いい性格(ワタグリ)
日が昇り出した頃に、ごんごんと扉を叩かれワタルは、仕方なしに開ききらない眼で燭台に灯をともし扉へ向かった。
開くと焦った様子の男達が申し訳なさそうな表情で立っており、どうにも叱るに叱れない。如何にも、救い主のような笑顔で挨拶する。ああ、扉を開いた先から差し込む朝日が眩しい。室内との明暗の差に思わず顔をしかめたのは誤魔化しようがないだろう。反射だ、仕方あるまい。
「ああ、神父様すみません。実は、吸血鬼狩りを依頼されたんですがぁ…。」
それなら知っている。眩しそうにしたのを見逃さなかったらしい男達は謝罪から始め早朝から教会の扉を叩くに至った経緯を話し始めた。今回のヴァンパイア狩りのために聖水を用意したのは自分だから、この聞き慣れない訛りの男達の姿を見れば狩りに来ていたことは一目瞭然なのだが、話の腰を折るような真似もわざわざするまい。
どうやら、森に住み着くヴァンパイアを伐とうと新しく着任した町長がギルドに要請し彼等がでばったらしい。うん、知っている話だ。
「損傷を負わせたんですがどうにも逃げられちまいまして…こちらの方角に逃げたんです。神父様、この街に怪しい気配は入ってないですかね…。」
「この近くには、ないな。まあ、この街の者は吸血鬼への対応は心得ている。一応注意喚起はしておくが、街の者が襲われる心配はあまりしないでいいよ。」
柔和になるよう笑顔を心掛ける。男達は人心地ついたのか漸く和らいだ笑顔になり挨拶をして去っていった。
この街に限らず、この地域はヴァンパイアが有名である。因習ともいうべきか、だから対応は街の者一人一人が心得ていた。
襲われたという内容も、3年間はない。それに、そのヴァンパイアに襲われた三年前の被害者は何を隠そうワタル本人なので、「聞いた」事に関してはそれ以上前からだ。その為ワタルはヴァンパイア関連の話はされても良い気はしない。が、
…それでも今からは、「ああそんなことも有ったね。」と笑えそうだ。自然と口角が上がっていくのを手の甲で押さえ隠し、教会の扉を閉め朝日を断絶した。
三年前、不可解な物音に夜、外に出てみれば餓鬼がいた。問答無用で勝負を仕掛けられ、そして見事ボコボコにされた。挙げ句の果て、今日からこの森に住まうからと宣言されむざむざ住み着くことをゆるしてしまったのだから思い出して、気分の良いものではない。
だからこそ、気分が高揚していく。
ハンターがくる前、実は一度起きていた。そして拾い物をした。最初はうんざりとしたのだが蓋を開けてみれば心躍るもので。
再び二度寝しようにも頭が冴えてしまい眠気もどこかへ消えてしまったので拾い物の様子を見ようとローブを翻し、居住空間へ向かう。
夜半に何かが天井の上にぶつかり転げ落ちる音がした。教会なんてどこも天井は高く物がぶつかるような場所ではない。三年前のこともあり不審に思いつつも充分に装備をして戸を開ければ驚いた。少年がボロボロになって倒れていたのだ。
慌てて、少年を抱えあげ泥を落とし汚れを落としていったことで見えた少年の正体に驚く。
少年は、かつてワタルをぼこぼこにしたヴァンパイアの少年そのものだった。
気を失っているらしい少年は、力無くされるがままでワタルは酷く戸惑った。一応応急処置はしたものの、どうしたものか。
ふと、天井に設けてある前任の者が残した部屋を思い出す。あそこには居住できる一式の家具と、悪趣味な道具がズラリと並べてあった。
「目が覚めたかい。グリーン。」
覚醒仕切らないままぼんやりと天井を眺めていると横から声がかかった。顔を向ければ、かつて勝負を挑み負かした事のあるカミサマの使いがいた。
思わず動こうとして、ちかりと眩しさに目が焼け視界を覆う。なんとかみやれば、自分の寝ていた箇所だけ隠れるよう、カーテンが窓との間に隔たりを作っておりその範囲はかなり狭い。つまりは、少しでも横に動けば陽光に身を焼かれる状態だった。
「君は賢い。動かない方が身のためだ。」
大人しく引き下がり、状況を把握しようと周りを見てギョッとした。
聖水の注がれた杯に、十字架。すぐ隣には太陽光が降り注ぎ、体を起こそうとすれば木の杭が心臓を貫くよう設置してある。ワタルの懐にはわざと見えるようにしてあるのだろう、銀製の銃が見えた。
「どういうつもりだ、ワタル。」
「おや、俺の名前を覚えていたのか。意外だな。」
「はぐらかすな。」
諦めて柔らかいベッドに身体を沈めて問い掛ける。動けばワタルの言う通り無事ではすまない。対して惚けたワタルはベッドの周りを自由に歩き回っている。
「いやなに、いきなり襲い掛かって来るような奴が教会の前で倒れていたからね、放っておいて目覚めたら大変だと思って。」
ちょっと傷の手当てをして拘束させて貰っただけだ。
宣う男の言う通り、身体中の傷は手当てされている。だからといってこの待遇では礼を言う気にもならない。コイツの手で救われコイツの手で殺されるかもしれないのだ。俺よりも全ての能力が劣る男に!
はい、そうですかと納得出来る筈がない。
「今すぐ退けろ。全部。」
「今、自分より格下だと俺の事思っていたんだろう?格下の足掻きだ、自分でどうにでも出来るんじゃないか?」
ワタルの発言に下唇を噛む。こいつは優位な位置に立ち全てを見通して笑っていやがる。ヴァンパイアの存在を理解し尽くしている、そんな男に周到な用意をした上で包囲されたのだ。手が打てない。打つ手があっても、恐らく手痛いしっぺ返しにまで誘導される。
「ところで、グリーン。」
沈黙していると胸糞悪い人面の良い笑みを浮かべまた話しかけてくる。
「何故、ボロボロだったんだ?」
また嫌な質問を。思い切り眉をしかめてやる。この男はソレを自分が答えたくないと知っていて質問をしている。
ああ、コイツを頼った自分が馬鹿だった。
「そうか、答えないか。」
答えずにいると不意にワタルが背を向け、直ったときには手に杯があった。嫌な予感どころではない、次に起こそうとしている動作がわかる、が。
回避は出来ない。
「ぁ゙っ……!!」
杯の中に入っていたものを思い切りかけられる。中身なんて、想像するまでもない。これほどまでに敵意を孕んだ部屋にある液体などどうせ碌なものではないのだ。
着ていたブラウスに染み込んだ聖水が肌を焼かれるような痛みを与えてくる。痛みに悶えれば杭が存在を主張するように肉に突き刺さる。首を仰け反らせ痛みに耐える。満足そうに笑みを浮かべる男は神に仕える人間の癖にこのような悪趣味な行動に走るのだ。神ではなく、悪魔に仕えているんじゃないか。
「今の状況がわかってないのかい?答えないから、こうなる。」
肩を竦める男が白々しい。
「別に、興味ねーくせ、に…!」
「なんだ、バレてるのか。」
肩で息をする少年が絶え絶えに本心を突くと驚嘆もせずにケロッとした様子で肯定する。痛め付けるために答えたくない質問をわざわざしてくるなんて、本当にいい性格しやがって。
「さて、次はどんな事を訊いてあげようか。」
***
「ッ……!!」
答えを求めない尋問が始まって数時間が経過していた。ワタルは飽きることなくグリーンに質問を続けている。時折ワタルは席を空けたりするものだから半端な休憩を挟むことになり寧ろ休憩のせいでぶり返してくるような痛みに呻いていた。
「てめっ…覚え、てろよ…っ。」
「いちいち覚えたくないね。」
身動きの取れないまま眉間に皺を寄せせめてもの呪詛を吐くが、顔色一つ変えず、目すらも合わさずに即答された。
「何で解放なんてことをすると思ってるんだい?」
そりゃそうだ。これだけ拘束し拷問して恨みを買うような真似をしておきながらむざむざ解放なんて真似、するわけがない。
「誰が逃がしてやるものか。」
ちらりと視線を寄越してきた男に不覚ながら竦み上がる。
ワタルの目はまるでハイエナのようだった。
執着心に塗れ、獲物に忍び寄り周到な罠を張り巡らせ一気に再起不能にする。ギラリと濡れた瞳はその執着をありありと表していた。
とすると、俺は獲物か。全く、笑えない。
せめてものと、睨み付けるがワタルは人の良い笑みを浮かべ口を開いた。
その牙を全て抜いて飼い殺してやる。