両思いなのだから、本当にじれったい。

「グリーン君、ちょっと一服しない?」

 彼らの春から行われる鈍行な恋愛が次第に鬱陶しくなってきた頃、季節は変わり冬となっていた。指先が冷え手を動かすのもツラい季節。

 これから、女の子達は彼に振り向いて貰うため必死にチョコを作るなり選ぶなりするんだろう。遠巻きに見ている分には構わないが、その女の子達の相談を受け、これからその子達がフラれて慰めることを考えると、どう考えても体が足りない。
 既に3人。
 既に3人から「グリーン君の好みを知りたいんですけど…」と相談を受けてしまった。相談したそうな気配を見せる子を足せば片手では足りなくなる。そんなことで時間をとられてはきりがない。

 早めに彼らには両想いであることに気づいて、周りの子達を諦めさせて欲しい。そう思って、声をかけたのだが当のグリーンは怪訝な表情を明らかにする。

「何ですか、さかき室長。藪から棒に。」

 そりゃそうだ。業務が始まってすぐに呼び出しを食らえば誰だっていぶかしむ。しかも彼の仕事は昨日確認して彼にも判を捺して返している。つまり、呼び出される筋合いはない。明らかに話をする名目に一服など嘯かれているのだからいぶかしむのは当然だ。

「いいから。ちょっと、」

 職権濫用か。そんな表情だが、溜め息を軽く吐いて大人しく後ろからついてくる。扉を開ける際、ガラス越しにこちらを見ていた他部署の子が慌てて逃げていった。
 然り気無く、グリーンの視線を追うが彼は済ました顔で気付いているのかいないのか眉ひとつ動かさない。



 寒いわね、などと当たり障りない会話をしながら向かった休憩室は、まだ始業から少ししか立っていないせいか人はいなかった。
 自販機でココアを買い、彼に手渡す。触れた彼の手は酷く冷たい。

「俺、エメマンが良かったんですけど。」

「はいはい、今度からエメマンにします。」

 文句を垂れる彼は楽しそうに缶を開けた。彼のデスクには使いきりのミルクが閉まってあることを私は知っている。苦いのは苦手なのだ。
 私に知られていると解っている上で文句を言う。一見すればただの嫌なやつだが、言葉遊びが好きなようで、今までのコミュニケーションでもしばしばあった。最初は何だこいつはと思わなかった訳じゃない。しかし、今となっては可愛いものだ。素直に嬉しいと言えない代わりに遊びを入れてくる。

「で、何ですか用事って。」

 ほう、と白くなる息を吐き出し僅かに緊張の解れた顔を浮かべる。うん、話を持ち出す雰囲気としては悪くない。いける。上司から恋愛事なんて口出しされたくないだろうが、仕方ない。

「ワタル部長が頭かかえてるのよね。」

 然り気無い会話から始めるつもりが、それだけでグリーンは察しが着いたようだ。ピクリと反応したあとうんざりだと言わんばかりの溜め息を今度は深く、あからさまに、吐き出した。

「俺、彼女は作りませんよ。仕事したいし。ワタルには諦めて貰わないと。」

 ワタルが仕切る部署はよく会議でも一緒になる。つまり、彼の部下の女の子はグリーンを目にして有望株である彼を直に目にしている。他の部署もだが、関わりのある部署の女の子はこぞってグリーンを落とそうと躍起になっていた。恐らく、ステータスにもなるんだろう。グリーン個人は重宝するが、グリーンが周りに及ぼす影響に関しては私を含む各部長の悩みの種である。だからグリーンが言っている「彼女作りませんよ」という発言は返答としては適切である。

 しかし、

「私が言いたいのはそうじゃなくて。」

 “恋人”、作らないの?

 当たらずも遠からず。意味合いとしては合っているが、誰も彼女作らないの?なんて訊く気は端からない。くえない部下よ、残念だったな。
 ピクとグリーンの瞼が一瞬反応したのを見逃さない。即座に何もなかったような無表情になるが、今更だ。

「だから、今言ったじゃないですか。俺、女の子に今興味ないって。」

「誰も女の子なんて言ってないじゃない。」

 即座に切り返し、じと目でこちらを見る彼に拗ねたように頬を膨らませて見せると、目を眇められた。少しは隠せ。自分でもいい年した女がとは少し思ったのだからオブラートに包んで欲しい。

「…俺が、ゲイだって言いたいんですか。」

「どうだっていいわよ。でも好きな男の子いるじゃない。」

 言いながら旧友の笑顔が蘇ってくる。私の友達には同性愛者の子がいる。仲良くしていて時に、恋人が出来たと同性の女の子の写真を見せてくれた。それからは度々恋愛相談も受けてたが、その度にあの子の恋人に対する想いは本当に純粋なのだと思い知らされていた。

 それに比べ私は、彼氏と過ごすという行為が作業となり、目新しさも進展もない関係に気だるげな雰囲気が最近では両者から漂っている。
 だから、正直に言えばずっと想い続けられるという彼女が羨ましかった。それは、目の前の胡乱気にこちらを見ている青年も。以前、手をあげ挨拶をしているグリーンに「知り合い?」ときいたら「幼馴染みですよ、腐れ縁です。」と返してきたことを覚えている。
 恋愛対象として見始めたのは何時からだか知る由もないが、その“腐れ縁”に恋をするのだ。想いもいい加減なものではないんだろう。


「何を見てそう思ったのか知りませんけど、俺には思い当たる人は…」

「焦れったいわね。グリーン君を見てて思ったの。他部署の同期の男の子の事焦がれるようにして見すぎなのよ。」

 彼の特徴も言いましょうか?と睨み付けると、苦虫を噛み潰したような表情のあと、深々と溜め息をつかれる。こいつ、上司に向かってさっきから溜め息を吐きすぎではないか。

「なんで人の色恋にまで室長が口出すんだよ…。」

「仕事に支障が出ています。」

「仕事は片付け…!!…そういうことか。」

 そういうことだ。私だって部下の恋愛に口を出すのは気が引けるが彼自身は仕事を片付けてはいるものの、周りがそうはいっていない。度重なる女子社員の来訪にその度に時間をとられ、集中を妨害され、うんざりとしておりしかも能率は下がっている。その上、来訪してくる女に至っては抜け出してきているのだ。
 頭の回転が早くて助かる。

「で、どうなの?」

「……。」

 口は禍の元と言わんばかりに閉口したグリーンを言及する。
 このままでは年度末の仕事に私は休日を返上する羽目になりそうなのだ。完全週休二日制の仕事にせっかく就職出来たのに無意味に終わってしまうのはごめんだ。

「さかき室長こそ、結婚そろそろ考えた方がいいんじゃないんですか。」

「私の話じゃないわよ。これ以上逃げるならヤスタカ君にグリーン君が人肌恋しそうにしてたって言うわよ。」

 心底嫌そうに表情を歪めて「洒落になんねぇ」とぼやく。ぼやいたまま視線を逸らして戻さない。
 彼の追っかけでは稀な男性のヤスタカ君もここまで邪険にされると可哀想だ。いつも他部署からわざわざ仕事をこなして来るのにこうも釣れないのだから気の毒である。

「覚悟きめてくれないと貴方の年度末の書類に判を押せなくなっちゃうの…。」

「嫌な脅し…」

 先程から微塵も隠されないげんなりとした表情に諦めの色がさす。上司に対してもう何度目かわからない深いため息を吐いてからグリーンは立ち上がった。

「わかりましたよ。結果報告する時いいとこ連れてってくれんですよね。」

「うわ、嫌な子。」

「この素晴らしい性格を重用してんのはあんたでしょう。」

「…そうね。」

 ちょっとした意趣返しに降参するよう両手をあげる。ご飯の約束まで取り付けられてしまったがまあ良い。
 彼等にも色々葛藤があるのだろう。いくら両想いだろうと同性間恋愛。ましてやグリーンの家は祖父も姉も有名で名高い家だ。両親も高名ときく。そういったものがしがらみとなって邪魔になる時もある。
 しかし、長男である彼は結婚を考えねばならないときが来るだろう。そうなれば恋愛の自由度は格段に下がる。今だけなのだ、想い人と自由にいられるのは。相手の都合は関わったことがないから知らないが、もしかしたらグリーンの環境を気にしているだけかもしれない。

「結果待ってる。どっちにしろ美味しいとこ連れてってあげるから思いっきり当たって砕けてきなさい。」

「砕けたくないんですけど。」

 立ち上がった彼の背中を押すつもりで声をかけるが、ふむ、確かに失言だった。振り向いた彼は少し笑いながら「俺もうちょっと休憩貰いますから。これ、ごちそうさまです。」と付け足す。無許可に更なるを休憩をぶんどり、返事をする間もなくひらりと休憩室から出ていってしまった。

「…まさか今から行く訳じゃないよね。」

 カップに入っている残りを啜りながら思案する。
 出ていくときの表情はすっきりとしていた。覚悟を決めたんだろう。重宝している理由の一つではあるが、彼は行動が早い。恐らくそのまさかだ。

 私はもうちょっと暖まってから休憩室を出ますよっと、冷えた空間で一人ゆっくりとする。



 のんびりとしてから部署に戻ると何か聞きたげな女子社員の視線を感じたが気づかない振りを少ししてるとほどなくして、グリーンも帰ってきた。表情から読めればと思ったが、いつも通りの表情で全く読めない。明るければ華やかな所、暗ければ照度の低いところと思ったのに場所を絞ることも出来ないではないか。

 仕方なく暫く書類業務を続けているとグリーンが目の前にたつ。顔をあげると数枚の書類の束が渡された。一番上の書類には、付箋が貼ってあり、一言何か綺麗な字で書いてある。

「付箋はマチスの部署の奴から伝言。お使い行ってやったんだから書類は当然判を捺してくれますよね?」

 付箋を読む前に書類に目を通していくが…なんだこれは、余分に書類を作られているではないか。二週間の休暇届けに、先日のプレゼンで言ってたプロジェクトの随分と高額な予算案…見上げれば嫌みな爽やか笑顔とぶつかる。

「…本当素晴らしい性格だこと。」

「だろ?」

 してやったり。
 にこりとイタズラが成功した子供のような可愛げある笑顔を向けられてドキリとする。グリーンがこんなにも晴れやかな笑顔を浮かべるのはとても珍しい。

 …ということは、

 付箋に目をやると、内容に思わず笑みがこぼれる。マチスの部署といえば、例のお相手がいる部署だ。ディナーは3人で予約せねば。

「付箋の件、了解しました。暇な時でいいから向こうにもそう伝えてください。」

 書類に判を捺しながら、

「えーっ!また俺かよ!自分で行ったらどうなんです。」

「同じ人の方が向こうも都合良いでしょう。」

 文句を言いながらも不貞腐れたように「伝えときます。」とぼそりと言って少し照れ臭そうに自分の仕事へ戻っていく。そう言えば興味ありげな眼差しを向けてきていた子には、グリーンの恋愛観を聞いてくれとせがまれていた。ちらりと視線をやると仕事の話とわかるやいなや女子社員は興味を亡くしたようだ。自分の仕事に戻っている。

 さて、私も仕事に戻らねば。



□■□■


「さかきさん。」

 グリーンにいつ頃都合がよいのか聞き、帰り支度をしていると入り口の方から声をかけられる。この声は知っている。私の彼氏だ。同じ会社に勤めているから、おかしいわけでは無いがここ最近は会社でも話すことなんて無かったから珍しい。

「どうしたの。」

「たまには、一緒に帰ろうかな…なんて。」

 少し言いづらそうにしながら頬をかく。
 なんだ、何か言いたそうな顔だ。恐らく、一緒に帰るのもその為の機会を作るためなんだろう。
 この男は、言いづらいことがあるときはそうやってすぐ頬をかき明後日の方向へ視線を遣る。



 こうして並んで歩いていると付き合いたての頃を思い出す。あの頃の高揚感は全く思い出せないが。若い奴等の空気にあてられただけかもしれないが、たまにはこういうのも悪くない。

「さかきさんは、さ。俺といて楽しい…?」

 妙に緊迫した空気を茶化すことはないと、話を切り出すのを待っていたが。なんだ、別れ話か。繊細な男だ。言い出すのによほど勇気のいっただろう。

 倦怠感は二人の間に漂っていた。無理のない事だ。

「あんたは?…どうなの。」

 一緒に帰るのも悪くないと思い出した矢先だが、これだけ仕事ばかりで適当に扱ってきたのだ。予感がなかった訳じゃない。

「楽しいよ、楽しい。…けど、最近はツラいんだ。」

 おや?さっさとライトに済ませようとした質問だが、予想していたネガティブな感想は返ってこない。
 どうやら愛想を尽かされているわけではないようだ。

「さかきさんが、仕事頑張りたいのも頑張ってるのも解るけど…」

「自分の存在意味がないのがツラいんだ。さかきさんのことは好きだけど、さかきさんが、僕をいなくていいって思ってるなら…」

 沈黙が生まれる。

 決定的な言葉をいう覚悟を決めているんだろう。

 …わかってはいるが、最後の決定的な言葉を言う覚悟を決めようとしている姿を見てるとなんだか笑えてきた。そこまで言ってしまえば言ったも同然じゃないか。何を今さら。
 横で笑いを堪えてるのを彼も気づいたらしく情けないような、怪訝なような表情を浮かべる。


 こんなにいて、倦怠期と感じても苦ではなかったのだ。嫌悪はなかった。ならば、きっと籍が変わっても苦ではない。


 私達も、きっとうまくやっていける。




「私達、結婚しよっか。」


end







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