長編9 心の矛先



 それはもう凄かった。何がって。野次が。
 中心部へ行くまでに大城戸の陰陽師総出で対処していたものだから、当然一族の人間と何度も出会す。その陰陽師たちは大体口を揃えて「今までどこへ行っていた。」「早く何とかせぬか!」とか。よくもまあ…要するに、自分たちではなんとか出来ないから何とかできる人がなんとかしてくださいというもので、ちょっと普段から悪口ばかり言っている相手にこう言うときだけ何とかしろってよく言えるなって思わずにはいられなかった。
 合流した直後のアキエが一度噛みつこうとしたが、グリーンさんに「いつもの事だ。」と顔色ひとつ変えずに制されて唇を噛み締めていた。
 今のグリーンさんは既にだいぶ消耗しているらしく口数は少ない。時折ふらりとしながら歩いているためそのたびにヤスタカに支えられている。
 俺たち全員を喚んだのは体力を温存したいのだろう。鬼は好んでグリーンさんに襲いかかる為、確かにこの切りのない数を相手にしてちゃ結界も張るに張れない。グリーンさんのかわりに襲い来る鬼の相手を五人でしていく。

「結界、全部解いていいぞ。ヤスタカ。」

 中心へたどりついてのグリーンさんの第一声がそれだった。突然の言葉にヤスタカが瞠目する。それもそうだ、ヤスタカは今大城戸邸と大内裏に結界を張っている帝の御霊と、対処出来るものを不意討ちで失わないためにグリーンさんの結界がなくなった瞬間咄嗟に張ったのだ。それを解けば、当然強襲される。

「呪詛返しで死にたいならそのままで良いけど。」

「解きます。」

 すぐに解除に入ったヤスタカの体が傾いたのを、ヨシノリが首根っこを掴んで倒れるのを防ぐ。ヤスタカもだいぶ消耗していたようだ。

「アキエ達も、殺したくないなら式神は仕舞え。位牌に入ってる状態なら大丈夫だから。」

 先から念置きが多く、テンは疑問に思う。以前と同じ結界なら霊は出していても平気だった。外部からのこれ以上の侵入を防ぎ、中に既に侵入していた奴等を片付けていくものだと思っていたが、

「前の結界と、違うんですか。」

 おんなじ事を気にしていたらしいサヨが訊く。一呼吸置いて、グリーンさんは頷いた。少し、寂しそうな瞳で。

「ええい、これ以上被害を広げるおつもりか!」

 折角、説明が聞けるかと思った時にこれだ。忙しい陰陽師達が彼の周囲に集まっていた。思わず睨んでしまうが、息の上がっている男達は盲目となり、睨まれている事すら気づけないようだった。

「───…。」

 開きかけていたグリーンさんの口はそのまま小さく動き、それから閉じた。何と言おうとしたのか。それは解らなかった。レッド君と会う前の感情が死んだような表情からは、何も読み取れない。
 再びグリーンさんを支えようと補助に入っていたヤスタカをはね除け、印を結びながらしゃがみこむ。様子を見ていた鬼がヤスタカから少し離れたのを良いことに襲い掛かったが、「ういんでぃ」と呼ばれている獅子がどこからともなく現れ鬼の骨を砕き肉を裂いた。
 喉元を小さく撫で、ウインディすらも解除して、

「ごめんなさい。」

 グリーンさんの口から小さく謝罪の声が聞こえてから、結界は発動した。
 淡い光が中心から広がり、半球型の光は大きくなっていく。襲わんとして飛び掛かった鬼が結界の光に触れた途端触れた箇所から問答無用に消え失せた。

 以前、キクコのばあさんにこの術を作り上げた時に揚々と話すと大城戸の衰退を招くと諭されたのを思い出す。
 当然だ。半永久的に続くこの結界は、触れた霊を片っ端から消滅させる。ともすれば、陰陽師は殆ど必要なくなるのだ。人間の執着から鬼は確かに生まれるが、元となる霊だって中で生まれる数のみ。依頼は減り、今の大所帯も維持できなくなるだろう。

 もう、どうでも良かった。

 早くしろ何とかしろ、いつも忌み子鬼の子と嫌っている癖に、こいつらは手に負えなくなったら平気で頼る。そんな奴らの居場所をなぜ俺が維持しなければならない。せいぜい居場所を無くして野垂れ死に、俺を怨んで鬼になればいい。鬼になったら魂も殺してやる。陰陽師が鬼を殺しても誰も恨まないさ。平気で一族がしてきた事だ。
 当主のユキナリ様、彼だけは元を解決しようとしていたのに、鬼を消し去る方が楽だから、殺す術ばかり発展していた。そうやって、他を押し退けてまで楽を優先しようとする業の深い奴等なんて、消えてしまえ。

 彼等がいなくなったって、ユキナリ様が居場所を追われはしないのだからもうそれでよかった。

『ほら、前にも言ったろ?こいつらに生かす価値はないって。』

 靄は、今や完全に姿がはっきりとしていた。歩み寄って後ろから優しく抱き締めてくる。鬼からも霊からも外れている彼は結界で消滅しなかったようだ。
 思えば、彼は自由気ままだが、いつだって俺に優しかった。いつも俺自身を見てくれる。この国の言葉だって教えてくれた。結界にかかった時も方陣を消してくれたのはこいつだ。

『当然だろ、俺たちトモダチじゃんか。しかもこの国に来る前からのなっがーい付き合い。だからさ、グリーンが今何が辛いかもわかってる。全部無くしてやる。でもさ、俺ちからの出力苦手なんだ。』

 言い含める彼の言葉は解ってる。そして彼がしようとしている事も。それが良くないということだって解っている。いつも良くないと拒否してきた事だ。
 でも、もう、

「…どうでも、いい。好きにしろ。」

 全てがどうでも良かった。

 俺には、この帝都を守る意味も、俺を嫌う人間を守る意味も解らない。
 結界で力も底をつき、ぼうっとする視界を最後にそれだけ返して意識を手放した。



「グリーンさんっ!」

 結界に見とれて、術者が倒れていることに真っ先に気付いたのはヤスタカだった。
 改めて見て思う。グリーンさんはまだ小さい。10の齢は一族でも最年少だ。それが、この結界を…。今や、結界が張り巡らされた都に霊の気配はない。恐ろしい程の才能。
 アキエもヤスタカに続いて倒れた小さい体に駆け寄る。魔除けどころじゃない高度な結界だから、霊力が底をついたのだろう。


「ヤスタカ止まれっ!」

 だから、まさか横にいたヨシノリがそんな事を叫ぶようには思えなかったし、反応が遅れ止まり損ねたヤスタカが吹き飛ばされるなんて、誰も想像してなかったしできなかった。

「なんだあれ…、」

 ヨシノリが茫然とする。辺りは、突然の事態に状況を飲み込めていない。アキエは持っていた剣を構えた。俺は、恐る恐る横にいたヨシノリに訊いた。

「グリーンさん、霊力は空っぽなんだよな?」

「…に、なった。」

「じゃあ、なんなんだあれ…。」

 グリーンさんは、確かに、一人で立っていた。

「ひゃはっ、はは…あはは、」

 ひゃはははははははははははははははは!
 突如響いた笑い声は確かに、グリーンさんのもので、でもグリーンさんは普通意識が続かない筈で。
 サヨもすぐに対応できるよう構え、俺だって構えた。

 顔をあげたグリーンさんの目が、黒く染まっていた。

「剣を降ろせ、アキエ。」

「!!、…あなたがグリーンさんであると証明出来ない限りお断りします。」

「ピジョットぉ、ゴッドバード!!」

 一瞬で、式神を召喚し横に集まっていた陰陽師たちにけしかける。あまりの速さにアキエも反応できなかった。

「ひゃはは!これでいい?グリーンさ、お前たちの事嫌いじゃないから、手出したくないんだよね。」

「酷い!俺には手あげたのに!」

「あっわりぃ。」

 崩れた民家の瓦礫からヤスタカが非難の声をあげると愉快そうに謝罪しまた高笑いした。ヤスタカもそれで確信したようで、埃を払いながら立ち上がる。

「グリーンさんじゃないけど、完全に違うって訳でも無い感じかな。これは厄介だ。」

「お前の理解の早いとこ好きだぜ。」

 感動したような表情をヤスタカがアキエに向け、呆れた表情を浮かべられる。そりゃそうだ、ヤスタカは基本グリーンさんに労われない。好きだと言われたらそりゃ嬉しいだろう。でもあれ、完全なグリーンさんじゃないって自分で言っておいてどうなんだ。

「おのれ、悪霊に憑かれたかっ!」

 ヤスタカのしょうもない掛け合いで呆気にとられてた陰陽師が事態に向き合い始める。しかし、現実逃避はしたままだ。さきほど、グリーンさんの結界で霊の気配は消えた。だから、目の前にいるグリーンさんの中身は悪霊ではない、別の何かだ。
 だから無理矢理引き剥がす悪霊用のお経等は意味がない。

「そんな呪文、意味ないっての。」

 目を細めたグリーンさんが、手をつき出す。印も詠唱も何もなく、その動きひとつで、陰陽師の一人が吹き飛ばされる。手を横へ動かせばその先にいた陰陽師が今度は地面に叩き付けられた。

「ひゃはは!凡人がグリーンに敵うわけ無いだろ!ははっ、これで自由だ!!!!」

 ひどく楽しそうに、嬉しそうに人を倒していく。止めようにも、何が起きているのか解らない。片手を翳しただけで、人が様々な倒れ方をするのだ。
 だからといって本体を叩くのは抵抗がある。あれは確かに、結界を張った、正真正銘グリーンさんなのだから。

「ごめんなさいっ!」

 サヨとテンだけでない、彼を慕った人間は誰もが躊躇った。躊躇ったが、覚悟を決めるのは皆早かった。
 アキエが剣で斬りかかる。真剣などではない、祭儀用の剣ではあるが、手入れされたそれは使うものが使えば人の肉は斬れる。だからアキエは先に謝った。が、肉が斬れる斬れないの話ではない。刃が何かに阻まれ、届かない。黒い目に睨まれただけで、今度は手も動かさずに結界のような防御壁が出現した。
 暫く拮抗し、押し敗けた剣が空を舞う。

「ヤスタカっ!」

「!」

 アキエの怒号にヤスタカが行動を以て応える。グリーンのまわりに結界が張られた。のんびりとそれを眺めるグリーンは隙があるように見える。咄嗟にサヨも重ねて結界を張った。

「なあ、ヨシノリ。あれグリーンさんだと思うか。」

「器は確かにグリーンさんだぜ。ただ、中身がなぁ…。」

 ヨシノリの言う器と中身とは、恐らく彼の見えてる霊力の話だろう。その感覚は共有できないため解らないが、ヨシノリは先からあれをグリーンさんかどうか判断しあぐねていた。

「なあ、お前達もグリーンが嫌いか?」

 結界の中で、ぼそりと少年が呟く。独り言のように呟いた言葉を近くにいた二人が一笑した。

「まさか。そんな訳無いじゃないですか。」

「ふぅん。」

 納得してないように生返事を返し、静かに結界を指でなぞる。
 今は、大人しく閉じ込められているが、元来のグリーン本人の力を以てすれば破くことなど容易な結界だろう。例え二重であろうとも。何故、大人しくされているのかは解らないが、何時までこの状態を続けられるのか。彼が、陰陽師を襲ったのは事実だからどうにも状況が悪く、擁護しづらい自己防衛以上の事をしてしまっている。陰陽師達が総攻撃を仕掛けることも考えられ、いつ均衡が崩されるかも解らない危うい状態だ。

「サヨ、危なくなったらすぐに解くんだぞ。」

 結界をかけてるサヨに声をかければ、視線はグリーンさんを捉えたまま小さく頷いた。向こうでもアキエとヤスタカが目配せしている。
 グリーンさんの気紛れが終わり、攻撃に入れば俺もアキエもヨシノリも全力で阻止しなければならない。逆も然り、圧倒的力の矛先が自分たちに向いて右往左往している彼らが攻撃してもだ。結界は両方を阻止するために二人が張った。言うなれば牽制。
 どちらかが状況を壊す前にどうにか打開策を考えなければ、


「グリーンッ!?」


 5人が、知恵を絞る時間はその声ひとつで無情にも終わった。




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