長編10 深眠




「…レッド?」

 遠くから聞こえた声にグリーンさんがぴくりと反応する。
 大内裏の方角から当主様とレッド君が駆けてきた。

「レッド!」

 喜色を乗せた声音でグリーンさんはレッド君に応える。レッド君も結界に閉じ込められたグリーン君を見て仰天したらしい。当主様ももうご老体の身でありながらも息を切らしながら駆けてきた。どうやら、一緒にいたようだ。

「サヨ!!」

 焦ったヤスタカの声が響く。大きく振りかぶったグリーンの拳が結界に当たる。

「…ッヤスタカ君!」

 青ざめたサヨがヤスタカに駆け寄る。サヨは結界を解くのは間に合った。しかし、それはヤスタカが結界を解かないで時間を稼いだお陰だ。吐血し、一瞬にして至る所に裂傷を作ったヤスタカが地に伏す。

 レッド君と当主様の登場に気をとられた一瞬の出来事だった。

 嬉々とした様子でグリーンさんは倒れたヤスタカの横を駆け抜けていく。
 グリーンさんであるかどうか迷い、決断を先延ばしにした結果がこれだ。散々同胞を内心で滑稽だと謗っておきながら。今ある結果に己の滑稽さを見せつけられる。

「グリーン?」

 レッドの足取りが困惑した声と共に遅くなる。グリーンの眼が黒くなっているのを見てしまったのだろう。

「ははっ!レッドだ!レッド!」

「当主様に奴を近づけるな!」

 困惑しきって機能を無くしていたと思ったが、どうやらなけなしの誇りをかき集めたらしい。意識のある陰陽師達が総動員で結界をはる。
 ぴたりとグリーンが立ち止まる。
 そして、陰陽師達を見た。

「邪魔、すんな。」

 一言、たった一言を無表情に言葉を発して一瞬でほとんどの陰陽師を吹き飛ばす。
 結界も、一緒に破壊されてしまった。

「ひゃはは!レッド、お前どこにいたんだ?寂しかったんだぜ?」

 グリーンが駆け寄る毎に、レッドはおずおずと後退する。しかし跳ねるような足取りとは歩幅に違いがあり、徐々に距離は詰まっていった。
 グリーンが手をのばす。レッドのほほに触れようとする。

 遮るようにして、レッドの後方から札が飛んできた。
 札は、グリーンに当たり、圧されて後退する。札を飛ばしたのは、

「残念じゃ、グリーン。鬼にやられたか。」

「…ユキナリ様。」

 大城戸家当主ユキナリだった。
 前線から遠ざかっていたものの、やはり一代にして磐石な地位を築いた男は強靭であった。両者の間に緊迫した空気が流れる。

「ウインディッ!!」

 先に仕掛けたのは、グリーンの方であったが、ユキナリは一歩動き避ける。素早く印を結び、ユキナリがウインディに触れるとたちどころに術は解け、紙切れになった。
 動揺してるグリーンにすかさずもう一度札を当てる。最初に額、次は心の臓の上へと。
 グリーンの動きが鈍った。追い撃ちをかけるように両肩、足、腰へと札をグリーンに当てていく。

「孫を手にかけたくはなかったのう。」

 膝からグリーンさんが崩れ落ちるのを見て御当主様は悲しそうに呟いた。どうやら札は封印式のものであるらしい、必要な分の施術が済んだのだろう歩み寄っていく。
 グリーンさんが勢いよく顔をあげた。信じられないとでも言いたげな顔だった。

「孫…?」

 わなわなと震える口が音を発する。

「今更祖父面してんじゃねえ!誰だよ!!ここまでグリーンを放置したのは!寂しかったのに!頑張ったのに!見もしなかった癖に!!孫だって?笑わせんじゃねぇ!!」

 喉が張り裂けるのではないかと心配してしまう声だった。心の奥から、深いところから叫んでいるような、聞いている側が辛くなってくる声だ。

「……。」

 それでも、ユキナリは表情を全く変えない。黙って、グリーンを見据えていた。
 何がおかしかったのか、グリーンはその様子を見て鼻で笑った。

「…鬼の狂言ってか?ははっ、鬼でもなければ、狂言でもねぇよ。」

 これは、グリーンがずっと思ってたことだ。ずっと心の奥底で叫んで、叫びごと隠してたことだ。
 それだけ言って、グリーンさんは前に倒れた。封印が完了したようだ。
 近くでは、よほど衝撃だったのだろうレッド君がへたりこんでしまっている。珍しく眉間に皺を寄せた状態で固まっていた。

「レッド、立てるかの?」

 少しの沈黙のあと、重い空気を払うような陽気な何でもない声でユキナリはレッドに訊ねた。レッドは、ぽかんと口をだらしなく開けていたがやがて応えて立ち上がる。

「さて、起き上がれるものは何人おる?怪我をしたものとグリーンを運んで欲しいのじゃが…。」

 アキエとサヨにヤスタカを見るように言って、グリーンさんはヨシノリと自分が運ぶとご当主様に進言する。

「どこに運べば?」

「──グリーンの部屋に決まっている。」

 驚いた。
 ただその一言に尽きる。だってグリーンさんはそれなりにいけない事をした訳で、今まさに封印されたのだ。封印されているということはつまり、害を為す者と見られていると言うこと。その筈なのに、当主は、それでもグリーンを一人の人間として扱った。
 背を向け、白んでゆく空を見上げ当主様が今どんな顔をしているのかは解らない。けれども、その背中は何故だか小さく見えた。




 翌朝、と言っても屋敷の者は皆寝ずに動いていたため、翌日という意識があまり無いのだが、帝様は事の顛末を当主様にお伝えしてくださり、当主様の口からグリーンさんは悪鬼の元を絶とうと動いていたことが屋敷の者に知らされる。そして、幹部とおぼしき男を直接式を用いて帝へ引き渡していたことも。
 そして首謀者らしき男を帝は呼び出しているようだ。あまりにも迅速な対応である。捕まえた幹部はどうやら口を割らないらしいが首謀者の当たりがついているところを見ると既にグリーンさんと首謀者の話はしていたのだろう。
 ヤスタカは体調がまだ優れてはいないものの、昼過ぎには眼を覚ましサヨの度重なる謝罪と心配を一身に受け若干対応に困っていた。
 テンはちょうど空いていた事もあり、グリーンさんの釈明をするために当主様に呼び出されそのまま総会に出席している。アキエはサヨとヤスタカの看病をしていたが、ヤスタカの元気な姿を見るなり町へ繰り出し荒れた空間の後片付けに向かった。

 そして俺は、

 厳重に結界の貼られたグリーンさんの部屋、奥の間の前で胡座をかき回復を待っていた。横の膨れっ面で体操座りしているレッド君と共に。
 非常に気まずい。横から歓迎されていないことがありありと伝わってくる。

「なんでいるんですか。ここは俺の部屋だ。」

 目の前の襖から眼をそらさずに横の少年は文句を垂れた。

「グリーンさんが心配だからね。それにここは元々グリーンさんの部屋であって、君は間借りしてるだけだ。」

 早々に返す言葉を失ったレッドはぶすくれた表情でだんまりを再開させる。暫くするとぶつくさと文句を再開させるが何を言っているのか解らないから気にしない。
 襖は相変わらず沈黙で、恐らくグリーンさんの意識は戻っていないんだろう。

「…っはぁ〜。レッド君、お邪魔するよ。」

「しないでください。」

 首が疲れたらしいテンが首を揉みながら現れた。どうやら、緊急の総会が終わったらしい。ということは、グリーンさんの処遇も決まった筈。

「緊張した…。グリーンさんの処遇は保留だ。」

「は?」

 驚いた。てっきりグリーンさんは破門して追放されるのだと思っていた。それだけでのことをグリーンさんはした。これは、弁明しようがない。
 思った事をそのまま口にすると横のレッド君が睨んでくる。

「そりゃ、俺たちもそうなっては欲しくないけど。」

 正直、それでも甘い方ではなかろうか。総会で即打ち首なんて声もあがっていそうだ。
 レッド君は、納得がいかないという顔をしたが、何も言い返しては来ない。

「それよりヨシノリ、いつまでレッド君のお部屋に邪魔するつもりだ。帰るぞ。」

「えっ、」

「お邪魔したね、レッド君。」

 言うなり、テンは引き摺るようにしてヨシノリを引っ張り出ていった。


「…当主様が、躊躇ってる。」

 レッド君の部屋を離れてから、テンが口を開く。

「想像はしてたけど、俺以外は全員即座に殺すべきだって意見だった。でも、当主様が…全員一致でない限りそれはしないって。ならば流刑はどうだって言われたけど…当主様が決定を帝に御伺いたてると言って先延ばしにした。」

 実際、今のままでいけば全て鬼のせいにできるが、グリーンさんの犯した失態を帝に報告すれば流刑に処す事も可能だ。打ち首も可能だろう。それを、当主様が決定を保留した。死刑を躊躇っても流刑は躊躇わなくていい筈なのに。
 そして総会の終わった後にテンは当主様に話し掛けられた。話し掛けるというには、一人言に近かったが。「グリーンはワシの事をどう思っておるのだろう。」と。
 当主様のような方でも、堪えるものがあるらしい。彼の質問の要因に思い当たる節がある。

 グリーンさんの封印される直前の言葉だ。

 ──今更祖父面してんじゃねえ!──
 この言葉を、当主様はおそらく気にしている。

「独りだったあやつの家族になりたかったんだがのう…。どうやらグリーンにはそう思って貰えなかったようじゃ。」

 寂しそうに語る当主様は、本当にグリーンさんの祖父でありたかったのだと思う。

「私は、グリーン様がユキナリ様を尊敬していると仰っているのはお聞きしたことがあります。寧ろあのときの言葉は鬼の狂言だったのではないかと。」

「…仮にそうでも、鬼の付け入る隙は近い所にあったんじゃろう。」

 寂しそうだった。
 そう言うと当主様はとぼとぼと去っていった。やはり、血が繋がってないとはいえ孫として迎え入れたのだから、愛情はあったのだろう。

「…最悪、内輪で決めるなら流刑だな。帝に御伺いたてるとなったら、帝からグリーンさん信頼はされてたが死刑もあり得る。」

 ヨシノリが呟いた発言に歩きながら、そうだなとだけ返した。どうにか、回避する方法を…。





 その日の夜、レッドもねこけた頃、グリーンの部屋を訪れるものがいた。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -