長編6 畏敬



 レッドを見つけることが出来て

 レッドがまだ領域を荒らしてなくて安心して


 そこでグリーンの意識は途絶えた。


「姉上、今日は体調がよろしいようで。」

「えぇ、お陰様で。あなたはどうなの。」

「お陰様で。ご心配お掛けしました。」

 実に三日ぶりとなる上滑りな会話。やはり、三日空いても感慨など分かず億劫なだけだった。

 グリーンは、丸三日意識が戻らなかった。レッドが何度も呼び掛けたようだが微動だにせず遠く意識を飛ばしていたようだ。
 レッドは、かなり心配したらしい。
 俺を森から運び出したのがレッドなのだろうとあたりをつけていたため、確かに迎えに来た男が倒れ背負って帰らないといけなくなっては心配するだろうと思っていたが違ったようだ。

「お孫様がご自身で帰ってこられたではありませんか。」

 へらへらと笑う卑しい目をした門下の男が言う。グリーンが自身の歩みで森から帰ってきたのだと。けれど、グリーンはそんな訳がないと思う自信があった。なぜなら、グリーンの体力は、レッドを見つける前からとっくに切れており、見つけてレッドと別れるまでは意地で意識を繋ぎ止めていたからだ。
 姉の住まいから自室まで、廊下を渡るだけで奇異な物を見るような視線を感じる。いつも向けられていた意思ではあるが、寝込む以前よりも強い動揺を感じる。

「当主のお孫様、」

 横から声をかけられる。予期していたことで突然呼び止められたことに驚きはしなかったが、当主である祖父からの呼び出し以外で人間自らグリーンに話しかけようとする輩がいないため、グリーンはいぶかしんだ。この男は、今、自分の意志で、グリーンに話し掛けている。

「3日前は、遅いお帰りでしたね。」

 探るような目付きを男は向けてくる。どうやらこの男も、グリーンが帰ってくるのを目撃しているようだ。その上で他の奴等みたいな奇異の視線ではなく、何かを探る目している。

「…で?」

 だからどうしたという話だ。向こうが何かを探る気ならこちらも気になる事は探ってやる。こっちだって、不可解な点は多い。

「いえ、いつも黄昏時には屋敷に居られたので何故なのかと気になっただけです。」

「黄昏時に屋敷を出たからな。」

 コイツが気になっていたのはそんなことか。あまりの下らなさに拍子抜けする。考えずとも解ることを。こちらが得られる情報も持っていなさそうな薄っぺらな問いに張っていた気が弛む。

「用はそれだけか。」

「…レッド君は、完全に日が落ちた頃に帰ってきた。アナタは、それよりも遥かに遅く、月が昇りきろうとする頃に帰ってきた。」

 レッド君を探しに行ったのですよね?

 探る目付きの鋭さが増す。コイツが確認したかったのはそこか。確かに、レッドを探しに行こうがなんだろうがレッドよりいつも先に帰ってきていた。
 他に何かしていたのではないかと疑い、怪しんでいるといった所か。

「…それをお前が聞いた所でどうする。」

 グリーンは、問いに対する答えを持っていなかった。答える気も毛頭無かったが、それ以前に答えられない。その時の記憶はないのだから。
 そのため、質問には答えず止めていた足を動かし立ち去ろうとしたが、男は尚も食い下がった。

「アナタは答えられない。」

 断定する語調に立ち止まり、男と向き直る。
 男は眼光鋭くグリーンを見据え続けていた。そして顔をしかめるグリーンに柔らかく微笑む。

「あまり、年上を侮るもんじゃない。僕らだって才を認められてここにいるんだから。」

 でも才がない奴等がいるのも事実だろ。言おうと口を開いたところで、それが間違いだと気づきつぐんだ。
 男の装いは、当主が認めた者のみが着用を許されているもので、つまりは本当の実力者。

「あの日、帰ってきたグリーン様は既に力が底をついた状態だった。どうやって帰ってきたんです。」

 男は、試していた。怪しんだ疑いの目ではない。グリーンという人間を見て、底を測らんとしている。グリーンは面白くなり、彼の挑発に乗った。

「お前、名は。」

「ヨシノリ。」

「ヨシノリ、話を聞いてやる。中で話そう。」

 ヨシノリのいた部屋は先程までは襖を開いていたから明るかったものの、閉じてしまえば薄暗かった。
 話の主導権は譲ってやっているのだから自室くらい上座に座ればいいものの、馬鹿丁寧にヨシノリは次期当主と名高いグリーンを上座に置きたがる。あまりにしつこく、席の位置でずっと揉めていては今日の仕事に差し支えるまで本題にも入れないと踏み、二度ほど遠慮したあとに諦めてグリーンは上座に座った。

「…確かに、俺は意識がなかったぜ。使い果たして帰る前に気絶してる。」

「ああ、やっぱり!」

 それで?聞いてどうする?
 ヨシノリと名乗った男はそれはもう嬉しそうにした。失脚目的なら、公の場に引きずり出して叩きのめす。この話は脅しにはならない。それを明確に示すため、グリーンは失態である3日前の出来事を簡単に打ち明けた。

 その為には、

「その前に。奥に控えて聞き耳立ててる奴等、普通に聞いたらどうだ。」

 話を聞いた全員を正確に把握し叩きのめさなくては。
 そう思い、奥の間に隠れている奴等へ声をかけたが、動揺したのは一人のみで他は平静を保ち、襖は迷いなく開いた。

「やっぱり、試す必要なんて無かったのよ。」

 動揺した男を叱責していたのは女だった。男女共に2人ずつ。どの人間も、ヨシノリと同じ装い。

「で?実力者様がこんなに集まって何のようだ。」

 女がいることに少し驚きはするがどうという事はない。祖父は柔軟な頭の持ち主だから、女だろうと実力があるならと認めたのだろう。だからと言って、数がいれば勝てるとでも思っているのか。だとしたら思い上がりもいいとこ。一斉にこいつらが掛かってきたとしても式神なしでも勝てるだろう。

「先に自己紹介しても?」

「俺が覚えるとは限らないぜ。」

「構いません。先程は卑怯な行為失礼しました。私はアキエ。こっちのアホがヤスタカです。」

「僕は、テン。こっちはサヨ。僕たちは二人で術式を行います。」

 二人で。へえ。グリーンでは思い付かない戦法に若干の興味を示す。目敏く気づいたヤスタカは一歩進み出ようとしたが、アキエに裾を押さえ付けられたためつんのめって終わる。

「改めまして、俺の名はヨシノリ。俺には見たものの魂の余力が見える。」

「それで、五人で集まって何のつもりだ。」

 いきなりヨシノリは自分の能力のひとつを明かした。自己紹介としては構わないが、敵対せんとする人間に手の内を明かしては劣勢になるばかりだ。何を企んでいる。

「…魂の余力ってのが、力の事で相違ないか。見えるんなら力の差もわかるだろ?」

 お前らは俺に構わない。
 冷めた目をするグリーンに、先程からグリーンに対して喋りかけていなかったヤスタカが口を開いた。

「何か勘違いしているようですけど、俺達はあなたに歯向かうつもりはない。」

「…「お願い」があるなら、聞くだけ聞いてやる。」

 分かりやすくサヨとテンの表情が華やぐ。
 屋敷の人間の、グリーンに対する行動は大まかに2つに別れる。ひとつは、化け物と忌み嫌い徹底して遠ざけるか、隙あらば追放しようとするもの。もうひとつは、次期当主と名高いグリーンに媚びへつらい利用し次代の地位を得ようとするもの。違うのはレッドくらいで他の人間は、遠ざける者も媚びへつらう者も総じて根底ではグリーンを同じ人間と思ってはいなかった。その人間達と、目の前の人間達も変わらないと思っていた。実際、ヨシノリ達五人はグリーンを化け物のようだと思っていることに違いはない。
 しかし、化け物の「様だ」と思うのと化け物「だ」と思うのでは偉く違う。
 彼らは、グリーンの化け物のような強さに惹かれていた。

「僕たち五人をグリーン様の御付きにしていただきたい。」

「…はあ?」

 グリーンはらしくもなく素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて口許に手を遣る。らしくもない声を出してしまうほど、ヨシノリの申し出はおかしなものだった。
 彼らは既に、大城戸の門を叩いておりそれは偉大なる祖父ユキナリに憧れてである。決してグリーンに憧れてではない。

「俺達は、あなたの強さが羨ましい。あなたの強大な力には勿論天賦の才があり、そこに俺達は及ばない。それは解っている。それでも、あなたの技術を近くで見たい学びたい会得したい。だから側においては下さいませんか。」

「俺は出来れば加えて日頃のグリーンさんのお世話全て一から十までしたい位だけど。」

「ヤスタカ、それは気持ち悪すぎるから黙ってて。」

 グリーンはこんなにも真っ直ぐに求められたことはなかった。その為に彼らが奇妙に思えて仕方ない。
 ヨシノリが答えを待って静かに見ている。何かを答えなければ、しかし解らない。
 サヨとテンがもう一押しと声を発する。

「レッド君には師事してるんですよね?」
「迷惑なことはしないから!大丈夫大丈夫!」

 愚直とまではいかないが、彼らは真っ直ぐだった。魂の色が澄んでいる訳ではない。ごく普通に見る魂の色。だからこそ、愚かな真っ直ぐさも持たず、どす黒い感情をもて余すわけでもない。確実に彼らを傍におけば煩いし、一筋縄にいくわけでもないだろう。手を焼くのは明らかだ。
 グリーンは、特別彼らに何かをしたわけでもないのに自分に向く好意を理解できなかった。残念ながら、彼らがグリーンにいくら好意を向けても解っては貰えない。ただただ奇妙な奴等だと首をかしげられるのみ。それで、五人は構わなかった。を勝手に好いて慕うのは彼らの意思であり、グリーン感情は関係している事ではないから。
 そして、グリーンは理解できないながらも彼らを拒む気に離れなかった。

 レッドの情でも移ったか。
 レッドはそれはもう人の事に首を突っ込んで危ない目に遭っても、とにかく人を助ける馬鹿だ。俺の体調なんか気にしなければ良いのに過度に心配する奴。レッドが過剰だから、知らぬ間に絆されてしまったのかもしれない。

「祖父に憧れて門を叩いたのはお前達だ。俺は…、派閥が別れるのは良いとは思えない。」

 面倒はごめんだからな。

「ついてきたいなら勝手にそうすればいい。好きにしろ。」

 俺がついて教えるようなことはしない、勝手に学べ。と、言ったつもりだが一瞬曇った彼らの顔はこの言葉を聞いた途端晴れやかなものになった。
 それでもいいのか。それで、いいのか。
 こちらからの行動はないと言うのに、彼らは嬉しそうにした。他に用はないかと尋ねればそれだけだと返されたので早々に別れた。溜まっている業務もある。
 廊下を踏む音が二つ、ちらりと後方に向くと晴れ晴れとした笑顔の男と目が合う。

「どうかされました?」

 にこやかな男の問い掛けに一瞥くれただけで、無言で直る。それでもヤスタカといった男は気にしていないようだった。
 この奇特な連中はグリーンの帰りを目撃しており、レッドが戻った頃よりも遥か遅く帰ってきたと宣っていた。しかも俺一人で。…まだだ、まだ情報がたりない。


 グリーンは、この時の不可解な点がのちのち重要になってくる予感がしてならなかった。






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