長編15 彼の少年
ユキナリは、疲れはてた顔をする血の繋がらない孫に、姿を見せない「妖」の他にもお前を慕ってくれているものがいると遂に言い切らなかった。
暗い目をして諦めきった顔をしていた姿を見ていると、何を言っても無駄だという気持ちにさせられる。
もう、己が何を言っても信じてはくれないのだろう。
彼の強さを過信していた。能力はあるが、見た目と同じ歳なのだ。あまりに優れていたから忘れていた。グリーンなら大丈夫と、傲り疎かにしたのが全ての原因だ。
提灯をひとつぶら下げて、屋敷を出ていく影があった。雨に濡れて燈はなんとも頼り無い。彼を慕っていた青年達にはなんと伝えようか。彼らはきっと悲しむ。グリーンの代理で総会に出ていた長身の青年なら…、
ふと、聡明で物静かに目で語る青年を思い出す。口から出る音は快活に当たり障り無いことを喋っていた。何も知らないと嘯いていたが不利になる場所は軽くいなし、どうすれば彼等を仕留め黙らせることが出来るか探っていた。聞けば、グリーンになついた他の者達もかの青年のように優れているらしい。
彼等なら、引き留める事ができたろうか。
自室から、影が遠く見えなくなるまで見送った。近くの門へ行くのにそうかからないだろう。それまでに、誰かグリーンに救いの手を差し伸べてはくれないだろうか。
まるで、グリーンの離脱を待っていたかのように蠢く人間がいた。彼らは皆黒衣を纏っている。彼ら自身に位があるわけではない。彼らの頂点たる男は別であるが。
それは装束であった。
都に赤い閃光が音もなくあがる。
その瞬間、男達は動いた。
都中至るところで悲鳴が上がる。どの悲鳴も、黒衣を纏っている彼らが住居に押し入り、金目の物を物色し、人を襲う事によってあがる悲鳴だ。
全てはサカキの思惑だった。
サカキのいる都は貿易が栄え、人も多く大きくなっていた。加えて懐は都よりも広くどんな者も懐へ納めた。その為、サカキは慕われている。彼は力を欲し、山賊を海賊を盗賊を懐へ納め、腕っぷしの強さを利用した。都はより栄え、大きくなっていく。
しかし、限界があった。
隣の都には王がいる。彼の一族がいる限りこちらは制止をかけられ、税を要求される。王のいない都が勝手気ままに振る舞うのを許される筈がない。
サカキは、王が邪魔で仕方がなかった。
そこで王都の転覆を目論んだ。
そして、更に弊害を知ることになる。あの都にはこの国の陰陽道を築きあげたユキナリ率いる大城戸一派がいた。しかし、最高の力を誇るユキナリも最早老いている。…しかも次期当主は赤毛の餓鬼だという。まだ、未熟な部分のある孫が世襲する形なのだろう。
「たまたま」次期当主であるグリーンと会う機会があった。
鋭い目付きに、噂に違わぬ見事なまでの赤毛。成程、鬼の子と言われるわけだ。
サカキは、グリーンの他とは違う容姿に興味はわかなかった。自分のいる都には稀にではあるが、似たような赤毛も来航する。特別でもなんでもない。
容姿だけで鬼の子と言われているのならば、哀れなものだな。
そうしてグリーンという存在の力量を見ようとして、とんだ深手を負った。
この餓鬼は、恐ろしく強い。外から仕入れた呪術も呆気なく吸収され、鼻血を流す羽目となる。紛れもない天才だ。涼しい顔で、常人が体力や時間を使いやっと為せることを一瞬でやり遂げてしまった。
…こいつは、いけない。
無闇に関わろうものなら、手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
そうして、布石を活用し彼が戦局に現れないよう仕組んだ。結果、かなり粘られ支障を出しはしたが彼は都を出た。先ほど、合図の火花が打ち上げられた。
有能な右腕を失うことになったが、騒ぎに乗じて救えれば良い。
「なんだ?あの光は。」
玉座に君臨している男が目を外にやる。こいつは、お飾りかと思えばそうではない。様々な能力に長け陰陽道も少しなら理解している。武力に関しては、要注意すべき人物だ。
「さて、なんだろうな。」
喉の奥で笑う。不穏な空気を即座に感じ取った帝は刀に手を伸ばす。だが、そんなものでは意味がないのは解っている筈だろう。
「ニドキング、あいつを助けてやれ。」
引き摺り出された部下にニドキングが向かう。西洋のゴーレムという呪術で作り出した実体は、部下の両脇を固めていた男共を薙ぎ払った。
「カイリュー、破壊光線!」
外の気配の変化に気づいたのだろう。そちらに気を取られたらしい帝は反応が遅れた。
「…ありがとうございます、サカキ様」
「…どういうつもりかな、サカキ殿。」
額に青筋を浮かび上がらせている。帝は大層ご立腹のようだ。
「何、部下が世話になったからな。」
政治家の仮面を捨て去り、男は笑う。ちょっとしたお返しだとでも言いたげだ。
「反逆と捉えていいようだな。」
眉間に皺がよる。冷静さを欠いている自覚はあった。怒りに身を任せまいと、努めて平静を装い声を絞り出す。嘲る目の前の男を殴り殺してしまいたい。
「もとより従った覚えがない。」
限界だ。
「カイリュー、逆鱗。」
式神に式神の相手を任せ、己も鞘から代々受け継いできた刀を抜く。荒れ狂う竜の式神に意識を向けさせ、サカキに迫った。
「サカキ様、ここは私が。」
先ほど、サカキの手により解放された奴の側近に阻まれる。主に似て、とても不愉快な笑みを浮かべる男だ。
「お相手はこの私が。帝様?」
舐めた口振りで先ほどまで捕縛されていた男が言う。短く気取った眉毛が実に腹立たしい。さっきまで捕まっていたくせに。どこに隠していたのか知れない小太刀で剣を受けられたのも、ワタルの苛立ちを煽っていた。
部下が剣を受けるのを見届けると、式神と部下にこの場を任せサカキは衣を翻し姿を眩ます。
どこから現れたのか、大量に黒衣の男達が湧き出てきたと思ったら、都を蹂躙し始めた。
その現状を直視し、憤っている少年がいた。屋敷から出ないようにと言われていたが、悪いとは思いつつ抜け出しグリーンの元へ向かっていたのだ。部屋に戻るとグリーンの部屋は開け放たれており、中にいた筈のグリーンがいない。なんだか嫌な気配がしていたから、心配になってレッドはグリーンを探していた。
河川敷に行こうとしたところで、最近グリーンに付き従っていた集団に会う。自分よりもいくらか年上の男女は、武器を携えているが傘は持っていない。先ほど降りだした雨は彼らを濡らしていた。
「…グリーンは?」
彼らが集団で歩いてる時点で予想はついていた。滅多に彼らは揃わない。
「先に帰ったけど、もしかして帰ってない?」
たしか、ヨシノリといった男が怪訝な顔をする。この質問はレッドにとって具合が悪い。抜け出していたのがばれる。いや、ばれるなら彼ら同様傘を持っていない時点でばれるかと諦めた。
「いやな感じがしたから、グリーン修行から帰ったらいないし探しに来た。今は解らない。」
肩を竦めて答えると、髪を結い上げたお姉さんが片方の眉尻を釣り上げ「いやな感じ?」と聞き返してくる。レッドには、そこを取り上げられてもいやな感じはいやな感じだからこれ以上答えようもない。少しきつい印象に畏縮する。
「ヨシノリ、レッド君ってどんな感じ?」
確か、霊は見えないのよね?
確認する様子に、小さく頷くが、彼女はヨシノリの方に完全に向いているためしたのも恐らく見えてないだろう。
「……敵いっこないな。」
ヨシノリが小さくひきつった笑いを漏らす。
どういうことだと、アキエが問い質すべく口を開いたのと丁度同じに近くの曲がり角から勢いよく物が壊れる音と、女性の泣き叫ぶ声がする。
何事かと五人が身構えたのを無視してレッドが音がした所に向かって走り出した。
「ちょっと、…危ないよ!」
サヨが慌てた。慌てて追い掛けて唖然とした。
「ピカチュウ!」
出した式神は見た目にそぐわない強さを力で示した。電撃は炸裂音を響かせ、頬から溢れだし、鋼鉄のような尾で現れた敵の式神らしきものを叩き伏せる。
ぽかんと口を開けて唖然としているサヨを無視しつつ、あばら屋から出てきた理解が追い付かない黒衣の男に立ちはだかった。
「お前たちの頭領は誰だ。」
冷たく見下ろすレッドは真価をまだ見せてないとサヨは直感する。
強く、そして速い。
「もう一回だけ聞く。」
お前たちの頭領は誰だ。
威圧感が更に増した。グリーンもそうだったが、凡そこの齢の少年が出せる威圧感ではない。そして、グリーンは影が差した強さだったが、レッドは、影も無くひたすら真っ直ぐな強さであった。
気圧された男は、どもりながら北都のさる高官の名をあげた。
「どこにいる。」
ただただ圧倒する強さを見せつけ冷たい眼差しを向ける。
しかし、男は言いあぐねた。小刻みな眼幅がみられる。軽い恐慌状態に陥ってるようだ。
「どこだ。」
「し、知らないっ…!!」
本当かと疑わしげに片眉を吊り上げる様に男は「本当だ」と慌てて付け加える。
「私だったら、王のところに行くな。」
サヨの言葉にレッドが勢いよく反応する。したっぱであろう男の反応をちらりと窺うも、どうやら恐慌状態で考えることをやめてしまったらしい。訳が解らないと言う顔でサヨの発言を聞いている。
「今、混乱してる筈だから王様を殺しやすい筈でしょう?私だったら、この騒ぎは囮にして混乱してる間に殺すから。」
「…どういうこと?」
残念ながら、レッドはサヨが唐突に放った発言への理解が追い付かない。都中の人を殺した方が被害は大きいのではないか。なんで一人の人間を殺すのにこの騒ぎを利用したといえる。
レッドの理解できていない様にサヨは苦笑し、再度説明を噛み砕いた。
「最近の騒ぎで、当主様はいつも帝様の元へ行っていたでしょ?」
それは、レッドも一緒に連れられたことがあるからわかる。サヨの言葉に相槌を打つ。
「何故なら、帝様の命がここの身分の低い民何千の命より大事だからよ。だから守りは帝様の所が厳重なの。この都の、国の要だから。」
同じ人間なのに?頑張って生きている人たち何千より、帝たった一人の命が重い?
「そんなの…。」
「ええ、おかしいでしょうね。」
レッドの言葉に被せるようにして、サヨは言葉を継ぐ。
「おかしくても、これが人間の築いた生き方なの。だから、この都そのものといえる帝様の命は狙われる。」
瞳に迷いはない。彼女はこの矛盾を理解し、おかしいと知りつつ受け入れている。
自分には、到底受け入れられそうにない。
「理解出来そうにない…。」
レッドは静かに首を横に振った。改めて自分の意志を口にすることで気付けることもある。
「俺は、サカキを止める…。」
レッドには決意するだけの意志があった。サヨの説明を聞いて、母親を不意に思い出した。このいたずらに被害に遭っている人たちは、己の母親のように家族を必死に守ってきた人達なのだ。サヨのいう身分の低い人達の生活は厳しい。それをレッドは身を以て知っている。蹂躙されて言い筈がない。
それにグリーン。
グリーンはきっと、そこにいる。
いつだって、事件の中心にはグリーンがいた。だから今回もその帝様とサカキという男がいるところにいる。
ただ、無性に、
レッドはグリーンに会いたいと願った。彼なら、きっと答えを持っている。