決断(長編12)




 グリーンが目覚めてから飲まず食わずの生活を続け2日目が終わった。帝の返事が来る、つまりはグリーンへの処罰が決定するまでは結界を解除することも破壊することも禁止する、それが当主が残った孫へ下した対処だ。その為、食事を取ることも叶わず回復した体力も、また消耗を始めている。

「グリーン、体は大丈夫?」

「…しつこい。」

 このやり取りも何度目か。レッドは律儀に部屋に戻る度話し掛けてくる。レッドの喋りのお陰で今が夜なのか、朝なのか昼なのかが解った。修行は本格的なものが増えたようで、レッドは疲れた調子で帰ってくる。
 その間、グリーンはいろんな事を考えた。

 ─霊がこの世に残るには何かしら理由があるものじゃ。そこから紐解き原因を無くさん限りは同じ理由で霊はまた生まれるじゃろう。─

 祖父の言葉を思い出す。霊だけではない、物事には必ず原因がある。姉の術も、グリーンの術同様『無理矢理』悪しきものを取り除く術だ。根本である原因を消し去る術ではない。
 なら、無理矢理剥がされた物はどうなる。無くなるのか。否、外を探れば微かに霊の素を感じる。馴染み深いものが、魂を求めてさまよっている。
 それは、誰かが死に絶え霊となったとき成仏しなければ憑き怨霊と化すのだろう。今は媒体となる魂がないだけ…。そして大帝のおわす都だ。規模は小さくない。つまりは人が多く、人が一人死ぬ確率は高くなる。早々に成仏するならよい。しかし、疫病や謀略の渦巻く都の渦中、未練も怨み辛みもない人間ばかりが死ぬなんてあり得ない。

「いつ、限界が来るんだろうな。」

 独り、空に小さく呟いた。




 即刻グリーンを極刑に処すべきだという輩を抑え込むのに辟易していたテン達は更に頭を抱える事態に困惑していた。

 グリーンの生き霊が出ると噂されているのだ。

 都内至る箇所で、帝の住まいから町の外れ…果てにはこの屋敷の内部でさえも。火の無いところに煙はたたない。残念なことにそれは、テン達を一層不利にするものであった。

 見たものは、その霊は琥珀の瞳をしていたという。またあるものは、蜜の色をした髪だったと。更には陶磁器のように白い肌という者もいた。全てグリーンの特徴に一致している。
 唯一違うのは、その霊の姿が幼いということ。

「覚えはない。」

 尋問紛いの行為にそう言い通していた彼が先刻、体調を窺いに来たヤスタカにナナミ様の術の話をした。

「外の気配、もしかしたらそれかもな。」

 軽い調子で世間話のようにグリーンさんはこぼしたが、これにはヤスタカ達の集まり全員が頭を抱えた。それはグリーンさんの暴走の要因となった肝心のものが結界の外に在るということ。結界は意味を為していない。そして、グリーンという大きな戦力を喪失したまま。
 グリーンが今の状況を代償に都全体に張った結界は何も完璧ではなく、中で発生した悪霊悪鬼は消せはしない。お内裏様が、早急に結果を出してくれねば最悪何もできずに都は悪霊跋扈する最悪の都市になる。残念でならない事に悪霊にグリーンさんの力が備わってしまえば太刀打ち出来るものが討伐にあたれない。当主様は、帝をお守りすることを最優先しなければならないだろう。

「とりあえず、早くその生き霊を捕まえないとね…。」

「簡単にはいかないな。相手グリーンさんだぞ…。」

「『多分』グリーンさん、な。」

 抵抗されたらどうしよう。サヨが溢すがその不安は最もだ。生き霊も、強い執着や想いから生まれる。グリーンさんは抑圧する方法を知っていた。だから、生き霊を産み出さずにいられた。それを彼の姉が引きずり出した。先日の暴走からするに、抑圧していた感情は相当とみえる。

「ったく、ナナミ様は最後にとんだ遺産を遺してくれたな。」

「言葉を慎みなさい。」

 ヨシノリのぼやきにアキエが睨む。

「ナナミ様は、グリーンさんを楽にしてあげたかったのよ。立場がもう不利なのに変わり無いから、少しでも。」

 寂しそうにサヨが呟く。確かに、生き霊が出ても出なくても状況は変わらなかったろう。それならば、精神的負荷は減らすにこしたことはない、か。

「私達には出来ない方法よね。」

 ナナミ様は、ナナミ様にしか出来ない方法でグリーンさんに助け船を出した。今の状態を見越して。悔しいことに、ここにいる誰も真似出来ない方法だった。

「なんか、悔しいなぁ…。」

 自分が無力なものに思えてしまう。
 ぽつり、言葉を零したテンの言葉を否定できるものはいない。この場の誰もが、才有るものとして大城戸の門を叩いた。しかしその全てを凌駕する才能を持つ者がいた。彼に憧れ、ついていくと決めたのに、彼が苦しんでいる時に助けられなかった。そうして彼の姉は命を賭してどん底から彼を掬い上げてみせた。

 自分達では到底力が及ばない場所でグリーンは苦しむのだ。

 独りぼっちで。



 日が暮れだした頃、大城戸の門を叩くものが現れた。巡回で動けるものは出払っていたため、数少ない召使いが出迎えたが、なにぶん彼らには知識がない。突如、現れたきらびやかな衣装を身に纏い従者を二人ほど引き連れた男に対して「これまた豪華な服を着た人だ。彼の服を売れば一生暮らせそうだ。」などと仕様もない思考を巡らせていた。

「あがるぞ。」

 と言い敷居を跨いだ男を、今取り合える人間がいないと急いで召し使いは引き留めた。しかし、控えていた二人が刀を抜いて威圧したため物怖じする。男はその様子を気にすることもなく辺りを見渡す。
 その様にたまたま近くを通った上層の男が目撃し血相を変えて駆けてきた。血の気の失せた顔で視線を彷徨かせる。見兼ねた男は片手で制し、声をかけた。

「忍んで来ているんだ。挨拶は良い。グリーンのもとへ連れていけ。」

 あわてふためいた老人は深々と頭を下げ、彼の言葉に応じた。

「仰せのままに、帝様。」








 ワタルはグリーンの居室につくなり案内した男を従者共々下げる。従者達は危険であると渋ったが、ワタルが眉間に皺を寄せ大袈裟な脅しを吐いたのは周りにもハッキリと聞こえただろう。
 ワタルは護衛などつけなくて良いほどには強い。それでもつけたのは、これが徒歩で大城戸邸まで赴く最低限の人数だったからだ。ワタルは目立つのが好きだ。しかし、今はそれなりの身分があると解る装いだが、目立つべきではないと判じての装いにしている。

 何故なら、町を見たかったのだ。

 かの大城戸次期当主となるグリーンの暴走はどれ程の脅威を孕んでいるのか、確認した上でなければ、実態を把握せねば奴を手駒に出来る筈がない。
 しかしどうやら惨状を伝えに来た現当主の発言は正確だった。彼が付き添いを許した男は二人いたが、弁えず罰を与えるべきだと口を挟んだ男は装飾過多な発言に、大袈裟な報告。随分と己の悪くなっていく機嫌を加速させてくれたものだ。
 そして、右に控えていた青年に興味がわいた。彼は暴走する老人の傍ら、常に頭を下げたまま無言に徹していた。帝を前に畏縮していたわけではない。微かに老人へ頭を向け密かに懐へ手を忍ばせていた。持っていたのは札だ。当主が咎めた事で、老人は黙り青年も直ったが、あと少し当主が咎めることが遅れていれば彼は老人を呪っていただろう。
 恐らく、彼はグリーンについている。グリーンめ、部下を持ったか。
 噂のレッドという可能性もあるが、彼は少年だった筈だ。ならば、やはりグリーンに付き従っているものだろう。

「グリーン、起きているか。」

「……、帝様?」

「ワタルでいい。」

 大量の札が貼られた襖の向こうから緩慢な、随分と覇気の感じられない声が間を置いて聞こえてくる。

「神童も、随分萎れているな。」

「帝様がご決断されぬおかげで丸二日、寝るに寝られず食事もとれない日々ですゆえ。」

 本当に、体力を削っていたのだろう。少し、覇気の宿った声をするが普段のそれには到底届いていない。余裕ぶった口振りだが、かなり疲弊しているな。

「…周りの奴等は。」

 見張りがいた筈だ。
 静かな声で問い掛ける声。だが、ワタルはその問いかけに首をかしげる。

「…そんなものはいなかった。だいぶ疲れているようだな。」

 強いていうなら、案内した男と己の従者だが、彼らも今は退席している。周りの気配を結界越しとはいえ、誤るのはグリーンらしくない。
 返事も返さず沈黙を選択するも、グリーンはすぐにまた口を開いた。

「それで。何のようだワタル。」

 何か用がなければ帝がわざわざ出向くようなことはない。ならば、用事があるんだろう。早く言え。
 グリーンの不機嫌そうな顔が目に浮かぶ。彼の機嫌を損ねればねちねちと小言が続く。侮辱として斬ることも出来るが、ワタルはグリーンが嫌いでない。彼の言葉は刺々しいが、刺さるような棘ではない。このちぐはぐな少年の不器用な優しさの現れだ。

「処遇を決定した。」

「…それだけか。」

 グリーンは呆れ返った。たかだか、一人の餓鬼の処遇を決定した位で帝が赴くものか。

「それだけって…、君からしたら重要だろう。それに、これだけではない。」

 ワタルの気配が近付く。殺すのか、ただ声を潜めるためか。

「仕事だ。大城戸のグリーン。」

 扉が開け放たれた。いきなり射し込んだ光は眩しく、順応しない目がワタルの影を判別するも、光を拒絶し反射で目を閉じた。

「生き霊が出没している。挽回してみろ。」

 札を破り解放した男は、厳かに存在し己を見ていた。確かに、彼は威厳ある男だった。きっと今回の失態は彼の中で充分取り返しのつくものなんだろう。取り返し、口煩い奴等を黙らせて見ろとでも言いたげだ。
 グリーンは、この男は腹の中はヘドロにまみれていようが、嫌いにはならなかった。目的を果たすために最も確実な方法をとっているのだ。
 そしてその男にグリーンは必要とされ、命令された。この方法が、ワタルの考える最良なのだ。
 万が一、失敗するようならその程度。それが失態に対する罰となるのだろう。
 力のあるものが強い。
 その必然をワタルは示せと言っている。

「御心のままに。」

 グリーンは、ワタルに向かい立ち、挑戦的な笑みを浮かべた。
 横を通りすぎ、部屋を出る。廊下に控えていた大城戸の重鎮である翁は帝よりも先に現れた子供に目を見開き、信じられないといった顔をした。
 残念だったな。
 恐怖に嫉妬、権威や金に目が眩み真実を見れない奴等の思うようにはならない。お前たちの考えを帝は無視した。つまり、そう言うことだ。
 信じられないという顔に笑んで返すと翁はさらに目を落とさんばかりに見開いた。

「ああ、これを帝様に。」

 ワタルが引き連れてきた従者に札を渡す。
 小回りのきく式神だ。危うくなったときにはお守りするよう命令してある。
 普段のグリーンが連れている護身の札だ。彼らは本気の時に出す式神。恐らく、万一失敗したときに彼らでなければ死ぬ可能性も出てくる。

 生き霊は、既に取りつくものを見つけた。

 結界を解かれ、真っ先に感じ取れたのはそれだ。そして、既に鬼と化したそれを相手している奴等がいる。厄介なことに自分の分身を相手取るのだ。自分の汚い感情を押し込んで動くそいつが、誰かを呪い殺してしまわない内に。





「自分の尻くらい自分で拭けるさ。」


 グリーンは己に決着をつけるために足を早めた。




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