長編5 力の代価




 遠く、鬼と鬼が魂をぶつけ合う。余波がナナミのもとへも届いていた。片方があまりの強さに蹂躙しているように見えるが、多勢に無勢といったところか。圧倒的強さを誇る代わりに、数は圧倒的に少なかった。

 弟の、グリーンの式だ。

 グリーンは、いつも塞ぎ込んでいた。レッド君が現れてからはもしや、と思ったが結局変わらない。それどころか、妙な呪いで彼は霊に寄り付かれ、状況はむしろ悪化していた。

「イーブイ。」

 毬で遊んでいた式が、名前を呼ぶとかけてくる。なんでも、海の向こうの霊らしい。
 “独りでは寂しいでしょう”
 気が紛れるようにと、そう言って式紙を与えてくれたのは幼いときのグリーンだった。

 グリーンは、いつも式神を出していた。



「グリーン!!」

 レッドは無茶だ無謀だと叫びたいんだろう。解っている。いくら力では勝っていようと、数が多すぎた。百鬼夜行なんてものではない、千鬼、万鬼と言った方がいいだろう。

「ナッシー…、だいばくはつ!」

 振り払っても払っても、直ぐに集られるため捨て身の技で薙ぎ払うしかない。
…?
 索敵に飛ばしていた、一体の感覚がおかしい。途切れ途切れに、
血の気が引いた。

「コラッタ…?コラッタ!!」

 複数の鳥形の鬼に襲われ、瀕死に陥っていた。もともと索敵のためで攻撃力をもった式ではない。数で来られれば対抗する力を持っていなかった。
 肉を食まれ、骨を晒し、弱々しい抵抗を続けるが、霊としてもう持たない。それは目に見えて明らかだった。
 最期、カラスのような鬼につつかれ、ネズミの式は破られた。
 同時にグリーンの鼻からドロリと鼻血が溢れだし、グリーンの快進撃を見守っていたレッドはぎょっとした。ほんの、小さな油断が招いた結果だった。一瞬、グリーンの体が傾く。しかし傾いたのも瞬きをするほどの間のみで、ゆらりと揺れたのは気のせいかと疑ってしまうほどグリーンは地に足をつけてしっかりと立っていた。

「グリーン!?」

 グリーンが、出していた式神を全て消し去る。
 ここぞとばかりに、暴れていた鬼達はグリーン目掛けて飛来する。レッドはたじろいで、グリーンの意図は解らないが自身の式神を出そうと構えるが、その行為もグリーンに片手で制された。

 空を、青い竜が飛んでいた。

「逆鱗。」




 騒ぎに大城戸の人間が駆け付けたのは、収まってから暫く経った後だった。
 グリーンがけしかした技は凄まじく、荒れ狂う竜が次々と鬼を蹂躙していき、一気に片をつけていった。
 なぜ、最初から使わなかったのか。そんなもの、一目瞭然である。逆鱗と呼ばれた技は、鬼だけを薙ぎ倒していたのは最初だけで、次第に見境なくなっていった。
 暴れる鬼は居なくなったが、塀や近くの建物は損壊が激しい。

「忌々しい、鬼の子め…」

 大城戸の人間だろう、陰陽師の衣類を纏った男が、同じような姿の男に小さく耳打ちした。
 レッドはなんなんだと振り返るが素知らぬ顔をされる。
 グリーンは、息を荒くしてただ立っていた。

「グリーン、大丈夫…?」

 うっそりとした暗い表情で、グリーンはレッドを見た。視線はぼんやりと焦点があってないように感じる。

「大丈夫だ。」

 声色はハッキリとしているが、どうみても大丈夫ではない。今にも倒れてしまいそうな顔色の悪さだ。
 レッドは、躊躇うも再度問い掛けた。

「グリーン、」
「大丈夫だって。」

「嘘は良くない。顔色良くないよ」
「大丈夫だから、」

 俯いたままグリーンは、顔を合わせようとしない。レッドからすれば、それは肯定に等しかった。荒い息は浅く、レッドの中に焦燥が募っていく。

「グリーン!」

「うるせぇ!!」

 心配し、差し伸べようとした手を乱暴に叩き落とされる。レッドは驚き、固まった。今までつれない態度は多かったが、手を払い除けられるようなことはなかった。
 これには、本人も驚いたのかばつの悪そうな顔をしてすぐに反らした。レッドが名前を読んでも小さく「ごめん。」と繰り返すばかりで会話にならない。

「っ、…ごめん。」

 再度、触れようとしたレッドの手をあからさまに避け、グリーンはウインディと日頃から読んでいる獅子の背に飛び乗り引き留める間もなくその場から立ち去ってしまった。
 普段の気丈なグリーンとは、かけ離れた弱りきった様相にレッドは一抹の不安を覚える。

「グリーンたらかわいそうにっ」

 その時だ。
 軽やかに、旋律を奏でるような声が聞こえた。楽しげな声に思わず振り返る。しかし、誰もいない。遠く、男たちが瓦礫の片付けや近衛の人たちと話している。聞こえたのはどちらかといえば子供のような声だったが、子供なんて近くにいなかった。

「どういうこと?」

 姿は見えない。
 つまりは、人間ではない何かだ。彼らは、グリーンを知っている。何故、グリーンは俺を避けたか知っているかもしれない。
 しかし、投げ掛けた問いに期待しているような答えは返ってこなかった。

「このひと!わたしたちのこえがきこえるみたい!」
「みえてるの?」

 複数、いるらしい。きゃいきゃいと喜ぶ声が四方八方から聞こえるが見えてはいない。

「見えてないよ。でも、聞こえてる。」

「へんなの!」
「おもしろい!」

 楽しそうな声がまた沸き上がる。髪の毛を引っ張られ痛いと呻けばまた騒がれた。

「教えて、なんでグリーンが可哀想なの。」

 すると暫く騒いでいたが、集まってこそこそと話し出しよく聞こえない。少し、眉間にシワが寄った時、返事が来た。

「わたしたちを捕まえたらおしえてあげる!」

 言った途端に騒がしい声が遠ざかり出す。異議を唱える暇もなかった。
 無茶だ。姿の見えない相手なのに。
 それでもレッドは追いかけた。無我夢中で追い掛けた。レッドにはそれしか方法がわからなかったからだ。グリーンを知る方法は。

 グリーンは自分の憧れだった。才能も、頭の回転の早さも、優しいところも、何もかもが憧れだった。彼が時折見せる寂しそうな瞳が、気掛かりだった。だからグリーンをもっと知りたいと、関わっていったのだ。それで、知れると思っていた。
 本人から拒絶されてしまった今、グリーンを知るには構成する世界に干渉するのが最良に思えた。思うしかなかった。それしか方法が解らなかったから。
 万が一何かあっても、僕にだって式はいるから大丈夫。


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「帰ってない?」

「ふむ。グリーンも知らんのか…。」

 キクコの家で暮れ出すまで過ごし、屋敷へ戻ると祖父が自ら出迎えた。何事かと身構えるとどうやらレッドが帰ってきていないらしい。そしてじいさんは俺と帰ってくるとあたりをつけていたが外れたようだ。

「レッドになんか用事あったの?」

「うむ、術式の基本を教えておこうと思ったんだがの…。」

 俺にはそんなこと一度もしなかったのに?

『レッドがあの世に行っちゃうよ。』

 ふと、腐った根幹が顔を見せたときに祖父のものとは違う声がした。後ろを振り向く。
 黒い靄が、うっそり笑っていた。西国にいた時から黒い靄はずっといた。レッドと初めて会ったときも靄がいたからあちらの領域に行くのを止めれたのだ。レッドは、近付くなと言ったのにあの領域にまた行ったのか。

「俺、探してくるよ。」

「うむ、頼むぞ。」

 じいさんに言い、また屋敷を後にする。黒い靄は、前に進み出た。どうやら案内してくれるようだ。

『お腹空いたなぁ。』

 森の前につき、いざ入ろうとしたところで靄はぼやく。物欲しげな目がちらりとグリーンを見た。
 食べ物をくれないなら案内しない、という意図が丸見えだった。仕方無しと応じれば、不気味なほの暗い笑みを深めた。

『さすが僕の友達!』

「…いいから、はやく案内しろ。」

 元気になった様子で動き回る靄を急かす。
 森は暗い。鬱蒼と茂る草木を掻き分け進んでいく。恐らく、靄は最短距離を進んでいる。昔からそうだった。靄は最短距離を好みいつも行動していた。変わっていることはないようだ。グリーンの前に人の通った形跡は無い。
 一層辺りは暗くなっていき、次第に光も入らなくなった。精霊と呼ばれる素霊も増えてきた。これは人の手が加わっていない証拠だ。

『ねぇグリーン?』

「…なんだよ。」

『またお腹減ったなぁ…』

「…解ったから。」

 急がねば日が暮れる。だから早く案内してほしいのだが意図を察しているのかいないのか解らないが、靄は頻繁に霊力を欲しがった。彼の拠り所は人の霊力だ。他の式紙とは少し違いはあるが、それは他の霊と一緒だった。違いは、式紙は与えた霊力分の働きをするが彼は人が食事をするように霊力を欲しがるところだ。

『ねぇ、グリーン。』

「たらふく食えよ。ただし、最後だからな。」

『やったー、ありがとうグリーン!だいすき!』

 たらふく、と言っても先ほど色々な式を繰り出し、呪詛返しを受け大技を使った後で既に激しく消耗している。グリーンは、技術以外にも生まれ持った才ですら天賦のものがあり、式紙を使役したり呪術を行う際の力の源である霊力はずば抜けて高いものがあった。その為、見えざる存在を確りと五感で感じ取れている。この力は、休養すれば回復するが、今グリーンは休息していない。
 靄は、憑依し霊力を食す。彼が背中へのし掛かるように憑依した瞬間、重みに体が前へと傾いた。
 段々と意識が遠退いていく。視界が霞がかり焦点も合わなくなっていった。
 グリーンが自身の限界を感じ取り、意識を手放す直前。漸く肩から重みが退いた。
 靄を疲れに喘ぎながらみやると、ちゃんとした形を持ち人の容姿から黒い羽と尾を生やしていた。彼の、本来の姿だ。そう言えば久しく見ていなかった事に気付く。

『ごちそうさま!さて、あっちだよグリーン!行こうか!』

 嬉々とした様子の彼は跳ねるように道の先を行く。それに重い足をなんとか動かしてついていった。


 その頃、レッドはようやっと精霊をとらえ息を切らしていた。式神のピカチュウと力を合わせればどうにかなるもんだ。コイツは精霊よりも素早い。

「約束だ!なんでグリーンは可哀想なんだ!」

 クスクスと笑う声と、楽しかったという声。精霊たちはなかなか満足したらしい。散々、足を引っかけられたり段差から落とされたりした身としては、ここまでしたのだから教えてもらわねば気が済まない。という気持ちが強い。というかコレで躊躇われたらもうピカチュウの電撃だ。

『いっつもグリーンはあの子に憑かれてる。』
『仕方ないよ、グリーンの友達だから。』
『ひとりぼっちのグリーン!』
『見て欲しい人に見て貰えない!』
『いるばしょにすら居場所がない!』

『可哀想なグリーン!』

 好き勝手に口々に騒ぎ立て始め、最後には口を揃えて再三可哀想だと言った。
 ごちゃごちゃと聞き取りづらい精霊たちのお喋りはまたも奇妙な取っ掛かりを作る。
 レッドは眉を寄せ聞き返した。

「あの子って?」

『西の子だよ!』
『来る。』
『噂をすればほら!』

 精霊たちはまた好き勝手に口を開いた。聞き取りづらい騒ぎに辟易していると、精霊の気配が急に霧散した。先程まで絶えず聞こえていた潜めて笑う声も、話し声も一気に消える。
 気味悪く思う間もなく、横からカサカサと葉を踏みしめ茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。

「…そんなにあっちの領域に行きたいのか。」

 精霊の領域には近付くなって言っただろ。

 幽かな気配と共にグリーンが現れた。死人のような生気の無さに出会った当初を思い出した。あの時も同じように止められた。一派に引き取って貰ったあとに聞いてもそんな覚えはないとはぐらかされていたが、やはりあれはグリーンだったのか。小さく良かったと呟き息を吐くとグリーンはまた鋭い目付きになる。

「じいさんが心配してる。ここを真っ直ぐ進めば都の外れに出るから、早く帰ってやれ。」

「グリーンは?」

 さきほど、具合が悪そうであったが死人のような顔をしているものの初めて会ったときとさほど違いもなかった。呼吸も静かで落ち着いている。

「俺は心配されるようなたまじゃないから、いいんだよ。」

 どうでもいいと言った様子で吐き捨てたグリーンは、やはり疲れた顔はしているものの、いつも通りだった。先程の乱暴な様子ではない。いつも通りの、少し投げやりな少年。

「それに、俺はまだやること有るから。」

「俺も手伝う。」

「お前にできる事なんざねーよ。いるだけ邪魔。」

 どれだけ追い払いたいんだ。まるで邪魔者扱いだと思っていたら遂に明言されてしまった。
 今回は折れてくれそうにない。
 仕方ないと、グリーンの指し示した方向へ歩き出す。しかし放っておくと無茶してぶっ倒れてしまいそうだ。やはり、あそこまで荒れたグリーンは初めてみた。

「……あれっ?」

 さっきまでいた場所は少し開けていた。風景も同じで間違っていないはずなのに。引き返して無茶はしないでくれといおうとしたが、既にグリーンは見当たらなかった。





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